63、タオロン王国へ
「今日も良い天気だね」
季節は晩夏。暑さの峠は越えているのだが、降り注ぐ陽射しはまだまだ強く、思わずそんな言葉が出た。
まだ朝早い時間だが、周囲の気温はぐんぐん上昇しているようだ。と言っても、緯度が高く自然豊かなこともあり、元の世界ほど残暑厳しく感じることはないだろう。そもそも、オレが乗っている馬車は風の結界によって快適に保たれているので、馬車から降りない限り全く暑くなかったりする。
「ええ。今日も旅日和ですね」
オレの何気ない呟きに、ニコニコ顔で応えてくれたのはアリス。背中まであるプラチナブロンドの髪に青い瞳、好奇心旺盛な人族の槍使いで、やや幼い雰囲気の美少女だ。
二カ月ほど前、アリスを護って左腕を失ってしまったことがあった。左腕は即座に回復させたのだが、よほど衝撃を受けたのか、それ以降たいていオレの左隣をキープしている。今日もオレの左腕に手を添え、御者席で隣に座っている。
「この馬車なら、くっついていても暑くないから良いですね」
オレの右側に座ってこう言うのは、腰まである若草色の髪に、同じく若草色の瞳を持つ綺麗系の美少女、フェリ。種族はエルフで、優れた弓使いだ。
スキンシップをしたがる傾向があり、今日もオレの腰に手を回してべったりひっつき、猫の獣人でもないのにゴロゴロと喉でも鳴らしそうな感じになっている。
「確かに、この馬車は無駄に高性能ですよね」
チクリと皮肉を混ぜるのはカーラ。肩までの赤髪に茶色の瞳をした、人族の魔法使い。本人は小柄なのを気にしているが、オレと同い年なのにとても可愛らしい感じだ。
最近は移動中も本を読んでいることが多いが、シェルター内の図書館に引きこもらず、ちゃんと馬車に出てきている。さらに、アリスと背中合わせに座っているが、オレの背中にも寄りかかっている辺り、寂しがりやさんなのである。
「……フフフ」
フェリと背中合わせに座り、オレの背中の右側に寄りかかっているのは、濃青色のケモ耳美女。リリィという名の、腰まである髪とフサフサな尻尾を持つ、犬人族の双剣使いだ。
脳筋が多い獣人族の中、リリィはとても聡明なのだが、少し謙虚に過ぎる。オレ的には、もう少しわがままに自己主張して欲しいところだ。今も、オレたちの会話を聞いて大人しく笑っているだけだったりする。
「まぁ、旅が快適であるに越したことはないわよ」
一人立ち上がり、オレの両肩に手を置いて身を乗り出しているのはヒカリ。背中まである艶やかな黒髪に濃い茶色の瞳を持つ、オレと故郷を同じくする人族のキリッとした美女。いくつかの武道を修めているが、主に薙刀を使っている。
以前は品行方正なお嬢様だったのだが、この世界に来てからは、のびのびと毎日楽しそうにしている。
「「にゃん」」
ヒカリの頭と両肩の上で、その意見に賛同するような鳴き声を上げたのは、バス、リー、ラスの使い魔トリオ。オレが召喚魔法を応用して作った精霊、執事のセバス、メイドのマリー、天使のアマテラスの使い魔で、黒、白、茶トラの仔猫型だ。鳴くことから分かるように、発声器官を備えているので会話も可能なのだが、よほどの事がないかぎり仔猫型の時は鳴き声で通すらしい。
それぞれの本体には、拠点の管理や宗教国家の監視を任せているので、使い魔という分身で旅に同行している。
(何と言うか、賑やかになったね)
この世界に来てまだ一年にも満たないはずだが、ずいぶん同行者が増えたものだ。一年前には想像すらしなかった状況。しかも、その同行者の大半がモブなオレの嫁なのだから、我が事ながら不思議でならない。
そして。
「アキラさんは、魅力的ですよ」
これも不思議でならない。
(そんなに分かり易いのかね?)
