95、海へ
「じゃあ、一番手は私だね」
と一段高くなった船尾楼甲板の上、いつの間に作っていたのか大きめの丸いつばの左右と後ろを上に折り曲げた三角帽子、いわゆるキャプテンハットをいそいそと取り出して被るヒカリ。
そして。
「錨を上げろー! 総帆展けー! 出航だー!」
「「おー!」」
「「はーい!」」
「「了解!」」
「そこはアイアイマムでお願ーい!」
「「ははは、アイアイマーム!」」
ビシッと前方を指差すヒカリの号令に従い、船上でそれぞれの作業へと取り掛かるオレたち。
(さてさて、どうなることやら)
観光が盛んではないせいもあってか、南部地方五都市にはさほど違いがなく。さらに全員が海へ出るのを楽しみにしていたのもあって都市を巡る速度は徐々に早くなり、結局は最初に訪れたホウグアンから東端のハンサンクまで八日しかかからなかった。
そして現在、オレたちは三本の帆柱を備えた全長40メートル、全幅10メートルのスマートな帆船で海へと乗り出した。
「船、いい感じじゃない?」
「……ええ、これだけ大きな船なのに、帆だけで風上方向へ向けてこんなに滑らかに動き出すなんて本当に凄い」
公平なジャンケンによって初日の船長と操舵手役を勝ち取ったヒカリとリリィは、今はまだのんびりとしたもの。
(まぁ、船の設計をしたヒカリが最初に船長するのは順当な結果かな)
メンバー最高の幸運値を持つオレがジャンケンで負けるはずないなんて、そんなこと思っていたりはしなかったのだ。
それはともかく、この帆船はヒカリが描いた設計図を元に《創造》で創った物である。
「そうでしょうそうでしょう。これはいわゆるトップスルスクーナーってタイプで、横帆が多い船より風上方向への推進力に優れているのよ!」
「……さすがキャプテン」
「「きゃー、ヒカリ様ー」」
「えっへん」
と、リリィやとりあえずの作業が終わって余裕が出た他の嫁たちに持ち上げられてドヤ顔するヒカリ。
トップスルスクーナーとは、一番前の帆柱の上部が横向きの四角い帆で残りは全てヨットのような縦帆になっている船の事だ。これは元の世界の貿易風に相当する風、北半球では北東からの風を受けながら東進し、のちに赤道を越えて南東からの風を受けて南下するオレたちにうってつけの艤装らしいが、帆の総数が少ないことで船員の数もまた少なめですむというのも大事なところだ。
(まぁ、いくら少なめですむと言っても九人は少なすぎるんだけど、それはあくまで一般人の基準。身体能力強化が使えるオレたちなら数人で行うロープワークを一人でやれたりするから問題ないんだよね)
全員で話し合った結果この世界の技術力で再現可能な帆船で海に出ることがノリノリで決まったのだが、それから数日で学んでこれほどの物を仕上げてくるヒカリは、学習能力上昇というチートアビリティの恩恵もあるとは思うのだが本当に凄い。
「よーし、じゃあ事前に操船の練習しとこっか」
「「アイアイマーム!」」
船が完成してから数日、本で操船方法を学びはしたが実践するのは初めてである。
「上手回しよーい! 取舵いっぱーい!」
「「アイアイマ――」」
「……アイアイマム、取舵一杯」
矢継ぎ早に指示が出された結果、オレたちの返答にリリィが被せる感じになったが作業には問題ない。
左に切られた舵によって風上である北東へと向きが変わって行くと、風に対して平行に近くなった帆が徐々に力を失い、少し右側に傾いていた船体もまた水平に近くなってきた。
ちなみに上手回しとは、帆船が風上の目的地へ向かうためにはギザギザに風を横切りながら進む必要があるのだが、その時に風上に向かって切り返す事を言う。
そして、船がほぼ北東を向き、それまで膨らんでいた帆が力を失うと。
「開き変え!」
「「アイアイマム!」」
帆が左舷からの風に対応した左舷開きから逆の右舷開きにする号令に従い、横帆の上下を支えて左前右後ろで固定されていた帆桁を右前左後ろへ、帆柱から後方にのびて右舷側に固定されていた縦帆の下部を支える帆桁を左舷側へとロープを使って固定。
風による推力は失ったが、惰性と左に切られたままの舵によりなおも舳先は向きを変え続ける。
「舵戻せ!」
「……アイアイマム」
そして間もなく船体右前方より風を受けるようになると、さっきまでとは反対側に帆が膨らみ、船が左へと傾くとともに北へと向かう推力を得た。
オレなんかは順風満帆という言葉に騙されていたが、実は帆船は真後ろから風を受けるのはあまり効率が良くないらしい。真後ろからだと帆の中で風が行き場をなくしてしまうし、なにより複数の帆柱がある場合は風を受ける帆の表面積が小さくなってしまうのだそうだ。
「うん、まあまあ良かったんじゃない? あ、でもアイアイマムは余裕ある時にしよっか、ちょっと長かったね」
「「あはは」」
「じゃあ、通常はヤーでいこうか」
「「ヤー」」
初めての上手回しの出来にそこそこ満足しつつも、最初に提案した返答の長さは失敗だったと頰をかくヒカリ。そこにオレが提案すると、全員の同意を得られた。
こんな感じで練習しつつ進んでいると。
「お!? 船長! 来たよ!」
「ほんとだ。結構速い!」
陸地が見えなくなってすぐ、東進するオレたちの右手遠方の海中から高速で接近する大きな気配を感知。
「よーし、頑張って逃げ切るわよ! 総員配置につけー!」
「「アイアイマーム!」」
「面舵一杯!」
「……ヤー! 面舵一杯」
どうやらヒカリは正対してすれ違うつもりのようだ。
(ふむ、反対方向へ逃げるよりは対決時間は短くなるのかな?)
