66、王都デューロン滞在
「……か、辛かったね」
王都デューロン到着から三日目。昼食のためにお客さんが多く入っている食堂に来てみたのだが、そこで出された物がひたすら辛かった。
「口の中が痛いです」
涙目のアリス。
「た、食べられない程ではなかったわ」
汗だくで強がりを言うカーラ。
「……もう少し旨みが欲しいところですね」
辛そうにはしていたが、どこか平気そうなリリィ。
「私たち向けのお店じゃなかったわね」
水をがぶ飲みしながらも冷静に呟くヒカリ。
オレも含めてこのメンバーはなんとか食べきったが。
「む、無理です〜。アキラさん、お口直しにプリンください」
「「にゃー」」
甘い物好きなフェリはギブアップし、仔猫トリオは匂いだけでそっぽを向いた。
「まぁ、しょうがないか」
「わーい♪」
そもそも、この都市の料理の傾向として辛い物が多くはあったのだが、この食堂は特に辛い物好きが集まる場所だったようだ。
(まぁ、これもまた旅の楽しみだよね)
昨日今日と都市内を歩き回ったのだが、予想通り四角い内部を対角線で四分割した都市構造をしていた。そして、それぞれ方角に応じた呼び方をされているのだが、特に北区と南区は、それぞれ貴族街と貧民街という感じで特色が出ている。
「じゃあ、次行ってみよう」
昼食後に向かうのは貴族街。
なんと、この都市はかなり自由に貴族街へも出入りできるらしいのだ。
「楽しみですね♪」
実は、観光で貴族街に入るのは初めてだったりする。
新鮮な体験の予感にアリスもウキウキしているようなのだが。
「……あの、ご主人様。少々お時間をいただいてもよろしいですか?」
リリィが、とある集団を気にかけながらオレに聞いてきた。
「いいよ」
「……ありがとうございます」
どうしたのかな、と思いながら見ていると、その集団の先頭を歩く優雅なマダムへと歩み寄るリリィ。
「……奥様、お久しぶりです」
「……あらあらまあまあ、リリィさん?」
『認識修正』のせいで一瞬分からなかったようだが、さすがにこちらから話しかければきちんと認識されるようで、どうやらリリィの知り合いのようだ。
「行方不明だと聞いていたのだけれど、ずいぶんお元気そうね?」
ペタペタと触った後、頭を撫でてふんわり微笑むマダム。
「……はい。色々ありましたが、今は快適に過ごせています」
あまり表情には出ていないが、リリィも嬉しそうにしている。
そして、そのまま親しそうに会話は続き、その内容から。
(なるほど。大店の奥様で、オルテスで知り合って可愛がって貰っていた、と)
そんな感じの事が分かった。
と、ここでマダムの視線がリリィの首に止まる。
「あらあら、これは奴隷紋かしら? ……そう。今、幸せ?」
リリィが奴隷であると気づいてから少し考え、それから何かに納得したように頷き尋ねるマダム。
それに対するリリィの答えは、意表を突かれたように一瞬の間があったが。
「……はい」
この一言だけ。しかし、それには輝かんばかりの満面の笑みが付いていた。
「あらあら? 羨ましいこと」
それを見たマダムも、とても楽しそうに笑っている。
(なんか照れる)
リリィの笑顔はとても素敵なものだった。それを出させたのはオレであるという自覚が、なんだかとても気恥ずかしい。
(それより、……アレか)
赤面しそうになるのを誤魔化すために、他のことに注意をむける。
先ほどから、マダムの後ろに控える娘らしきお嬢様。それがほんの一瞬リリィへとむけた視線、そこに引っかかるものがあったのだ。
(憎悪?)
