60、生存競争
「これは……、マズそうだね」
「北壁」の切れ込みが見える辺りに着いたのは昼過ぎ。
『光学迷彩』で姿を消したまま『飛翔』で急行したオレたちがそこで見たのは、際限なく湧き出る黒い何かと、それと対峙するムイルイ獣王国軍だった。
「アレは……、いったい何でしょうね」
「何というか、気持ち悪いです」
見たことが無いとアリスが言うそれは、黒ずんだラグビーボール型のナマコに触手が生えたような感じだろうか。時々、表面に白いキラキラを付けた個体が居るが、どうやらそれには霜がついているらしい。
(解凍直後ってことか?)
五千年もの長い間、凍てついた状態で死ななかったということだろうか。
そして、硬質にも見える本体がウネウネと、不規則に生えた触手がグネグネと動き、時たまビッシリと牙の生えた口をパックリと花のように開いたりと、カーラの言う通り、ただただ気持ち悪い。
(これがSAN値直葬というやつか)
こんなモノが実在しているとは、さすがファンタジーである。
本体だけで人と変わらないくらいの大きさがあるのに、それが犇めき蠢めくので、さらに気持ち悪さを倍増させている。
「アキラさん、早急に滅ぼしましょう!」
「……確かに、早めに何とかした方が良さそうですね」
フェリが怒り、リリィもそれに同意するのは、それらが貪欲に森の木々を貪り喰らっているからだろう。
(いや、マジでヤバいな)
それが埋め尽くしていて様子は分からないが、それでも、間違いなく通り過ぎた後には何も残っていないだろうと思う。
しかし。
「最悪、ではないみたいね」
と、ヒカリが言うように、そいつらが森を喰い尽くそうとしているおかげで時間が稼がれ、準備を整えつつある獣王国軍との戦端は開かれていない。かろうじて、人的被害は最小限であったと思われる。
「まぁ、秒読みって感じではあるけどね」
誰がやったとは言わないが、街道から「北壁」の切れ込みへ綺麗に一本の道が刻んである。森の木にありつけなかった触手ナマコたちがその道を辿り、間も無くそこから溢れ出るだろう。
「アキラさん、どうなさいますか?」
というアリスの問いは、戦いに干渉するかどうかではなく、どのように触手ナマコを殲滅するかを聞いているのだと分かる。
殺る気に溢れキリッとしているが、空中ということでオレにしがみついている状態では、いまいち締まらない。
それはともかく。
「そうだね。ある意味、ちょうど良かったかな」
幸い、すぐ南の地に天使が降臨したばかりだ。
「みんな、ついて来て」
そのまま上昇し、はるか上空で停止して『光学迷彩』を解除。
「……『装備召喚』」
魔法で、嫁たちにお揃いの装備を作る。
作ったのは、青地に金の縁取りがされた優美な鎧と、顔の上半分を覆う金髪のカツラ付き兜。鎧は超軽量で、兜は中からは透明に見えて視界を遮らない優れもの。某神話の戦乙女さんをイメージしてみた。
ということで。
「……『戦乙女召喚』」
続いて、某神話にある通りの九人編成を採用し、残り四人を召喚魔法で作る。その外見は、嫁たちとお揃いの金髪鎧兜に槍装備だ。
「フェリ、カーラ、リリィ、ヒカリにそれぞれ一体ずつ付けるから、上手く使ってね」
「「分かりました」」
「アリスは――」
「アキラさんの背後を守ります!」
「……うん。よろしく」
再び、キリッとやる気を見せるアリス。だが、相変わらずオレにしがみついている状態では(ry
「で、もう一回、……『装備召喚』」
今度はオレ自身の装備を作る。
オレのは、黒地に金の縁取りがされた華美な鎧に、左右にツノが付いたフルフェイスの兜。ボリュームアップと上げ底をすることで、大柄な偉丈夫っぽくなっている。
そして武器として、ぶ厚く大雑把な、鉄塊という表現の方が相応しいような、身の丈サイズの大剣も作ってある。そう、ドラゴンころs……。
(ゲフンゲフン。いや、斬鉄k……。いやいや、斬馬剣だ!!)
