57、急転直下
「おぉ……っと」
村を貫く急坂を吹き上がる強風が、宿を出たオレに緑の香りを運ぶ。
「んーっ……」
ヒカリにも同じ香りが届いたらしく、気持ち良さそうに伸びをしている。
「良い季節になってきたね」
「うん。風が気持ちイイ」
季節はそろそろ初夏くらいになるのだろうか。振り返った坂の下に広がる盆地は、以前は咲き誇るユハナで真っ黄色に染まっていたのだが、今は青々とした麦の穂が揺れている。
(さっさと片付けて観光に戻りたいものだね)
もう少し暑くなったら、海へ遊びに行きたいものだ。
「おーい。ゆっくりしてると置いていっちゃうぜ」
「すぐ行きます」
一足先に、二足歩行の恐竜のような騎獣に跨り、Aランクチャラ男が声をかけてくる。その顔は、出会った時から変わらずニヤニヤしているが、どうにも目の奥は笑っていないような気がしてならない。
(でも、こんな風でもAランク冒険者だし……)
それに相応しいであろう強さも感じる。
オレたちと違い、チート無しでそれだけの実力をつけるに至っているのだ。その過程で様々な取捨選択があったであろう事を考えると、その目つきも仕方ないかもしれない。
(まぁ、好きではないけどね)
現在地は、盆地を囲む山の東端の村アンク。
昨日の昼にメンヒスを出て半日の行程だったのだが、その間Aランクチャラ男が何かとカーラにちょっかいをかけてくるのだ。好きになれるはずもない。
「カーラちゃんは俺と一緒に乗るかい?」
そして、今現在も余計なちょっかいをかけている最中だ。やはりこの世界でも、チャラ男っぽいヤツは間違いなくチャラ男なのだろう。
「はは、カーラはオレと一緒に乗るんで大丈夫ですよ」
移動手段は隊商護衛依頼の時のままだったので、人数分『召喚』してあった地を駆ける鳥型の騎獣を一匹解除。それからカーラをオレの前に乗せる。
「あっ……。えへへ、これ久しぶりですね」
最後にカーラと二人乗りしたのは、リリィと出会う前くらいだろうか。確かに、ずいぶん久しぶりだ。
〈カーラちゃん羨ましス。でも、チャラ男がウザいから仕方ないわね〉
ヒカリの念話に嫁たちが苦笑している。Aランクチャラ男がウザいというのは共通認識のようだ。
「チッ……」
その時、Aランクチャラ男のニヤニヤ顔は変わらないが、かすかに舌打ちする音が聞こえた。
(ん? 意外と本気で口説いているのか? まぁ、例えそうでもカーラは渡さないけどね)
カーラが心変わりすることもないだろう。それでも、今回オレの前に乗せるのは、本当にAランクチャラ男がウザいからだ。
「さて、準備が出来たら出発しようか」
Aランクチャラ男が変わらぬニヤニヤ顔で出発を促す。
ソーグノ神聖王国までは十五日の予定。わざわざセンクトまで行かなくても、ここアンク村から北東へ、ソーグノまでの街道が延びているらしい。
ーーーーーー
〈これは……?〉
アンク村を出発してから十二日。カーラをオレの前に乗せて以降はAランクチャラ男も大人しく、他の嫁たちにちょっかいを出すこともなかった。さらに、魔物にも出会わず平和にここまで来たのだが。
〈無個性な狂信者の気配……ですね〉
オレたちを囲むように近づく十の気配。それはアリスの言う通り、間違いなく狂信者のものだ。
(考えてみれば、ソーグノへ向かう途中に襲われるんだから、その可能性は高かったよね)
しかし、その気配の内、無個性な狂信者のものは六つ。残りの4つは、似ているがわずかに違うように感じる。
(他のタイプのホムンクルスかな?)
前回、盗賊の所に居た狂信者の一部を分析した結果、その存在が間違いなくホムンクルスと呼ばれるものであることが分かった。そして、その体液が爆発虫という昆虫型魔物の体液に酷似していることも分かっている。
(そんなモノが人の形で動き回れるとか、やっぱりファンタジーだよね)
そもそも、いまだに虫型の魔物には出会っていないのだ。まだまだこの世界は広いらしい。
そんなことを考えながら、チラッとAランクチャラ男を見るが、狂信者の気配に気づいた様子はない。
〈Aランク冒険者でも、あまり気配には敏感じゃないのかな?〉
〈そうですね。このくらいの距離は感じて欲しいものなのですが〉
返事を返してくれたアリスも少し不満気だ。
ちなみに、カーラは今日もオレの前に乗っている。ご機嫌に鼻歌なんか歌っているので、話は聞いていないようだ。
「ところで、アキラ君たちってさぁ……」
「なんですか?」
狂信者たちはオレたちを追いながら包囲を狭めてきている。そろそろ準備をしておいた方が良さそうか。
(さて、こいつらがこの人数で狙う物、か)
ソーグノ教を追い詰めることが出来る物を期待するのは、あまりにも都合が良すぎるだろうか。
「……ハルエヌの大魔法使いの関係者だよね」
「……はい?」
予想外の言葉に、思わず騎獣の足を止めてしまった。
ハルエヌの大魔法使い。おそらく、ハルエヌで魔物の暴走を処理した時のことだろう。オレたちとそれを繋ぐものは何も無いと思っていたのだが。
(こいつ、どこまで知ってる? いや、それより……)
今ここでこの発言。
(これはハメられた、か)
そういうことなのだろう。そして、少なくとも問いかけてきた時には、狂信者の気配に気づいていたということでもあると思う。
(そうだとすると、当然だけど新緑の風のお姉さんたちとは比べ物にならない広さの探知範囲だね)
それにしても、まさかAランク冒険者がソーグノ教の手駒に居るとは、予想外である。これは、狂信者しか居ないと思い込んでいたオレのミスだ。
「何のことか分かりませんね」
「ハハハ、そんな態度でしらばっくれても無駄さ。長く苦しみたくなければ、さっさと白状した方が良いぜ」
Aランクチャラ男が合図すると、狂信者たちが姿を現わす。思っていた通り、無個性な狂信者が六体。残りは、どこかで見たイケメンと美女の宣教師コンビが二組だった。
「こいつらがどういう物か、知っているのだろう? それにAランクの俺も居る。もう逃げられないぜ」
イラッとくるドヤ顔でのたまう。
(さて、何を知られて、どこまでがそれを知っている?)
