91、砂漠を抜けて
「きゃー♪」
全力で駆ける騎獣の急激な方向転換に、横乗りしているフェリが嬌声を上げながらしっかりオレに抱きつく。
「次の砂丘は登るよ、それ!」
「了解、きゃー♪」
今度は斜面に乗った事で伝わる軽い衝撃に、ひたすら楽しそうなフェリが再び嬌声を上げる。
「あははは、楽しいですね、アキラさん」
「そうだね、たまにはこんなのもいいね」
白鯨に出会った夜から一日休みを挟んで活動する時間を日中に戻し、今日は朝から騎獣の全速力で移動中。
というのも、使い魔を放った調査によってこの砂漠にオアシスがないことが判明すると、それなら今日中に砂漠を抜けてしまおうという話になったのだが、そこで「それなら競争しましょうよ」なんてヒカリが言い出したからだ。
(まぁ、見るべきものは見たし、短時間で準備したにしてはいい感じで始められたかな?)
公平にするため、速度・ジャンプ力・安定性などの総合力がだいたい同じくらいになるようにそれぞれで騎獣を作り。飛行禁止や走行妨害禁止などのルールの他、調査で南東方向へと使い魔を放ったためにある程度地形を知っているオレは、ハンデとしてそもそも今日のパートナーであったフェリと二人乗りになり。精霊ズの仔猫型使い魔は、安全確保のために双子とメアリにそれぞれ付いてもらった。
そして、朝から走りっぱなしで昼食も騎獣の上で簡単に済ませ。スタート直後はすぐ近くで競っていた他の嫁たちも、砂丘などに対するコース取りの違いによって探知範囲内ではあるが直接は見えないくらいバラけてしまっている。まぁ、いつも通り念話で駄弁りながらではあるが、それぞれ本気で楽しんでいるようだ。
そんなこんなで現在の順位は。
〈……本当に砂だけで、他に何も無いですね〉
代わり映えのしない景色に不満をもらしながらも、獣人の特性か方向感覚に優れ、スピード重視の騎獣にしているリリィが頭一つ抜けて一番手。
〈こうなると、アキラさんが居る私たち以外が縦断するのは難しそうですね〉
同じく優れた方向感覚をもつが、こちらは安定性を重視した騎獣で二番手を行くメアリ。
そこから少し遅れて。
〈いや、これから先は分からないよ〉
〈あ! アキラさんが開発に携わった魔導具ですね?〉
ハンデを貰った以上は、と地形を知っている利点を最大限に活用しているオレとフェリのペア。
〈なるほど、アイテムボックスと水源の魔導具があれば、以前よりもかなり楽になるはずですね〉
〈でも、アイテムボックスは容量を拡大する必要があるし、水源の魔導具も携帯性を持たせたりしないといけないだろうから、まだまだ先の話じゃない?〉
次に、何事も器用にこなすアリスとヒカリ。
〈あと問題になるのは砂漠特有の魔物でしょうか〉
〈うんうん、白鯨とかにガバーって来られたら普通は無理だよね〉
普段から騎獣を操作する機会が少なかったヴィナ、ディアと続き。
〈そう、ですね! 比較的、安全なルートが、見出されるまでは! 多くの、犠牲が予測され、ますね!〉
こちらも騎獣を操作する機会が少なく、さらにスピード極振りの騎獣にしたカーラが扱いきれずにやや遅れて最後尾という感じ。
ちなみに、オレの騎獣はジャンプ力が高めにしてあり、最終盤の登山道でショートカットを駆使して追い上げる予定だが、それ以外にも。
「フェリ、跳ぶよ!」
「きゃー♪ あははは」
こうして、いい感じに砂丘が連なっていれば、その頂上から頂上へと跳び渡ることも可能だ。
フェリはジェットコースターにでも乗っているかのような感じで楽しんでいるが、やるからには全力で勝ちに行かせてもらおう。
――と、そんな感じで砂漠を駆け抜け。
「「お疲れー」」
「ぐぬぬ、不覚です」
日が暮れる寸前、ゴールにしていた山脈の頂上付近にビリのカーラが到着して本日の移動は終了。
最終的な順位は、最後まで逃げ切ったリリィが一位、砂漠エリアで離されすぎて山岳エリアで詰めきれなかったオレとフェリのペアが二位。以降は僅差でアリス、メアリ、ヒカリ、ディア、ヴィナ、そこから少し遅れてカーラとなった。
「いえー、カーラばっつげぇむ〜」
ヒカリが嬉しそうにカーラの頬をつつき始めると、他の嫁たちもそれに加わる。
「くっ、いふはリフェンヒひまふははへ!」
カーラはもの凄く悔しそうだが、罰ゲームと言っても、今日の間は頬をぷにぷにされるのを抵抗してはいけない、というごく軽いものでしかない。まぁ、誰よりもぷにぷにし甲斐がありそうな頬をしているのが悪いのだ、仕方ない。
(で、一位の賞品は、これから十日間の夕食メニュー決定権だったっけ)
その一位がリリィということは、間違いなく肉が多めなメニューになると思われる。まぁ、何か問題があるというわけではないので、せいぜい気合を入れて作らせてもらうとしよう。
ーーーーーー
「ふぅ、なんだか気分的にすごく蒸し暑いですね」
騎獣の上でオレの前に座るアリスは、いつもの通りマントのおかげで不快に感じるほど周囲の影響は受けていないはずなのだが、今居る場所の影響かついついという感じでかいてもいない汗を拭っている。
「あはは、今まで見てきた森とは比べ物にならないくらい圧迫感があるよね」
今朝出発した山頂付近はかなり涼しい感じだったのだが、山を下りるにつれ急速に気温と湿度が上がり、昼前には植物が密生するジャングルに入っており。様々な高さの木々だけでなく蔓植物や木の幹から茂る葉っぱが多いせいか、視界が悪いだけでなく驚くほど周辺の気配が掴みにくい。もし探知スキルを持っていなかったとしたら、すぐ近くに何者かが潜んでいたとしても気づくのは難しいだろう。
