52、知らんぷり・その三
「では早速」
宿に帰ってシェルターに入ると、すぐに《創造》。高さ250センチ、幅150センチの木枠を創り、リビングに入る扉の手前の壁に設置。
(するとどうでしょう。あらあら不思議)
ぴったりと壁に着いた木枠内の壁面が消え去り。その先に、上に登る階段へと繋がる短い廊下が現れる。
《創造》したこの手の物は、基本的にそれぞれ独立した謎空間になっている。なので、元々ある部屋を気にせず、新しい部屋へ繋がる扉をびっしり廊下に並べても全く問題無い。では、何故わざわざ新しい部屋を階段の先に創ったかと言うと。
(まぁ、あれだ)
元の世界でマンションに住んでいた身としては、二階建てや三階建ての庭付き一戸建てという物に憧れがある。シェルターを創った時は、ついマンションの部屋のような感じにしてしまったのだが。
(少し前に庭も創ったし)
部屋から家にしたくなったのだ。
「今度は二階ですか」
と、階段を覗き込んだアリス。それに続いて他の嫁たちも寄ってくるが、みんな平然としたものだ。もう、このくらいの物を創ったくらいでは、誰も驚かないらしい。
「今のところ、三階まであるよ」
折り返し階段で二階に上がると、左右に伸びる廊下と、さらに折り返して三階へ上がる階段がある。
「二階には個室を用意してみました」
廊下には、広さ十二畳の部屋に繋がる扉が左右それぞれに四つずつ、計八部屋ある。アイテムボックスがあるので私物の保管場所には困らないのだが、良い機会なので用意してみた。
それに。
(今は全く問題無いんだけど……)
元の世界で聞いた話では、倦怠期というやつがあるらしい。もしもの時のために、距離を置ける場所があった方が良いだろう。
ちなみに、今いる人数より二部屋多いのだが、廊下に向かい合わせで二つずつ、均等に部屋を割り振った結果だ。
(べ、別に、嫁を増やすつもりは無いんだからね!)
見知らぬ誰かに言い訳していると。
「個室……ですか」
と、アリス。貴族や金持ちでもなければ個室など持たないこの世界、案の定だがヒカリ以外の嫁たちは戸惑いの表情だ。
「まあまあ。服を作るのと同じような感じで家具や小物も作れるようにしておくから、自分がくつろげる空間にしてみてよ」
必要無ければ使わなくても良いから、と三階へ。
階段を上りきると、目の前には両開きの扉。
「ここが今回の目玉だ!」
どこかで見たような、「ズバンッ!」という感じで扉を開け放つ。その先は、扉の正面に机と椅子がいくつか並び、左右の奥まで本棚が並ぶ広大な部屋。いわゆる図書館な感じだ。
「と言っても、まだスッカラカンだけどね」
そう言いながら、新たに《創造》。
「そこでコレ、異世界出版機~」
扉の正面奥の壁際に創ったのは、ATMっぽい見た目の入力装置。元の世界に存在する ありとあらゆる書物、これをこの世界の言語に翻訳して作り、本棚に並べてくれるステキ装置だ。
「とりあえず、有名どころは並べておくから」
ファンタジー、有名、などのキーワードを入力し、表示された候補から知っているいくつかの物を選択。すると、いつの間にか本棚に本が並んでいた。
「「おぉ~!」」
歓声を上げ、早速本を手に取る嫁たち。
とりあえず、今回は純粋なファンタジー作品のみにしてある。
「ある程度読めば、どんな物が存在するのか傾向が分かるんじゃないかな」
まだ手に取っている嫁はいないが、ちゃんと漫画もラインナップに加えてある。どんな反応をするのか、今から楽しみだ。
ちなみに、漫画やラノベから辞書や学術書まで、どんな物でも基本はA5サイズで古書っぽい雰囲気のハードカバーで作られるようになっている。
(雰囲気って大事だよね)
図書館内を、パッと見だけでも重厚な雰囲気にしておきたかったのだ。
「おぉ……。これは引きこもれるわね」
シェルター内で生活に困ることは無い。ヒカリの言う通り、油断すると引きこもってしまいそうだ。
(まぁ、世界を見て回るという目的があるから大丈夫だけどね)
そして、世界を見て回った後なら、引きこもるのも悪くはな――。
「あ、教科書作れば授業も捗るわね」
……オレが引きこもる未来は無くなったようだ。
ーーーーーー
「あ、わたし今回は残ります」
そんなことをカーラが言い出したのは、朝食を宿の食堂でとり終え、さあ鎧熊狩りに出かけようか、という時だった。
「お、おう。どこか体調でも?」
今までに無いことに、早速来たのか倦怠期、と少し動揺しながら聞き返すと。
「いえ、本を読みたいんです」
「お、おう?」
「特に漫画を。あれは素晴らしい物ですね。あれこそがアキラさんとヒカリの閃きの源泉なのだと理解しました」
「そ、そうなんだ」
「そうなんです! で、今わたしに必要なのは、魔法の威力向上につながる想像力の強化だと考えているのですが。それには、まさに漫画がうってつけだと思っています」
軽く握った両手の拳を上下に振って、すごい熱意で力説されてしまった。他の嫁たちも、昨夜漫画に触れた時の衝撃を思い出したのか、納得したようにうんうんと頷いている。
