48、やり過ぎた?
「いやー、やっぱり凄いな」
北大橋を渡り切り、北から西へ、緩やかに方向を変える街道をたどること三日。人類の勢力圏最北の国、獣人が治めるムイルイ獣王国に入った。
「ホントに凄いですね」
隣に座るアリスが言葉で、他のみんなはうんうんと頷くことで同意を示してくれた。そんなオレたちの視線の先にあるのは「北壁」。いまだにかなりの距離があるにもかかわらず、そちらを向く視界の下半分はほぼそれによって占められている。
(ファンタジーだよな~)
近付くと改めて異質さが際立つ。
麓から全体の三分の二ほどの高さまではなだらかに登り、そこから上は正に壁と言うのが相応しい垂直に切り立った岩壁になっている。どうやったらこんな山が形成されるのか、全くもって不思議で仕方ない。
〈この世界を管理する神様とか、居るのかな?〉
ぼんやりと「北壁」を見ていると、隣に座っているヒカリが一対一の念話で聞いてくる。隣に居るのに念話を使ったのは、この世界出身の娘たちには刺激の強い話だと判断したからだろう。
〈こういうの見ると、居そうな気がするよね。でも、少なくとも、オレが会った神(?)から管理を任された存在は居ないんじゃないかな〉
もしそんな存在が居れば、オレがこの世界に来ることはなかっただろう。
〈なるほどね。ちなみに、アキラくんなら、アレ作れるんじゃない?〉
〈……そうだね。作れそうな気はする〉
《創造》は言うまでもないが、魔法で作るとしたら例えば『岩槍』の魔法。何もない空中に岩の槍を生み出して射出した場合、維持する魔力が切れると形を失う。しかし、足下の土を固めて隆起させた場合は、固まり隆起した状態で固定される。
《創造》にしろ魔法にしろ、いつも通りの《無限の魔力》による力押しでいけるだろう。
〈まぁ魔法でやった場合、莫大な質量を持ち上げた分、周辺地形への影響もとんでもないことになると思うけどね〉
〈ふむふむ。やっぱり人為的なものの可能性が高いわね〉
〈……そうなの?〉
〈「北壁」からこちら側が平坦過ぎると思うのよ〉
〈なるほど、言われてみれば〉
平原であるにしても、起伏が無さ過ぎるようにも思える。持ち上げる分の質量を周辺を均すことで得れば、こんな風になるのかもしれない。
なんてコソコソ話していると、オレの右脇からフェリが顔を出し。
「内緒話ですか?」
仲間に入れて欲しそうにこちらを見ている。
「ちょっと故郷の話を、ね」
間違いなく嘘だとバレているが、問題ない。なぜなら、フェリは内緒話を聞きたいのではなく、構って欲しいだけだからだ。ということで、頭を撫でてあげればほらこの通り。オレの腰に手を回し、気持ち良さそうに目を細めている。
〈大きな力を持った者が居るって事かな?〉
〈五千年も停滞してたのを考えると、過去には居た、というだけの可能性が高いんじゃないかしら〉
〈それもそうか〉
〈ただ、そんな存在が過去に自然発生したのなら、今後また現れるかもしれないわね〉
狼が魔狼になるように、何らかの存在が力をつけ、「北壁」を作れるほどのものになり得るということか。
そんなことを考えていると、今度はカーラが。
「はい」
と、オレの背中に胸を押し付けつつ、右肩越しに頭を出してくる。
どうやら、「私も撫でろ」ということらしい。
「はいはい」
形だけ持っていた馬車の手綱を離し、左手で頭を撫でると、カーラもまた気持ち良さそうに目を細める。
〈力持つ存在が現れても負けないように、強くならなきゃね〉
〈ふふふ、チートなアキラくんが負けるような相手なんて、そうそう居ないけどね〉
〈うわー、それフラグっぽいわー〉
クスクス笑うヒカリを見るに、分かって言っているようだ。
そんなことをしていると。
「……おっと、何か来たようだ」
南西、「北壁」とは反対側の森の奥から、魔物の集団が複数こちらへ向かって来ている。
「みんな、各個撃破で」
「「はい!」」