某神話になぞらえるなら、グングニルという槍にするところだが、今回は剣にしておいた。
「なるほど。あの派手に暴れてる人は、私たちとは関係ありませんよ作戦、ですね!」
「そう、パート2だ!」
がっしりと手を組むオレとフェリ。城塞都市ハルエヌにて、魔物の暴走を処理した作戦再び! である。
他の嫁たちの温かい視線は、この際気にしない。
「さらに、今回はオレの魔力をみんなに供給するからね」
お揃いの指輪の隠し機能を使うと。
「あ、魔力が溢れるようです。ふふふ、魔法が使いたい放題ですね♪」
オレと魔力が繋がったのが分かったようだ。とても嬉しそうにカーラが呟く。
「よし、準備は良いかな?」
「「はい!」」
殺る気に満ちる嫁たちの中、リリィは一人「……さすがご主人様です」とばかりにニコニコ顔でうんうんと頷いているが、これは人助けではなく、オレがやらかした事の尻拭いでしかない。しかし、今ここで水を差す必要もないだろう。
(うん、後で謝っておこう。……『発光』)
演出に淡い光で周囲を覆い、急降下。触手ナマコと獣王国軍の中間辺りに降り立ち、しがみついていたアリスと離れてから『発光』を解除する。
〈じゃあ、まずは密度を下げるよ〉
一匹あたりの強さは、Cランク冒険者に少し劣るくらいに感じる。しかし、あまりにも数が多い。
こちらの所属を問う獣王国軍の声を無視して、意味ありげに大剣を掲げると。
〈行くよ、……『千刃』〉
無駄に大剣を光らせてから魔法を発動し、上空に作り出した無数の剣を次々と撃ち出す。「千」と言っているが、毎秒百本を超える数を撃ち出しているので、最終的には数万本になるだろう。
(普通に死にはするか、……しかし)
撃ち出される剣に貫かれ、触手ナマコの気配は次々に消えている。しかし、思ったほどは数が減らない。
〈死骸を食べ、食べた奴が分裂しているようです〉
というアリスの見立てが正しいようだ。木なら数本、触手ナマコの死骸なら一匹を食べると分裂して増えているらしい。
その増殖する速度は、《無限の魔力》による力押しで、なんとか殲滅速度の方が勝るくらいか。自称神(笑)程度では、百人居ても押し返せないだろうと思う。非常に厄介であると言わざるを得ない。
そのまま五分程続け、良い感じに間引けた頃に。
〈そろそろ行く?〉
聞いてきたのは、殺る気満々のヒカリ。
〈そうだね〉
〈それなら、アレ、良いかな?〉
アレという表現だったが、何故か分かってしまった。
〈まぁ、仕方ない〉
気持ち悪いモノを相手に、全力で蹂躙しようとするなら必要なものだろう。
〈良い考えですね。どうせなら全員でどうでしょう〉
言ったフェリだけでなく、他の嫁たちも分かったらしく、「しょうがないなあ」という雰囲気を出している。
〈じゃあ、行くよ。三、二、一……〉
『千刃』を解除。ぐぐっと力を溜め……。
〈GO!〉
〈〈ヒャッハーーーー!!〉〉
もちろんオレも叫んで気合を入れ、矢のように飛び出す。何をしているのかを獣王国軍にも分かってもらうため、『光速行動』は無しだ。
オレは、身の丈サイズの大剣の攻撃範囲を『魔刃』で伸ばし、さらに小枝のように振り回し、一振りで数十匹を斬り飛ばしながら進む。アリスは、そんなオレがどんな動きをしてもぴったり背中合わせで着いて来てくれて、オレの討ち漏らしを処理してくれる。
(アリスには頭が上がらないな)
フェリは、纏った『風刃』で周囲を斬り刻みながら、小剣で斬撃を飛ばし、一振りごとに直線上の数匹を仕留めている。弓を使わないのは、オレたちと関連付けられる可能性をより低くするためだろう。
