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92、ジャングル突破

 

 

「……準備完了だな」


 オレとヒカリが茶色いアイツにトラウマを植え付けられた翌朝。マイルームの空間内で騎獣にも跨ってすっかり準備を終え、それでも決心がつかずにまごついていると。


「大丈夫ですよ、アキラさん。私たちが付いてますからね」


 横乗りで前から抱きしめ、背中をぽんぽんと叩いて落ち着かせようとしてくれるメアリ。一人を除いた他の嫁たちも、急かすことなく待ってくれている。


(ううっ、みんなえぇ娘やー)


 昨日はかなり情けない姿を晒してしまったが、どうやら上手いこと母性本能をくすぐったようで、昨日のその後は今のメアリのように全員が妙に優しくあれやこれやと甲斐甲斐しくオレとヒカリの世話を焼こうとしてくれる。


(オレも、いつまでも昆虫ごときを恐れていられないな)


 と思いつつも「次に会った時は正気を保ってみせる!」という消極的な決意を胸に、恐る恐るマイルームの外を確認。


「うん、敵影はないな」

「……うう、いよいよね」

「「お姉ちゃんも、私たちが付いてますよ」」

「ああ、ヴィナ、ディア、なんて優しい娘たちなの。お姉ちゃん頑張るからね」


 トラウマ仲間のヒカリも、前後を挟む双子によって無事テンションが上がったようだ。


「よし、じゃあ駆け抜けるぞ。出発!」

「「おー!」」


 嫁たちの元気な返事を聞きつつマイルームを解除してジャングルに降り立つと、アリスとリリィのペアを先頭にして駆ける。

 

 

ーーーーーー

 

 

「おぉ、デカいな〜」


 他意はないが集団で存在する気配を特に大きく迂回してもらいながらジャングルを進むと、やがて景色は複雑に絡み合う木の根が露出した湿地の森へと姿を変え。とある理由により途中から西の方へと進路を変えたりということもあったが、昼を大きく回るころには対岸が霞むほどの大河へと行き当たった。


「広さもですが、その様子も他では見た事がない感じですね」


 とメアリが言うのは、水没林と言うのだろうか、森の端が川の中に入っている様子のことだろう。実際、水辺から見る先にも水面から無数の木が伸びていたり、その木々の間に遠く向こう岸が霞んで見えている様はとても不思議な印象を受ける。

 と、そんな風景に全員で見入っていると。


(……む? また羽蟻か。俺たちには興味がないみたいだけど、本当に多いな)


 今日、出発してからここまでも結構な数を見かけた、羽がついた体長1メートルほどの大きな蟻。そいつが今また俺たちの頭上を飛び越え、羽休めのためだろうか、川の流れに頭を出す岩の一つへと降り――。


「「おおっ!」」


 降り立つかに見えたその時、二つに割れた岩の中から伸びた触手が羽蟻を絡め取り、瞬く間にその内へと飲み込み閉じた。


(おぉ、大半の岩のある辺りに生き物の気配は感じていたが、まさか岩そのものが擬態した魔物だとは思わなかったな)


 元の世界でもそうだが、昨日のカマキリといい擬態する生き物の溶け込みっぷりは本当に凄い。


「すごいです! おそらくここがストゥール川、物語に人の生活圏と魔物が跳梁跋扈する大自然とを隔てる茫漠たる境界と記してあった大河ですね」


 それはそれは嬉しそうに語るメアリによると、岩に擬態しているのは貝のような生態の魔物らしい。

 ちなみに、皇女時代に物語を読みあさって城外を夢見ていた彼女は、実際にその世界に飛び出した現在、その旅路を新たな物語とするべく休みの日には執筆活動に勤しんでいるようだ。

 同じく狭い世界から外を夢見ていたアリスは、全員で楽しむことで大きな満足を得ているように思われるのだが、メアリは少し方向が違う。これは、騒がしい宿の食堂で大勢から話を聞いてか、静かな城の一室で一人文字を追ってか、外の情報をどのように得たかの違いが大きく影響しているような気がする。

 残念ながら、オレは他の嫁からその話を聞いているだけで、書き上がったものを読ませてもらったことはない。一度だけ話を振ってみたのだが、ものすごく恥ずかしそうに真っ赤になって隠されてしまったのである。オレたちがそのまま登場人物になっているわけではないという話なのに、何をそうも恥ずかしがらねばならないのか不思議でならない。


(正直、何が書かれているのか気にはなるんだけどね)


 どうしてもとお願いすればすぐに見せてはもらえると思うのだが、少なくともオレが興味を持っているのは分かったはずなので、あとはメアリの気が変わるのを気長に待つつもりだ。

 そんなことを考えながら、この川を越えた先の人の領域、ようやくたどり着いた常夏の国として知られるその場所、それが物語にどのように書かれていたかを熱く語り続けるメアリを愛でていると。


「そういえば、アキラくんはこの川を知ってたんじゃないの?」


 メアリの話が一段落ついたところで、だいぶ調子を取り戻したヒカリが聞いてくる。


「ん? 初見だけど?」

「んー? こっち方向は使い魔で確認してるんじゃなかったっけ?」


 最初は何を聞かれているのか分からず首をかしげたのだが、同じく首をかしげたヒカリから再度発せられた問いによってようやく合点がいった。


「あぁ、それね。砂漠の間は人の痕跡を探すために使い魔の目を通して見てたんだけど、その後は海を越えた先に陸地を発見すると分かるようにして映像は見てないんだよね」


 これは精霊ズとも相談して同じようにしてもらっている。


「ほほう、その心は?」

「んー、……やっぱり新しいものは、みんなで一緒に見たいんだよね」

「…………お、おう」


 さらに重ねられた真意を問う言葉に答えると、一瞬きょとんとした後くすぐったそうに身悶えるヒカリ。


「……もう、アキラさんったら」


 メアリもツノをぐりぐり擦り付けてくるし、他の嫁たちもなんだか嬉しそうにしている。


(ふむ、今までも大抵のことは全員一緒だったと思うんだけど……。やっぱり実際に言葉にして伝えたのが良かったのかねぇ)


 そういう超能力を持っているんじゃないかと疑うくらいオレの心を読んで察してくれる嫁たちではあるが、だからといって言わなくても分かってもらえるなんて考えていたら取り返しのつかない事になってしまうのかもしれない。


(報告、連絡、相談は大事。うん、覚えた)


 ということで。


「みんな、愛してるぜ」


 照れながらも頑張って言葉にしてみたら。


「……もう、なんですか? 唐突に」


 と言うメアリを筆頭に。


「「やれやれ」」


 首を振ったり肩をすくめたりと、嬉しそうな表情ではあるが呆れの方を多く含むような反応が返ってきた。


(むむ、思ってた反応と違う)


 どうやら、そういうシチュエーションではなかったようだ。女心って難しい……。

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