50、知らんぷり・その一
「……む?」
昨日は宿屋に直行してすぐに寝てしまった。そして、眼が覚めると知らない天井。……なんてことは無く、見慣れたシェルター内寝室の天井なのだが、何かに拘束された様に体が動かない。
(もう体は問題ないんだけど……)
かろうじて動く頭を起こして体を見下ろすと、ウチの娘……嫁たちの頭が見える。どうやら、左腕をアリス、右腕をカーラ、左足をリリィ、右足をヒカリに抱きつかれ、体の上にフェリが乗っているせいで身動きが取れないらしい。
(……なるほど)
オルテスに着いた時点である程度体も動くようになっていたのだが、昨日の心配具合を考えると、この有様も仕方ないのかもしれない。
幸いと言うか、体力値か筋力値あたりの影響で、フェリが上に寝ているくらいでは息苦しかったりはしない。かえって、寝心地が悪いのではとフェリを心配するくらいだ。
それはともかく。
(さて、どうしたものかな)
昨日の強行軍で疲れていたウチの嫁たちはゆっくり眠らせておきたい。そして、みんなが起きる前にやっておきたいことがあるのだ。
オレが少し動いたくらいでは起きそうにないとはいえ、ガッチリ抱え込まれている四肢を抜こうとすれば、さすがに起きるだろう。
だがしかし。
(やりようはある)
と、無詠唱でベッドの横に魔法で作ったのは、機械と争う未来から送られてきた液体金属のような、滑らかな質感の人型。
(……『傀儡・改』ってとこかな)
『召喚』に、以前貴族のガマ息子を操った『傀儡』の遠隔操作するシステムを組み込んだのだが、今ならオレの魔力を伸ばして繋ぎっぱなしにする必要は無い。
(今となっては神狼さまさまだ)
昨日気付いた魔法の理。それによって『傀儡・改』はさらなる進化を遂げる。どういうことかと言うと、オレの魔力が目印になり、たとえこの惑星の裏側に行っても魔力を補充し続けることが出来、『傀儡・改』を通して周囲の様子を知り、動かすことも出来るのだ。
(で、次は《創造》)
『傀儡・改』の手に、ねじれた短い木の棒を創る。見た目のイメージは、カボチャの馬車を作る魔女の持つワンド。効果は、オレの魔力を消費して、すでに存在する物に《創造》した時に付けるような付与を施したり、今付いている付与を書き換えたりする物だ。
(あっさり噛み砕かれたからね)
最初に『防御フィールド』を付与した時、かなりの防御力を想定していたつもりなのだが、それを軽く超えられてしまったわけだ。
だがしかし。
(それなら、もっと防御力を高くすれば良いじゃない)
ということで、『傀儡・改』の視界を使い、ワンドで嫁たちのアクセサリーに触れて『防御フィールド』を書き換える。今回想定する防御力は、宇宙空間から落とされた大規模居住施設が直撃しても大丈夫なレベル。
(これも名前を変えて『防御フィールド・改』ってとこかな)
本当は、惑星破壊レベルの攻撃に耐えられる防御力を想定したかったのだが、オレの知るそれらの映像がいまいちピンと来なかったため、このレベルになった。
(で、次はこれ)
と、全員の防具に不壊を付与。
以前やろうと思っていたはずなのだが、すっかり忘れていたことだ。
(そして最後に)
失った左腕の防具を鋼鉄製で創る。もちろん不壊なのだが、わざわざ革製の他の部分と素材を変えたのにはワケがある。
(「北壁」に関して知らんぷりするために、しばらくは『認識修正』なしだからね)
切れ込みが入った翌日には、すでにオレたちがこの都市に居たということを印象付けるためなのだが、その一環として冒険者ギルドで依頼を受けるつもりだ。そして、依頼内容によっては人前で戦闘になることもあるだろう。
(必要以上に目立つつもりはないから、人前で全力はあり得ない)
瞬殺はしない、だからといって相手の攻撃を躱しまくって長引かせるのも不自然だろう。ということで、良い機会なので、防御したり逸らしたりするのに使おうと思って創ったのだ。
なんて色々やっていると。
「……う、ん」
そろそろアリスが起きそうだ。ワンドをアイテムボックスに入れ、『傀儡・改』を解除。
その瞬間。
「!? アキラさん!」
飛び起きてオレの左腕を確認し、ペタペタと触って安心するアリス。……トラウマにでもなっているのだろうか。
「大丈夫だよ」
と、左手でアリスの頭を撫でていると、他の嫁たちも目を覚ましたようだ。
ーーーーーー
「……なんか、見られてる?」
と、ヒカリが言う通り、『認識修正』なしで宿を出ると、その直後から多くの視線を集めている。まぁ、ただでさえいずれ劣らぬ美人揃いの嫁たちが、さらにお風呂で磨かれキラキラのツヤツヤなのだ、視線を集めるのは当然であり目論見通りでもある。
「そういえば、昔はこんな感じでしたよね」
「なんだか懐かしいような気さえしますね」
と言うのはフェリとカーラ。たぶん、初めてオルテスに来た時のことでも思い出しているのだろう。
「……みなさんお美しいので、仕方ないかと」
そう言うリリィも間違いなく視線を集めているのだが、他の嫁たち同様あまり自覚していないらしい。
「凄い美人ばっかり――」
「――あの服、どこに売ってるのかしら」
「綺麗~。でもあの人――」
「――荷物持ちなんじゃ?」
「使用人でしょう――」
すれ違う人々のほとんどが、同じような内容を囁きながら遠ざかって行く。どうやらオレは、荷物持ちか使用人だと思われているらしい。
(まぁ、当然か)
パッとしない顔をしている自覚はある。そんなオレが美女たちと一緒にいれば、そう判断されても仕方ない。というか、アリスと腕を組んでいてもそう見えるという、オレのそのモブっぷりに感心するべきかもしれない。
そんな感じで向かっているのは、タジムさんの喫茶店。オルテスに来たら寄らねばなるまい。
ちなみに、ずっとニコニコ顔でオレの左腕を抱いているアリス、その左腕の防具も鋼鉄製になっている。
「お揃いが良いです」
宿を出る前に、上目遣いでアリスにそう主張された結果だ。
(ヤンデレ? ヤンデレになっちゃうの?)