いったい何があったというのだろうか。
おそらく、角度的にもタイミング的にもオレにしか見えなかったであろう、その一瞬の視線。それがとても気になる。
ーーーーーー
「なんで! なんでなのよ!」
自室へと帰ってきたお嬢様は、ベッドに飛び込むと、枕に顔を埋めて叫ぶ。
そのまましばらく悪態をついていたのだが、唐突に起き上がり。
「ドーブ! すぐ来なさい!」
誰かを呼んだ。
「御用で?」
やって来たのは、不気味な雰囲気を持つ小男。
「どういう事よ!」
「何のことですかい?」
「アイツよ、アイツ! 何で生きてるのよ」
「生きていた……。なるほど、商人の娘ですか。そうですか、運の良いことで」
「そんな感想を聞いてるんじゃないわよ!」
「それは失礼を。そうですな、お嬢様も悪うございますよ。出来る限り苦しめ、恥辱を与えてから殺せなどと依頼されたのですから。期間が長くなれば、そうなる可能性も高まろうというものです」
この小男、どうやら汚れ仕事を担当しているようだ。
「そんな言い訳は聞いてないわ! はぁ、もう良いからさっさと殺してきて。獣人風情がお母様と話すなんて万死に値するわ」
小男の言い分がお気に召さなかったらしいお嬢様。その言葉から、人族至上主義者だと思われる。
「生きていたと言っても、五体満足ではありますまいに。面倒ですな」
「何を言ってるの? 奴隷にこそなっていたようだけど、それ以外は何の問題も無い感じだったわ。どうやって奴隷に落としたのかは知らないけれど、それならちゃんと買わせる相手も用意しなさいよ」
「なんですと? そんなはずは……。あの盗賊共が金に困って奴隷として売ったのかと思ったが、まさかしくじったか? いや、一時期行方不明だったのだから、それは無い。奴隷ではあるが五体満足。……ふむ、力ある冒険者に盗賊討伐のついでに保護されたと見るべきか。しかし、盗賊共が討伐されたという情報は入っていない。……やれやれ、本当に面倒なこと」
ここで、お嬢様の気持ち悪い物を見るような視線に気づく小男。
「失礼を」
「相変わらず気持ち悪い。用は済んだわ」
「これは高くつきますぞ」
「金なら家に腐るほどあるでしょう。さっさと行きなさい」
「かしこまりました」
ーーーーーー
「……やれやれ」
面倒なこと、とため息が出た。
今回のは、羽虫サイズの『使い魔』によって離れた場所の出来事を見聞きするという、アマテラスが宗教国家で取り締まりをする時に使った手法を真似たもの。昼に、リリィとマダムの会話を聞いていたのもこれだ。
まぁ、アマテラスは一度に数十ヶ所の情報を得ていたが、オレは聞くだけでも五ヶ所、見て聞いてとなると三ヶ所くらいで限界なのだが。
(被造物は創造主を超えるものなのかね)
自称神(笑)も、錬金術と魔力以外はホムンクルスの方が優れていたように、オレも魔力以外は負けるのかもしれない。
それはともかく。
(ちょっと、許せないな)
どうやら、リリィが盗賊に捕らえられていたのは、あのお嬢様が原因らしい。しかも、おそらくその理由は、人族至上主義者の身勝手な憎悪だ。
リリィもかなり元気にはなった。しかし、オレの臭いを嗅ぐと安心するようだが、いまだに夜にうなされている事がある。心に負った傷は深く、完全に癒えるということは無いのだろうと思うと、殺意を抑える事が出来ない。
「どうかしましたか?」
声の出所である左隣りを見ると、心配そうに見上げるアリスが居る。
「ん? どうもしないけど?」
と、とぼけるオレに。
「そうですか、話せるようになったら教えてくださいね」
と返すアリス。相変わらずバレバレのようだ。
(ごめんね、話す気になったらね)
と心の中で謝っておくと、「それで良いですよ」とばかりに微笑んでくれた。
今はもう夕食も済ませてシェルターに下り、ソファでくつろいでいるところ。貴族街は、高級感はあるが落ち着いた雰囲気があり、実に見応えのある場所だった。
(さて、どうしたものかな)
出会ってから半日『使い魔』を付けて観察した結果、ひとり娘ではないことが分かり、疎まれている様子も見受けられる。ということで、お嬢様を破滅させるのは何の問題も無い。後は、どうマダムに影響が出ないようにやるか。
なんてことを考えていると。
「ご主人様、少しよろしいですか?」
とリリィ。
「いいよ」
考えていた事が事だけに身構えたのだが。
「実はその……、プールという物が何とかならないものかと」
リリィから出たのは、そんな意外な願い。
話を聞いてみると。少し前に川で遊んだのだが、この世界の嫁たちはあまり泳げなかったのだ。全く泳げない訳ではないのだが、リリィ自身も犬かきしか出来ず、オレとヒカリとなぜか精霊組がスイスイ泳ぐのを見て、いつか泳ぎ方を習いたいと思っていたらしい。
(なるほど)
と納得したが、これはリリィにしては珍しい大きなお願いだ。
「へえ、そんなお願い珍しいね」
「今日、ちょっと気づくことがありまして。これからは、もう少しワガママになろうと思います」
思わず疑問が声に出てしまったが、それに答えるリリィはとても良い笑顔。何か吹っ切れたようだ。
「ふふふ。良いよ、ドンと来い」
リリィを助ける時に、その笑顔はどれほど魅力的だろうかと予想したものだが、それをはるかに超える素敵な笑顔が見れているのだ。このくらいのワガママなど容易いものだ。
ーーーーーー
「こんな感じかな」
ということで、創ったのは広大な地下空間にある屋内プール。50メートル、25メートルのプールがそれぞれ8レーンずつ。他にも腰までの深さの練習用プールや、水深30メートルの潜水用プールなども創ってみた。
地下への階段は、個室、図書館へと続く上り階段の隣に設置。
「ご主人様、ありがとうございます。泳ぎ方も教えて下さいね」
それはそれは嬉しそうなリリィ。そして、他の嫁たちもうんうんと頷いている。
「おう! 任せとけ」
快く受け入れるオレ。
(まぁ、ヒカリには手伝って貰うけどね)
ちなみにお嬢様なのだが。考えてみれば、リリィに出会うきっかけをくれたのは彼女だ。なので、お嬢様は苦しめずさっくり殺ってあげることにした。




