72、ネシアス帝国
「……普通ですね。……ポリポリ」
ネシアス帝国に入って二日。入る時の関所の様子や、通り過ぎてきた集落の様子などを見る限り、アリスの言う通りごく普通。
宰相の失踪により混乱しているという話だったのだが、それを聞いたのも去年の年末なのだから、すでに収束しているのかもしれない。
「まぁ、悪いことじゃないさ」
無能なトップの悪影響は、少ないに越したことはないだろう。
「それもそうですね。ですが、これなら帝都に行けるかもしれませんね。……カリカリ」
「うん。まだ端の方だけど、この調子なら大丈夫かもね」
ギスギスしてそうなら次の機会、と最短距離を突っ切るつもりだったのだが、政情が安定してそうなら少しくらいの遠回りは許容範囲内だ。
……ちなみに、アリスが喋った後に鳴っている音は、彼女が小粒煎餅を食べる音だ。
(やめられない止まらない、って感じかな)
先日、様々な硬さや大きさでうるち米の煎餅を作り、嫁たちから好評を博したのだが。その中でも、少し硬めな醤油味の小粒煎餅にアリスがどハマりして、それ以降四六時中ポリポリやっている。他の嫁たちもアリスほどではないが消費するため、新たに米菓製造機を創るはめになったくらいだ。
(まぁ、少しお行儀が悪いけど……)
四六時中ポリポリやっているのは今だけで、すぐに落ち着くだろう。
(今度お煮しめでも作ろうかな)
他の物に意識を向けられると、なお良いかもしれない。煎餅にハマるアリスなら、きっと好む味だろうと思う。
そんな取り留めもないことを考えていると。
(おや?)
進行方向から少しズレた所、街道から外れた森の中に知り合いの気配を捉えた。
「アキラさん、これは……」
少し遅れてアリスも捉えたようだ。そして、真剣モードに入ったためか、煎餅を食べるのも止めている。
「ん? どうかしたの?」
オレとアリスの雰囲気が変わったのを感じたヒカリが聞いてくる。「探知」のスキルレベルの違いで探知範囲に差があるため、まだオレとアリス以外は気づいていない。
「ちょっと知り合いがピンチっぽい」
アリスが真剣モードに入った理由がこれ。知り合いの気配が若干弱っており、周囲にそれを追っているらしい気配があるのだ。
「え!? 誰? ヤバいんじゃない!?」
「ヒカリはまだ会ったことないかな。っと、囲まれたみたいだ。アリス、手綱は任せた」
「……仕方ありません。十分に気をつけて下さいね」
「分かった」
「「え!? え!?」」
過保護なアリスは一瞬迷ったが、さすがにこの緊急事態には単独行動を許可してくれた。
〈じゃあ……〉
事態について行けていない双子の頭をポンポンと撫でてから、『思考速度上昇』と『身体能力強化』を引き上げ『光速行動』を発動。
〈……行ってきます〉
自分以外の全てが動きを止める中、魔力で足場を作り、動く先の空気をかき分け駆ける。
周囲に影響を与えず、刹那に超長距離を駆けることが出来る。それは、オレ以外にとっては擬似的な空間転移となる。
ーーーーーー
「はぁっ……、はぁっ……。くそッ、囲まれたか」
木に背をあずけ、荒い息をつく男。その顔色は悪く、ひどく疲れているのがうかがえる。
「ここまで、ね。ならばせめて、クズ共を一人でも多く道連れにしましょう」
男に寄り添う女もまた、顔色悪く疲労困ぱいの様子。
「チッ、手こずらせやがってよぉ」
「革命軍もお前さえ居なければ終わりだ」
「まったく、今日だけで何人殺られたか」
「おい、女は生かしとけよ。せっかくの上玉だ、殺す前に楽しませてもらおうぜ」
その男女を囲むのは二十人。全員が男で、統一された鉄製の鎧は、ここネシアス帝国の兵士のもの。
「はぁ……、はぁ……、無念。すまないグィネ」
「いいのよアーサー。いろいろあったけど、楽しかったわ」
そう、囲まれている男女はアーサーとグィネ。ウルーク王国で知り合い、王都ウルークスにて共に冬を過ごした友人だ。
(……やべ。出るタイミング、失敗したな)
『光速行動』によって出来た余裕で状況を理解しようとしたのだが、なんだか二人がより追い込まれるのを待った感じになってしまった気がする。
(それにしても、革命軍か)
どうしてそうなったのかはさっぱり分からないが。相手のゲスさを見るに、アーサーが悪堕ちして何かやらかした、なんて心配はしなくてよさそうである。
「よっ……、と!」
二人が背をあずける木から飛び降り、その前に着地。
「……え!? あ、アニキ!?」
「……アキラさん!?」
「や、お久しぶり。お困りのようだね」
もう少しカッコつけても良かったのだが、遅くなった罪悪感から止めておいた。
「な! なんだテメェ!?」
「チッ、革命軍か?」
「……いや、他には居ないようだ」
周囲のクズ兵士が騒がしくなる中。
「全員殺って良いのかな?」
「ほ、本当に? あぁ、アニキィ……」
「……あ、はい。あ、いいえ、あの男は生かしておいて下さい」
方針は決まった。
「了解」
グィネが指差したのは、クズ兵士たちの中でも後ろの方に立ち、一人だけ丈の短いマントを着けた男。
「はっ、バカなヤツめ。一人増えたところで」
「おい、まずはこいつからだ。囲め」
話を聞くのなら、こちらの力を見せつけ、口が軽くなってもらった方が良いだろう。
(ならば、……『樹根拘束』)
地面から飛び出した木の根が、瞬く間に男に絡みつき動きを封じる。
「なに!?」
そして。
「がっ!」
剣を構えた一人目を唐竹割りに。
「ぎゃあ!」
掲げられた槍ごと二人目を袈裟懸けに。拘束した男に見えるように、一人ずつ鎧ごと斬り捨てる。
と、こんな感じで一振りで一人ずつ、相手に攻撃もさせずに八人目を斬り捨てたところで。
「……くそっ!」
三人がアーサーたちに武器を向けようとする。
(それはアウトだよ。……『土柱隆起』)
三人の足の間から土の柱が高速で飛び出し。
「「アッーー!!」」
股間を痛撃されて打ち上げられた三人は、白目を剥き泡を吹いて事切れた。
自分でやっておいてなんだが、カーラが得意とするこの魔法、いち男としては絶対にくらいたくない。しかし、だからこそ。
「さて、残ったヤツらはどんな死に方をしたいのかな?」
残りの八人にも、それは悪手であると分かったことだろう。
「「ひぃっ!?」」
そして間も無く、拘束された男以外に生きている兵士は居なくなった。