受ける風の角度に帆を合わせつつそんな事を思っていると、すぐにその時は来た。
なにせこちらは10ノット強(20km/hほど)だが、相手はその三倍は速い。
「もう少し……、もう少し……。今! 取舵一杯! 前、主縦帆絞れ!」
「「ヤー!」」
そして、交差するかと思われた瞬間、左に切られた舵と残された船体後部の縦帆だけが風で押される事で急速に向きを変える。
「「やったか!」」
船体の左舷後方スレスレから、この船を丸呑み出来そうな口をした超巨大なサメの頭部が飛び出し、躱すことに成功したかに思えたが……。
「「あーーれーー」」
下から突き上げる強い衝撃で、バラバラに砕けた船体とともに空へと打ち上げられた。
〈……あー、尻尾にやられたみたいだね〉
〈うわーん、私の船がー〉
〈あれで駄目とは、手強いですね〉
念話の最後を締めたアリスも悔しそうだが、あらかじめそう設定されていた通りにキラキラとした粒子へとなって消えていく残骸の中、巨大ザメがJの字になっているのが空高く飛ばされているオレから見えている。折り曲がっているとはいえ、100メートルは超えていそうな全体が空中に飛び出しいるというのが、その勢いを物語っていると言えよう。
ーーーーーー
「悔しー、いけたと思ったんだけどなー」
巨大ザメが盛大な水飛沫をあげて水中に戻るのを見届けてから空中に展開したマイルーム、その空間内に設置したシェルター内のリビングで気炎を吐くヒカリ。
「「お姉ちゃんの船長は初めてとは思えないくらい凄かったよ」」
「まぁ、オレたちの操船もまだまだ未熟だからね」
双子が言う通りヒカリの仕事は悪くなかったと思うが、なにせ操船も海の魔物の相手も初めての事ばかり。そんなに上手くいくはずがないのだ。
そもそも、なぜこの世界の技術で再現可能な船で海に出る事になったのか、それが今回の鬼ごっこ。つまり、距離的に無限の魔力持ちであるオレ以外が飛んで渡るのは不可能だと思われる島や新大陸へ、これまでに船で渡った者が本当に居ないのか、そしてこれから先の可能性はどうなのか、その検証である。
(という建前の遊び、なんだけどね)
ここまでの経験をふまえて十分な安全を確保できるからこその遊びだが、頻繁に襲ってくる可能性が高いらしい海の魔物を返り討ちにしまくって生態系へ悪影響を出さないためという真面目な考えもなくはない。
「実践あるのみ、早速リベンジしに行くわよ!」
早々に反省会を切り上げようとするヒカリ。
「よし、じゃあ行こうか」
「「ヤー!」」
だが、オレたちだって悔しかったことに変わりはない。
今はまだ色々と未熟なため無理だろうが、幸いオレたちは日替わりで船長などの役割を交代しつつだが何度でも挑戦できる。いつか絶対に逃げ切れるようになってやろう。
あまり調べる時間を取れず、操船あたりは勘違いや間違いがあるかもしれません。
ということで、お気づきの方は感想で優しく指摘しておいてくださると時間がある時に修正しておきます。m(_ _)m