落ち着いて観察しながら、狂信者に気づいた時から用意していた魔法を発動しておく。
「何をおっしゃっているんですか?」
「無駄だって言ってんだろう。俺をここまで生かしてきた直感が、お前らだって教えてくれてるんだよ」
「……はい?」
どうやら本気で言っているらしい。
(直感て)
いくらなんでもアホ過ぎるだろう。と思ったのだが……。
〈ねえ、これって〉
〈そうですね。Aランク冒険者がそう言えば、ある程度は通ると思います〉
どうやら有りらしい。
さすがに周囲の空気を感じ、我に返っていたカーラが答えてくれた。
(でもそれなら、オレたちと大魔法使いを繋ぐ証拠は何も無いということか)
繋がりがあるに違いない、とソーグノ教に報告し、狂信者たちが逃走防止の壁、兼ここで聞いた話の証人として来ている、といったところか。狂信者が来ているのだから、冒険者ギルドへの報告はされていないと見て良いのではないだろうか。
「あ、そうそう。カーラちゃんだけは助けてあげるから、こっちおいでよ」
考えている間にも何か言っていたらしいが、カーラがドン引きしている。
「直感、直感ねぇ。とんだポンコツ直感だよね。ププ」
考えれば考えるほど笑えてくる。
今、オレたちの敵としてここに居るのだ。もし本当にそんな能力を持っていたとしても、警戒するほどのものではあるまい。
「あぁん!? お前ごときが俺をなめてんのか? そもそも、カーラちゃんを奴隷に落として楽しもうと思っていたのに、横から掻っ攫いやがってよお。お前ムカつくんだよ!」
「!? どういう、ことですか?」
「あ、ごめんねえカーラちゃん。何度か君の依頼を失敗させちゃったんだよね。まあ、君が欲しかったからこそだし、ちょっとした遊びじゃないか。許してくれるよね」
「……っ!?」
いい年した大人だと思うのだが、あっさり逆上し、とんでもないことをペラペラと暴露してくれた。頭の出来に関しては、無個性な狂信者に劣るようだ。
(ソーグノ教に関しては大したことを知らなさそうだね)
この程度の頭の出来では、さほど重用もされていないだろう。
それにしても。
(カーラには悪いけど、こいつには感謝だね)
カーラに出会うことが出来たのは、どうやらこいつのおかげらしい。
「カーラは待機。他のみんなで狂信者の排除。二体ずつね」
「「了解!」」
もう聞くべきことは無い。サクッと終わらせよう。
「ハハハ、ヤケになって自殺か。……なん、だと。どういうことだ!」
狂信者たちは、サクッと処理され倒れている。
「なぜ爆発しない!」
種明かし、という程のものでもない。
(『不発領域』解除)
これは先ほど発動しておいた魔法。狂信者の一部を分析した結果、狂信者の自爆のみを不発とする領域の展開が可能となっただけだ。
「何なんだお前ら。あり得ない! あの方は絶対なはずなのに!」
Aランク冒険者の戦い方を見ることが出来なかったのは残念だ。
「カーラ、やっちゃって」
「ありがとうございます。……『風弾』」
混乱していたようだが、とっさに騎獣から飛び降りて不可視の弾を躱したのは、さすがAランクといったところか。
しかし。
「……『土柱連打』」
「アッーーーー!!!!」
着地した瞬間を狙い、地面から高速で隆起した土柱が股間を痛打。さらに、その勢いで空中へと打ち上げる(魔法名におかしなルビが見えたような気がするが、気のせいだろう)。
後は、それの連続だった。打ち上げられて地面に落ちる。地面に落ちると打ち上げられる。
空を飛べないAランクチャラ男には、なす術がなかったようだ。剣は弾き飛ばされ、土柱を砕こうとした拳は逆に砕け、体を捻って落下地点をズラしても追尾され、頭から落ちてくれば軽い打撃で上下を入れ替えられ、的確に股間を打たれ続けた。
「カ、カーラさん、そろそろ……」
五分ほど過ぎても止まる気配がないので、思わず腰が引けた状態で声をかけると。
「結果的には、そのおかげでアキラさんと出会えました。それは、かけがえの無いものです。ですが、それでも許すことは出来ません」
涙ぐみ、歯を食いしばっているが、何とか止めてくれた。
三分くらいですでに儚くおなりだったのだが、よほど腹に据えかねたらしい。当時の努力を、決意を、嘲笑われたように感じたのだろう。
「よしよし」
「うぅ……。わああぁぁ〜ん!」
後処理を終えた他の嫁たちも集まり、オレの胸で泣くカーラを慰める。
(一日くらい、ゆっくりしようかな)
他人が居なくなったのだから遠慮する必要は無い。シェルターを設置して引きこもることにしよう。