(弓を使いたいだろうに、申し訳ないな)
カーラは、『土槍』や『火球』で薙ぎ払っては溜めを作り、マンガなどのビーム兵器のような『光線』で周囲を一掃している。
(カーラは楽しそうだね)
リリィは、『光速行動』ほどではないが、かなりの速度で縦横無尽に双剣を振るっている。その殲滅力は、以前オーガの群れと戦った時よりも確実に上がっているようだ。リリィならそのうちに、『思考速度上昇』無しの、最低限の『身体能力強化』で『光速行動』に近いことが出来そうだ。
(獣人の潜在能力って凄いな)
ヒカリは、自分が一番継戦能力が低い事を分かっているのだろう。無理せず堅実に戦っている。それでも、毎秒数匹は薙刀で斬り捨てているので十分だ。
(同じレベルだった頃のオレより間違いなく強いよね)
そして召喚で作った『戦乙女』たちは、付いている嫁それぞれの隙を補い、良くやってくれているようだ。
(「北壁」のこちら側は問題無さそうだ)
ーーーーーー
〈よし! 一気に行くぞ!〉
〈〈了解!〉〉
予定通り「北壁」のこちら側は殲滅し終わり、切れ込みを積み重なりながら抜けて来ようとする触手ナマコを押し返す。
こちらから向こうへ、距離は数キロあるだろう。底面が鋭角に切れ込んでいる谷底を削って通りやすくするためにも、思い切りやってしまおう。
〈……『爆裂光線』〉
カーラの『光線』が真っ直ぐ貫くと、一瞬遅れて、貫かれた触手ナマコが爆散し。
〈……『風刃烈破』〉
フェリの放った無数の『風刃』が複雑な軌道で伸び、触れた物を寸断して。
〈……『破砕衝撃』〉
ヒカリが起こした『衝撃波』が、カーラとフェリが討ち漏らした触手ナマコを弾けさせる。
〈……『螺旋撃』〉
そして、オレが放ったエネルギーのドリルが、谷底と死骸を細かく砕き。
〈……『剛風』〉
アリスが起こした風が、残骸を向こう側へ吹き飛ばした。
〈……ぁぅ〉
魔法を放つのがあまり得意ではないリリィが、少しションボリしているが。
〈じゃあリリィ、先頭をお願い〉
〈……はい! お任せ下さい!〉
ちゃんと別の役割があるのだ。
(それにしても、魔力を供給していてもダメとなると……)
《無限の魔力》というチートを持つオレにはないが、魔力の瞬間出力には、それぞれに上限があるのかもしれない。
ーーーーーー
「みんな、お疲れさま」
その後、初期位置でぽかんとしていた獣王国軍を放置して調査した向こう側には、解凍途中という感じの触手ナマコが大量に居たが、それらも問題無く処理し終えた。
「結構かかってしまいましたね」
そう言うアリスも疲れ気味のようだ。
意外と北側の陸地が広かったこともあり、結局は丸々三日、働き通しになってしまったのだ。しかし、その作業の中で分かったこともある。
(何と言うか、生き汚い奴らだったな)
どうやら、先に解凍を終えた奴が半解凍状態の奴を喰らって分裂していたようで。そうすることで、急速に向こう側に溢れるほどの数を揃えたらしい。
凍りついた奴を半ばまで喰らい、そこで再び凍りついて動きを止めた。そう思われる触手ナマコが多数居たことから、そう予測してみた。
(まぁ、ある意味、究極の生き物だったのだろうね)
生きて自らを増やす。ただそれだけに特化した生き物だったように思う。
それはともかく。
「疲れた。休もう」
「「はーい」」
『光学迷彩』で姿を消して飛び、切れ込みの縁に陣を敷く獣王国軍の上を抜けて戻る。そして、森の中にシェルターを設置すると、すぐに眠ってしまった。