ヒカリは「いや~ん、そんなアリスちゃんも可愛い」なんて言っていたが、昨日の出来事以降、アリスが過保護になったというか、愛が深くなったというか、そんな感じだ。
……後ろから刺されるようなことにならないようにしたいものだ。
「おう! アキラ。よく来たな。これ食いながら少し待っといてくれ」
店に着くなり元気よく現れたタジムさんは、料理の皿を置いてどこかへ行ってしまった。
あまりの慌ただしさに反応し損なってしまったが、せっかく用意してくれた料理があるのだ。食べながら待たせてもらおう。
「「美味しいですね♪」」
「この世界でこういうの作れるのは、アキラくんだけかと思ってたわ」
タジムさんが用意してくれたのは、白いフワフワのパンで挟まれたサンドイッチとフレンチトーストだった。
(おぉ、さすがタジムさん)
自然発酵を促す魔道具を売ったのは二ヶ月ほど前だったのだが、すでにそれを利用したフワフワのパンで新しいメニューを出しているようだ。
「おう! 待たせたな」
「やあアキラ、久しぶり」
そこに戻って来たタジムさん、そして一緒に居るのはサミル。過去に護衛したことがある商人で、タジムさんの娘婿でもある。
「本当に久しぶりだね。元気そうでなにより」
「アキラのおかげでね。あと、紹介しておくね、こっちが嫁のクミス」
「初めまして、アキラさん。父とサミルが大変お世話になりました」
「初めまして。大したことはしていませんよ」
サミルの後ろから進み出て来たのは、優しい雰囲気の美人さん。おそらく妊娠しているのだろう、お腹が少し大きいようだ。
「そうそう、これを受け取ってくれるかな」
ひとしきり近況などを話し合った後、そう言って金属が擦れ合う音のする袋を机の上に置くサミル。
「これは?」
「この前アキラがお義父さんに売った魔道具があるよね。あれを解析して商売に利用させて貰ったんだよ。だからこれは、……そう、技術の使用料だよ」
サミルは行商人だったのだが、少し前にオルテスに店を構えたそうだ。そして、オレがタジムさんに売った魔道具のおかげで、オルテスにおいていち早く宝石内に魔法陣を刻む技術を得ることが出来、大きな利益を得たらしい。
(ふむ。サミルのことだ、オレへの恩返しのつもりかな?)
確かに、宝石内に魔法陣を刻むということを始めたのはオレだ。しかし、この世界にはまだ、技術の使用料なんて考え方はない。世話になったことへの恩返しとしてでは、渡そうとしても受け取らないと考え、そんな言い訳をひねり出したのだろう。
「分かった。ありがたく貰っておくよ」
そこまで気を遣わせて断ることもないだろう。
「うん、ありがとう。あと、これもね」
続いてサミルが取り出したのは、少し厚みのあるカード状の物。
「これは?」
「これは預金カード。我がサミル商会が開発した新しいシステムさ」
名前通りの預金通帳のような物で、このカード自体は魔道具ではなく、個人を識別するパスワードのようなものが内部に刻まれているだけらしい。現在は、世界中の商人ギルドで使えるようにしている最中だそうだ。
普通の人が大金を持ち歩こうと思ったら嵩張るし、何よりも危険だ。この世界的に、かなり画期的な物なのではないだろうか。
「へぇ、それは凄いね! とても便利そうだ」
「うんうん、そうだろう。これからも定期的に技術の使用料を振り込むから、ちょくちょく確認してね」
「……はい?」
根無し草のようにフラフラしているオレたちに、なんとか技術の使用料を渡せないものかと考えて思い付いたらしい。
「なるほど、必要は発明の母だね。……って、いやいやそんなことは聞いてないし」
「おお! 良い言葉だね。サミル商会の標語にさせてもらうよ」
「どうぞどうぞ。じゃなくて、貰い過ぎだよ!」
「ははは、まあまあ落ち着いて。お金なんかで申し訳ないんだけど、このくらいしかアキラの恩に報いる方法がないんだよ。利益のほんの一部だから、僕のためにも受け取ってくれないか」
とうとう恩返しであることをぶっちゃけられてしまったが、ここまで言われては断りにくい。
「……むう」
「それでいいんですか?」という視線をサミルの隣に座るクミスさんに向けるが、ニコニコと素敵な笑顔で頷かれてしまう。
「分かった。ありがたくいただきます」
オレに不利益がある訳でもない。せめて、何か有効に使うことを心がけよう。
「じゃあ、また会いに来てくれよ。子供の顔も見せたいしね」
「ああ、また来るよ」
タジムさんの喫茶店前でそう言って別れる。
「気持ちの良い人たちだね」
ヒカリが嬉しそうに目を細め、他の嫁たちも嬉しそうにうんうんと頷いている。
「そうだね」
出会いというものは、本当に大事だと思う。




