89、砂色の荒野
「暑いわねー」
とヒカリ。
昨日のうちに山を下りきり、今日はゴツゴツした岩が起伏して連なる砂色の岩石砂漠を大まかに南の方へ。大まかにと言うのは、特に最短距離で突っ切る必要もないため、気になるものがあったらフラフラとあちこちに寄り道しているからである。しかしそのおかげで午前中だけでも、風によって削られた滑らかにうねる谷や、細長く林立している岩や絶妙なバランスで支えられているように見える巨岩など、元の世界でも見れたもしれないが、それでもなお見ごたえのある景色に出会えた。
「……まぁ、そうだね」
そして現在、お昼を食べて出発してすぐ。朝はそうでもなかったのだが、日が高くなるにつれて急激に気温が上がったようで、今は立ち昇る陽炎で景色が揺らぎ、視覚的な暑さはとんでもないことになっている。寒いより暑い方が苦手なオレとしては、ヒカリの意見に同意せざるを得ない。
しかし。
「アキラくん、ここは、オレが冷やしてあげるよ、って言うところよ?」
昨日のディアに続き、今回も違ったらしい。
と言っても。
「いやいやヒカリ、さすがにそれはないわー」
「ええ〜、アキラくんこそ、その反応はないわー」
「……隙あり、ふ〜」
「うひゃぁ!」
今回は想定内。
オレの前に乗るヒカリが文句を言うために振り返った瞬間、そのフードの隙間から首筋に向かってわざわざ魔法で冷やした息を吹きかけた。
「おや、ご要望通りに冷やしてあげたんだけど、お気に召しませんでしたか?」
「ぐぬぬ、不覚」
普段はヒカリの言動に振り回される事が多いが、どうやら今回はヒカリの意表を突けたようだ。不満そうなヒカリが後頭部を使ってオレの胸をドスンドスンと結構な強さで叩くが、高いステータスのおかげで痛くも痒くもないこともあり、気分の良くなったオレにとっては可愛らしい仕草でしかない。
ちなみに、ヒカリとリリィは嫁たちの中では背が高い方だが、二人が前に乗る時は鞍の前後で段差を作り、他の嫁たちと同じように頭がオレの胸あたりに来るようにしてある。
「ふふふ、冷やしすぎてしまったかな? それならオレが温めてあげよう」
「むう、今日だけなんだからねー」
ということで、ヒカリが当初予定していたであろう通りに、オレのマントに入れてからお腹に手を回して引き寄せると、とりあえず満足してくれたようだ。
と、そんなことをしながらのんびり進んでいると。
「アキラさーん、リリィー、メアリー」
少し離れた所から、騎獣の手綱を握っているメンバーを呼ぶアリスの声。どうやら何か見つけたようだ。
「……おっと、これは」
そして、アリスの下へ行ったところで、オレも気づいた。
「そうなんですよ。それなりに大きめな生き物の気配があるんです」
「早く行ってみましょう」
昼までにもネズミやヘビなどの小さな生き物は見かけていたのだが、ゴブリンに近い大きさの気配は初めて。アクティブに動き回ることでそれを発見したアリス、メアリの好奇心コンビは、きっと珍しいものに違いないという期待でいっぱいな様子だ。
そして、その気配を見に行ってみると。
「……うーん、サソリかな?」
そこには体長1メートルを優に超える二股の尻尾を持ったサソリらしき生物が、岩の細い割れ目にみっしりと詰まっていた。サソリらしきというのは、それが全体的に刺々しく、元の世界で見た事があるものに比べてはるかに凶悪な見た目をしているからである。
「ずいぶん大人しいですね」
「確か元の世界のサソリは夜行性が多かったはずだから、これもそうなんじゃないかしら」
と、フェリとヒカリ。
少し離れた岩陰から覗き見ているのだが、こちらが気配を消しているのもあってかほとんど動く様子はない。
「殺るなら今ですよ」
と殺る気満々のカーラ。
「……サソリは、確かアキラさんの世界の書物に美味しいという記述が」
