49、疾駆
「「アキラさん!!」」
「ご主人様!」
「アキラくん!」
呆然と「北壁」の切れ込みを見ていたら、ウチの娘たちが先に再起動して駆け寄って来た。
「あぁ、わ、私のせいで、う、腕が!」
「アキラさん、今一瞬大きな狼が!」
「あわゎ、北壁が」
「ご主人様! は、早く回復を」
「アキラくん、何が。あ、あぁ腕が!」
が、絶賛混乱中のようだ。
「どうどう、大丈夫だから落ち着いて。……って、おや?」
気が抜けたせいか、体に力が入らなくなり、ぺたんとへたり込んでしまった。これでは大丈夫という言葉に全く説得力が無い。
(やれやれ。え~と……)
慌てて超再生回復薬を創り、力の入らない体をなんとか動かして飲む。
「ぐっ……!」
その途端、左腕の傷口を剣山で掻き毟られるような激しい痛み。油断していたので、痛みを無視し損なって呻きが漏れる。
(痛った~~……。って、そういえば)
リリィはそうでも無かったが、フェリは痛そうにしていたのを思い出した。
(次があれば麻酔効果も足さないといかんな。あと、フェリとリリィには、しばらく優しくしよう)
そんなことを考えている間に腕は生えたが。
「あれ?」
相変わらず体に力が入らない。
(この脱力は状態異常ではないということか? ……《創造》さんって、こういうトコあるよね)
《世界の理による最適化》に《思考からの拡張解釈》もあるのだが、オレ自身が全く想定していない事には対応してくれない。その割に、心の奥底にある願望を拾ってくれたりもする、なかなかのお茶目さんなのだ。
「アキラさん、大丈夫なんですか?」
腕が生えたことで落ち着いてきたようだ。オレの左腕をペタペタ触りながらアリスが聞いてくる。
「おう、大丈夫だ。体に力は入らないけどね」
「良かった。……って、良くないじゃないですか!」
「どうどう、死にそうな訳じゃないから」
再びワタワタし出したのを何とか落ち着かせる。
「むぅ、分かりました。とりあえずここを離れましょう」
「北壁」に切れ込みが入ってから、それなりに時間が過ぎた。砦や村などはそこそこ離れてはいるが、さすがにアレは見える。そろそろ様子を見に来る人が現れてもおかしくない。
「それならば、ウルーク王国の交易都市オルテスまで行きましょう」
と言い出したのはフェリ。
「ランバーを駆って今日中にオルテスの南門から入れば、この件と私たちを結び付ける者は居ないでしょう」
人の居る所では『認識修正』をかけっ放しだった。それ無しでオルテスに入り、冒険者ギルドで依頼でも受ければ完璧だろう。
「その時そこに私たちは居ませんでした作戦です!」
ドヤ顔で宣うフェリからそっと目をそらすオレ。
(なんか……すまん)
作戦名にオレの影響を感じ、居た堪れなくなってしまった。
「フェリちゃん……」
そんなオレの様子から何かを悟ったらしい、ヒカリがジト目で見てくる。
そんなことをしているうちに、アリスが指示を出し。
「ではカーラ、『召喚』を。ランバーを四羽お願いします」
「任せて。超速いのを作るわ」
「先頭はリリィで。先導と露払いを」
「……承知しました」
「次を私が。リリィの攻撃範囲外を処理します。そして三番手にヒカリ。動けないアキラさんをお願いします」
「わ、分かったわ」
「四番手にフェリ。カーラと二人で上空と後方の警戒を」
「了解!」
ということになったようだ。
あっという間にオレは紐でヒカリの背に固定され、地を駆ける鳥型の騎獣ランバーの上に。
「出発!」
「「おー!」」
アリスの号令で一斉に駆け出す。その速度はかなりのものだ。これなら内海を大きく迂回しても、余裕で今日中にオルテスに着きそうだ。
しかし。
(おぉ! マジか)
まったく減速せずに森の中に突っ込むとは思わなかった。オレの目立ちたくないというワガママを叶えるために、最大限の力を振り絞ってくれているようだ。
〈みんな、ごめんね〉
何だか申し訳なくなり、全員に向けた念話で謝ると。
〈アキラさん〉
怒ったようなアリスの返答。
(当たり前か)
オレだって、みんなに謝ってもらうために力を尽くしたりはしない。
〈うん、そうだね。……ありがとう、みんな〉
〈〈どういたしまして♪〉〉
〈……〉
そして、改めて伝えた感謝の言葉には、ヒカリからの返答が無かった。
〈……みんな凄いね〉
〈ん?〉
そんなヒカリから一対一の念話が届いたのは、それからしばらく後のことだった。
〈みんな迷わず行動してるのに、私は何も出来ない……〉
〈それは仕方ないよ。この世界で産まれた娘たちには、明らかにオレたちよりも非常事態に対する覚悟があるもの。まだまだこれからだよ、オレもヒカリも〉
速度の割に軽い振動がランバーから伝わる中、もの凄い勢いで過ぎて行く木々。
〈それだけじゃ無い。そもそも、私があんなこと言わなければ……〉