とはいえ、呼びに行かなくても夕飯を食べに下りて来たし、夜はいつも通り一緒に寝たので、これほどハマっているとは思っていなかったが。
「分かった。あまり根を詰めないようにね」
「はい。面白いからって、ご飯も食べずに読み続けたりしないように気をつけます」
ワクワクした感じの良い笑顔のカーラを中に残したまま、シェルターをアイテムボックスに入れて出発。
〈何か面白い物があったら呼んで下さいね〉
〈はいはい。そっちも気分転換したくなったら声をかけなよ〉
アイテムボックス内のシェルターの中からでも、念話は問題無く通じるようだ。さらに言うと、アイテムボックスに入れる時にシェルターを傾けたりしたが、内部には全く影響がなかったらしい。
「カーラちゃん、引きこもりになっちゃうの?」
「まぁ、大丈夫だよ。せいぜいヒカリがDランクに上がるまでかな」
都市を出た所で、心配そうに聞いてくるヒカリに答える。
ある程度魔法のイメージが固まれば、今度は実際に試したくなるだろう。それほど長くは引きこもるまい。
(とはいえ、定期的に完全な休みの日を作ろうかな)
他の嫁たちもガッツリ読む時間が欲しいだろう。それに、振り返ってみれば、今までが急ぎ過ぎていたような気がする。たまには まったりするのも良さそうだ。
「……ご主人様、見えました」
リリィの言葉で我に返る。
山に入り、鎧熊の気配を追っていたのだが、目視出来たようだ。
木々の隙間から見えるそいつは、鎧熊という名の通り、要所要所を硬そうな殻で覆っている。四肢をついた状態で背中の高さがオレの身長くらいありそうだ。立ち上がれば3メートルは超えるだろう。
「これは、部位破壊必須ね」
どこかワクワクとした、殺る気満々のヒカリの提案を。
「ダメでーす」
即座に却下。
「今回は討伐するだけじゃなくて、素材として売り払うからね」
鎧熊の硬殻は、この世界において鎧の素材として重宝されている。が、そのためには、硬殻が綺麗な状態である事が望ましい。某ゲームのように破壊してしまうと、報酬が増えるどころか、依頼内容次第では失敗になってしまう。
なにより、ある程度は目立つつもりだが、鎧に用いられるほど硬い殻をズタボロにしてしまうのは、さすがにやり過ぎだと思う。
「むう、仕方ない」
ヒカリも分かってくれたようだ。
「あと、今回はプランDで行くから」
「「了解!」」
プランD。これはDランク相当の力で戦う、という指示だ。人目のある所で戦う可能性があるということで、この手の符丁をいくつか決めてみた。
「じゃあ、行くよ」
声をかけ、先頭を切って駆ける。気配は消していないので、鎧熊は早い段階でこちらに気づき威嚇するように唸り始めた。
「こっちだ! かかってこい!」
そこへさらに近付き、オレの方へ来るように挑発する。
「アキラさん、次の攻撃は私が捌きます」
「射ちます!」
「……左腕もらいます」
「アキラくん、私は足を狙うわね!」
鋭い爪を左腕で逸らし、噛みつこうとするのを躱しながら、他の嫁たちの攻撃に気を取られる鎧熊の顔をめがけて剣を振り、ターゲットをオレに固定する。
(なんか、すごくゲームっぽいな……)
某ゲームとは違うと言ったばかりだが、そのゲームで協力プレイをやっているような気分になった。
全力で戦っていないという点に関して、少し相手に申し訳ないような気になるが、仲間と協力して戦っている感じは悪くない。
(まぁ、こいつにとっては災難だろうけど、ね!)
身体中から血を流し、動きが鈍った鎧熊の目に剣を突き入れ、脳を破壊してとどめをさす。
ちなみに、剣も新調した物になっている。何故かと言うと、不壊を付与して創った剣が壊れていたからだ。
(まさかの事態だよね……)
不壊が壊れるとか、何を言っているのか分からなくなってしまうが仕方ない。早朝訓練の時に剣を抜いたら、刀身の三分の一ほどが擦り切れた様に無くなっていたのだ。
(まぁ、神狼を消し飛ばした時だろうけど)
あの時の剣を振る最中、空気を押しのけた何もない場所から抵抗を感じた。おそらくだが、あれは空間そのものを斬ってしまったためなのではないかと思っている。
(空間を斬るとか、中二っぽいんだけど)
そんな、この世界のシステムの許容を超える速度で剣を振る、などということをやってしまった結果、不壊の剣が壊れるという事態になったのだろう。
まぁ、真偽のほどは定かではないが。
(使えるレベルまで落とさないとね)
制御出来ない破壊は使い物にならない。神狼を超える脅威に備え、破壊が起こらない最大限のレベルを見極めなくてはならない。
「……ご主人様、出発出来ます」
「おっと、ありがとう」
リリィに声をかけられ気付いてみれば、持って来た荷車に鎧熊の死骸が載せてある。
どうやら、考えに沈んでいるオレをそっとしておいてくれたようだ。
「アキラさんが ぼうっとしているのはいつものことですからね」
「……むう」
フェリの言葉に憮然とするが、確かに、最近考え事をしていることが多い気がする。
「じゃあ、帰ろうか」
「「ふふふ」」
誤魔化そうと帰りを促したが、どうやら失敗したようだ。