そこにリリィがこう続けると、他の嫁たちもちょっと食べてみたいかもという雰囲気になり、指示を仰ぐようにオレへと視線が集まった。
正直なところ、オレ的にはサソリの見た目が食べ物としては好ましくないのだが。
(……そう言えば、ドラゴンステーキは食べれなかったんだよな)
革命最後の決戦でドラゴンが討伐された時には期待に胸を躍らせていたのだが、毒のあるワイバーンを食べているのが関係しているのかドラゴンの肉にも毒性があり、食用には適さなかったのである。
指輪に毒無効は付いているのだが、だからと言ってわざわざ毒物を口にしたいとは思わないし。初めから毒のない餌で育てれば良いのかもしれなかいが、意思の疎通が可能な生物を食べるために養殖する気にはならない。
と、そんな感じで最もメジャーであると言っても過言ではないファンタジー食材は食べられなかったので、ここらで珍しい物を食べてみるのも悪くないような気がする。
(じゃあ、ちょっと行って来ますかね)
それならばと『光速行動』を発動し、適当に選んだ一匹を動かないように魔法で拘束して持ち帰ると。
「おお! さすがアキラくん、仕事が早いわね」
と言うヒカリを筆頭に、興味津々でサソリをつつく嫁たち。
「アキラさん、鑑定はどうですか?」
「あ、そうだね。えーと……大サソリ、だね」
「むむ、やはり名前がありますか」
鑑定結果を残念がるメアリ。
オレが《創造》した鑑定という能力は、基本的には人類の集合知にアクセスして情報を得ている。つまり、名前が分からないものがあれば、それは現在の人類が誰も認識していない未知の存在ということになるのだ。
「あはは、残念。人類未踏破だから未知の生物くらい居そうなものだけどね」
名前が分からなければ未知、それはつまり、名前が分かるなら今現在も誰かがその存在を認識しているということでもある。
昼までに見かけたネズミや蛇などもそうだが、いったい誰がこんな未開の砂漠の生物を認識しているのやら。などと疑問に思っていると。
「普通に南部の人類圏近くにも存在しているんじゃないでしょうか」
「あ、じゃあ私は、以前に南下した人たちの子孫がオアシスで生き延びている説ー」
それぞれの考えを述べるヴィナとディア。
「ふむ、なるほど。ディアの方が面白そうかな」
「えぇ〜アキラさん、それはあんまりですよぅ」
「あはは、ごめんごめん。ヴィナの真面目な意見も好きだよ」
どちらにしろ今すぐには分からないのだからと双子の頭を撫で、むくれたヴィナをなだめる。
そんな感じでしばらく時間をおいたが、持ち帰った個体が仲間を呼ぶ様子も、群れの方が唐突に仲間が消えたことに気づいた様子もない。これなら、実は高い知性を持ち高度な社会を構築している生物、なんて事もないだろう。と、そこまで確認してから、サソリの頭部らしき場所を貫いてとどめを刺す。
「ではアキラくん、レッツチャレンジ!」
「おっと、そんなこと言って先に毒味させようとしてもそうはいかないよ。食べる時は全員でいただきます」
「ふふ、やっぱりダメだった? まあ、大きすぎて気持ち悪さは薄れてる感じだから問題ないんだけどね」
自分も興味ありそうにしておいてさらっとオレを嵌めようとしてくれるあたり、まったくもってヒカリには油断も隙もない。
ちょうどいいからおやつにしようと声をかけてシェルターに下り、念のため分析器で毒が尻尾の部分にしかない事を調べて丸ごと茹でる。
「「いただきます」」
そして実食。
「ふむ、身はカニっぽくて味はエビ風味かな。けっこう美味し……、ん〜?」
一瞬だけ美味しい気がしたのだが、なんとも言えない苦味とえぐみが後に残って台無しにしてしまう。
「……私が言い出したのですが、これは無いですね」
と、とても残念そうにリリィがもらすと、他の嫁たちも渋い顔でうんうんと頷いている。どうやら今後、食材で冒険する機会は減りそうだ。