言ったアリスに限らず他の嫁たちもなのだが、ちょっとオレの心を読み過ぎな気がする。
「……オレは何も言ってないけど?」
「えぇ、そうですね」
ささやかな抵抗を試みてみるも、楽しそうな笑みを更に深めたアリスにあえなく玉砕。さらに、他の嫁たちにもクスクスと笑われる始末。
まぁ、嫁たちが楽しそうにしているのだ、何の問題も無い。
(ま、負け惜しみじゃないんだからね!)
そんなこんなでオレたちは今、タオロン王国の王都デューロンを目指す旅の途上にある。
ーーーーーー
「アキラさん!」
最近、十日に一度くらいで完全に休む日を作っている。そんな休日の昼下がりに、シェルター内のリビングに繋がる箱庭のテラスでまったりしていると。
「ショートケーキが食べたい!」
本を抱えてやって来たフェリが、デッキチェアに寝そべるオレにまたがり訴える。
(お、おう。飛び乗るってどうよ)
レベルアップによって高まった能力値のおかげか、そのくらいでは痛くもかゆくもないのだが、さすがにこの行動には意表を突かれて驚いた。オレの頭の上にいたラスもびっくりしている。
「ちょ……、フェリ」
「ショートケーキが! 食べたいです!」
「あ、はい」
けっして迫力に負けた訳ではない。
それはともかく、話を聞いてみると。どうやら、読んだマンガにショートケーキが出てきたらしい。
(まぁ、タイミングとしては悪くないかな?)
最近、食糧生産区画にて乳脂肪分が多めな牛乳(正確には牛ではないけれど)が生産され始め、そこから生クリームも作られている。今なら、ホイップクリームたっぷりのショートケーキを作ることが出来るのだ。
と、そこで。
「最初はこれがイイです」
フェリが、持ってきた本を開いて指差す。そこにあったのは、マンガのワンシーンではなくレシピブックのスタンダードなショートケーキ、そのワンホールの写真。
ということは。
(あぁ、とうとう気づかれてしまったのか……)
シェルター内の図書館では、元の世界のあらゆる書物を作れる。つまり、作る本次第では、元の世界のあらゆる料理を知ることが出来るのだ。
と言っても、別に作りたくないから嘆いている訳ではない。ただ、レシピが手に入るということは、まだ見ぬ物をオレ以外も作れるということ。つまり、オレが嫁たちを喜ばせる機会が減るということなのだ。
少し淋しく思いながら。
「イチゴがいっぱい載ってるのじゃなくて良いの?」
と聞くと。
「それは、とっておきです」
との答え。フェリは、好きな物は後で食べる派のようだ。
「なるほどね、分かった。今から作れば、おやつには出せるかな」
魔法で調理時間の短縮をするのも慣れたものだ。
「やった。さすがアキラさん♪」
オレに乗ったまま大喜びするフェリ。
「はいはい。レシピがあれば、アリスもリリィも作れるから」
ヒカリはまだ厳しいかもしれないけどね。なんて、あと何回オレが喜ばせられるのかと、少し拗ねながら言うと。
「アキラさんが作ってくれる。それが大事なんですよ」
「お、おう」
両肩に手を置いて力説されてしまった。
ふと気づくと、フェリと同じように本を抱えたカーラとリリィが、デッキチェアの横でうんうんと頷いている。
(なんだ、要らぬ心配だったのか)
どうやら、自分で思っているよりも嫁から必要とされていたようだ。
「なんだ、カーラとリリィもかい? じゃあ夕食で作るよ」
おおかた、ガッツリ系と肉系のメニューだろう。今なら、どんな物でも作ってあげるよと、テンション高めに聞いてみると。
「これを」
「……お願いします」
「ごめんなさい今夜は無理でした」
二人が指し示した物を見て即座に謝罪。
その後、アリスとヒカリに手伝ってもらいながら作ったショートケーキで機嫌が直るまで、カーラとリリィには拗ねられてしまった。
(だって、しょうがないじゃない?)
甘く見ていたのは確かなのだが、さすがにバイキング形式の食べ放題とケバブは想定外と言わざるを得ない。