「力強い植物の息吹きを感じますけど、この気候は私たちエルフも好みませんね」
すぐ近くを行く、リリィとペアのフェリがそんな言葉をもらす。森人族とも呼ばれるエルフといえど、植物さえあれば良いというわけではないらしい。
そんな風にいつも通り雑談しながら、あまりの視界の悪さに全員でさほどバラけず鬱蒼と茂る植物をかき分け進んでいると。
「んー、何でしょうね。気配はあれど、姿が見えません」
アリスから、数日前に雪山の上でも聞いたような台詞が。
(前のは、幻影を纏った白いヒヒだったっけ)
ぼんやりとそんな事を思いながらそちらを見ると、背の高い木と、それに寄り添うように伸びる幹が一本。
何となく寄り添う木の幹を見上げて行くと、何かと目が合ったような気がした。
「……おわっ!?」
「……きゃっ!?」
目が合った気がした瞬間に鋭い攻撃を受けたが、オレが騎獣を飛び上がらせて躱すのに合わせ、驚きながらも反射的にアイテムボックスから取り出しざまに振るわれたアリスの槍によってその気配が断ち切られた。
「わー、全然分からなかったわね。で、何これ? カマキリかな?」
「うん、カマキリらしいよ。名前は大樹カマキリだってさ」
「おお、これがそうなんですね。城に置いてあった物語に出てきた事がありますよ」
胴の半ばで真っ二つにされたそれを見てヒカリが首をかしげていたので鑑定してみると、それを聞いたメアリが嬉しそうに反応する。
先ほど寄り添うように伸びている木の幹に見えていたものが体高4メートルはある擬態したカマキリで、最初にオレが躱したのがその枝のように見えていた鎌状の前脚を振り下ろす攻撃だったというわけだ。
「ヒカリは、虫とか大丈夫だったっけ?」
「んー、あんまり得意じゃないんだけど、これだけ大きいと逆に気持ち悪さを感じないかも」
この世界出身の嫁たちは全く問題としていないようだが、ヒカリだけでなくオレもそこまで虫が得意ではなかった。しかし、ヒカリが言う大きさだけでなく、ステータスのシステムで高まった精神値の影響やこの世界に来てからの経験もあってか、今のオレの中に虫に対する忌避感はない。
(まぁ、この世界に来てからもう五年になるし、オレもかなり染まってきてるんだろうなぁ)
そんなことを思いながら、カマキリの死体を手早く地中に沈めて出発。
その後も攻撃的なもの以外にも数種類の大きな擬態する虫に遭遇したり、狂信者を分析した時に名前が出た爆発虫にも遭遇したり(爆発虫は2センチほどの普通サイズの虫で、空気に触れた体液が爆竹程度の衝撃を発生させる性質を持っていた)。
そんな感じで、ジャングルを楽しみながら進んでいたのだが。
「……多数の気配が接近中です!」
先頭を行くリリィからの警告。
「むむ、何だろうね? 全員集合、……メアリ」
「はい! ……『単方向防御障壁』」
人の気配ではないのだが、砂漠を超え、そろそろ人の生活圏も近いはずだ。なんだか嫌な感じがするが、安全は確保できているのだから先制攻撃は控えるべきだろう。
そして、待つことしばし。
「「……キャーー!!」」
オレとヒカリの悲鳴が重なった。
カサカサという音を響かせ、長い触角を忙しなく動かしながら現れたのは、油を塗ったような茶色いテカリのある羽を持つ平べったいアイツ。しかも、体長30センチほどの大きさである。
もっと大きければ、もしかしたら印象も違っていたかもしれない。だがしかし、元の気持ち悪さを失わなず、かつ限界まで大きくしました、と言わんばかりの絶妙なサイズ感のその群れがオレの精神をガリガリと勢いよく削っていく。
そして、それが羽を広げて飛びかかかり、メアリの『単方向防御障壁』にびっしりと隙間なく張り付いたところで限界だった。
ーーーーーー
「ほらほら、アキラさん、ヒカリ、私たちは何とも思ってませんし、茶色いのはもう居ませんよー」
次に気がついた時には、最近創ったマイルームという能力の空間の中、オレとヒカリが他の嫁たちに全力で慰められていた。
話を聞いてみると、オレはとっさに全員をマイルームに入れて避難した後。
「ごめんなさいごめんなさいドラゴンなんかと戦わせたのは間違いでした幼い頃から刷り込まれた固定観念を甘く見てましたあれは無理です気持ち悪いですごめんなさい」
と、うずくまって繰り返していたらしい。
そんな話を聞いているうちに。
「うえーんやだようやだよう茶色いのがいっぱいいるよう」
と幼児化して繰り返していたヒカリも、オレが慰める余裕を取り戻す前に正気に戻ったようだ。
気を取り直して外の様子を確認してみたが、すでに日が落ちたジャングルの中に奴らの姿はない。正気だった嫁たちから聞いたところでは、ただ通り過ぎていただけのようだという話なので、単純に進路が重なってしまったのだろう。
「……よし、今日はもう休んで、明日は一気に駆け抜けよう」
「賛成。ジャングルはもういいです」
「「あはは……」」
オレとヒカリが提案すると、仕方ないなと他の嫁たちも頷いてくれた。
元の世界のアイツもそれ自体に危険はなく、山に居るやつは無害どころか環境保全の役に立ってさえいるという話だが、出来れば二度と出会いたくないものだ。