〈はは、確かに、ヒカリの言ったことはフラグっぽかったね。でも、言っても言わなくても、あいつと出会っていた事に変わりはないよ〉
〈それは……、そうなんだろうけど〉
茂みを跳び越え、枝を躱し、また茂みを跳び越える。
〈ねぇヒカリ〉
〈なに?〉
〈オレ疲れちゃった。なんだかとても眠いんだ〉
〈ちょ、ちょっと! 今それはシャレにならないから〉
天に召されそうなオレのセリフにヒカリが慌てる。そのせいで、当たるはずの無かった枝がオレの頬をかすめた。
〈ふふ。……オレはヒカリとのそういう会話が楽しい。ヒカリも、せっかくの異世界、楽しまなきゃ損だよ。もし何か悪いフラグが立つようなら、へし折ってしまえばいい〉
深い森の中では全く空が見えないこともあるが、リリィの動物的な方向感覚で道に迷いはしない。
〈……もう、しょうがないなぁ。空気を読まないアキラくんには任せられないもんね〉
〈そうそう〉
「……やっぱり、この世界に残るって決めて良かった。……私の王子様」
最後にヒカリが口に出して何か呟いたが、風を切る音でよく聞こえない。
〈なに?〉
〈ふふ、なんでもない〉
そんな会話をしている間にも速度を緩めることなく進むが、あまり魔物と遭遇しない。これは、リリィが事前に察知して可能な限り避けているからだろう。それでも出会ってしまった不幸な魔物は、リリィとアリスによって容赦無く斬り刻まれている。
〈そういえば〉
〈ん?〉
〈私と初めて会った時のことって、覚えてる?〉
〈……うん。中学の時だよね〉
中一の半ばから、オレはイジメを受けていた。入学当初から有名な美少女だったヒカリが、どの時点でオレを認識したのかは分からない。しかし、中二の終わり頃、彼女の言葉に励まされて勇気を貰ったオレは、イジメを克服することが出来たのだ。
(まぁ、気付きさえすれば簡単なことだったんだけどね)
上辺だけの友達など必要無いということに。孤立することを恐れ、DQN共の無茶振りに応えて調子に乗らせてしまったのが悪かったということに。
そして気付いた後は、きっちり証拠を集めてDQN共には報いを受けて貰った。
なんて、少し過去を振り返っていると。
〈そう言うと思った〉
というヒカリからの答え。
〈え? 違うの?〉
〈実は、それよりもずっと前に出会っているのです〉
〈え〜と……。ごめん、分かんないや〉
〈ふふふ、知りたい?〉
〈お願いします〉
沢を渡り、小川を跳び越え、ひたすら駆けて行く。
〈昔々、とある根暗な女の子が公園で男の子たちに意地悪されていると、そこに王……ヒーローが現れたのです〉
……ちょっとヒカリのテンションがおかしい気がするが、言われてみると、おぼろげながら記憶にある。
よくある話で、小学校低学年の頃、大人しめな可愛い女の子がからかわれていたのだ。それを、変身ヒーロー気分で助けた事があった。今とはかなり印象が違うが、あれがヒカリだったのだろう。
〈思い出してくれた?〉
〈うん、なんとなく〉
〈ふふ。まあ、アキラくんにとっては、大した事じゃなかったんでしょうけど。そのヒーローに相応しい女の子になりたくて、私は変わる事が出来た〉
ある時は山を越え、またある時は沼を迂回する。
〈……なんか、すまん〉
〈ん? 何が?〉
〈その、中学の時のオレは……〉
〈あぁ、あの時ね。大丈夫、分かってるよ。嫌がらせを受けても負けてなかったし、最終的にはやり返しちゃうし。改めて凄いと思った〉
〈お、おう〉
幼い時のちょっとした出来事で、こうまで見え方が違うものなのか。好意というフィルターを通すと、雌伏し耐える恰好良い姿に見えたらしい。あの時は本当に折れる寸前だったのだが、これは言わぬが花か。
それはそうと。
〈ヒカリ的に、現状ってどうなの?〉
〈他の娘たちのこと?〉
〈ん、まあ……〉
〈最初は、いろいろ思うところもあったけど……。夜の魔王様に連戦連敗中だからね。とりあえず、あと二、三人は欲しいかな〉
〈いやいや、もう増やさないから! ていうか、夜の魔王様はやめて!〉
「あははは」
風を切る音で聞こえなかったが、今回は笑っているのだと分かった。
(ぐぬぬ。近いうちに、夜の魔王の真価を味わわせてやるからね!)
崖を斜めに駆け登ったり、翼を広げて滑空して飛び降りることもあった。
〈……ありがとう、私に居場所をくれて〉
〈どういたしまして〉
ヒカリのことだ、諦めていたと言ってはいたが、元の世界に帰っていてもいずれは実家の干渉をねじ伏せ、幸せになっていただろう。
だから。
〈こちらこそ、この世界を……、オレの傍に居ることを選んでくれてありがとう〉
〈うん。どういたしまして♪〉
そんなこんなで、昼食抜きの休憩なしで駆け抜けた結果、日が暮れて間も無くオルテスにたどり着いた。