広範囲にバラけているが、さほど強い魔物は居ない。連携しなくても問題無いだろう。
(まぁ、今のオレたちなら余裕だね)
それぞれが目標を定めて向かうのを横目に、オレは馬車をアイテムボックスへ。
最近気付いたのだが、『召喚』で作った馬はアイテムボックスに入る。生き物を模しているだけで生きている訳ではないので、考えてみると当たり前なのだが。
それはさておき。
(さて、オレの最初の相手は……)
馬車をしまうことで出遅れたが、どうやら気を遣ってくれたようだ。真っ直ぐこちらに向かってくるゴブリンの集団が残してある。
(サクッと片付けますかね)
ーーーーーー
「何か様子がおかしかったですね」
ゴブリン、二足歩行の犬という感じのコボルト、オークといった魔族系から、ツノ猪や鎧熊などの魔獣系など、色々いたがサクッと殲滅完了。片付けも終えて集まったところで、アリスが首をかしげている。
数は全く違うが、以前ハルエヌで遭遇した魔物の大襲来を思い出すほどの種類が集まっていた。しかし、その時とは違い自らの意志で動いていたようなのだが、そうすると別種の魔物同士で争いが起こっていなかったのは異常だ。
「……何かから逃げていた感じでしたね」
リリィの言葉に、オレも含め全員がうんうんと頷く。どうやら全員が同じ結論に至ったようだ。
(では、何から?)
そう思い森の方を見ると、そこに何の前触れもなく、そいつが居た。
「!?」
体高3メートル近くありそうな漆黒の狼。その神々しさすら感じる佇まいは、まさに神狼と呼ぶに相応しい。魔狼がさらに力を付けて進化した個体だろうか。
その姿を見た瞬間、『身体能力強化』と『思考速度上昇』をレベル5で発動。これまで試したことすら無いレベルだが。
(油断はしない! と言うか、これは間違いようがないほどヤバい相手だ)
探知よりも隠密の方がレベルが高いと気配を捉えられないのだが、神狼に気配を消していた様子は無い。つまり、オレの探知範囲外から一瞬でそこに至ったということだろう。
(!?)
レベルを一つ上げる毎に倍の魔力を使う感じなので、レベル5は普段の十六倍くらいの魔力だ。《無限の魔力》を持つオレしか使えない程の魔力量だと思う。
……しかし、それでもなお油断していたらしい。
かなり薄暗くなった視界の中、魔力によりクッキリと姿が視える神狼が、レベル5の『思考速度上昇』ですら対応が困難な速度で動く。
(く……)
引き伸ばされた時間の中で神狼の向かう先は、ひどくゆっくりと森の方へ振り返ろうとするアリス。
(……っそ!)
かろうじて、アリスを突き飛ばすことに成功。しかし、それを成したオレの左腕は、下りてきた神狼の顎に捕らえられる。
ほんの刹那、オレを覆う『防御フィールド』が神狼の咬む力と拮抗。しかしそれは、薄いガラスが割れるような軽い音と共に砕け、アッサリと左腕が食い千切られた。
(ぐぅっ!)
幸いと言うべきか、レベルアップで得た高い精神値のおかげで精神的な衝撃は少なく、痛みも無視出来る。
(このっ!)
反撃に剣を振り下ろすが、片腕が無いことでバランスを崩してしまう。そんな剣撃は当然アッサリ躱され、嘲笑うようにオレのすぐ横を通り過ぎた神狼は「北壁」の方へ移動。そして、再び遭遇時ほどの距離を開けると、そこでゆっくりと振り返る。
〈 ア キ ラ さ ん !〉
オレに突き飛ばされ、吹き飛ぶ途中のアリスの叫びが念話で届く。
持てる魔力のほとんどを使って『思考速度上昇』を発動しているようだが、それでもオレのレベル3相当だろうか。アリスの言葉は、かなり間延びして聞こえる。
(神狼を討つのに魔力が足りないなら、この命を燃やしてでも。とか考えてそうだね)
驚愕、心配、決意。そんな複雑な表情を浮かべるアリスに大丈夫だと伝えるために微笑み、ゆっくりと頷くと。『身体能力強化』と『思考速度上昇』を一気にレベル10へ引き上げる。身体を巡る魔力がじれったいほどゆっくり増えていくと、次第に風景が光を失い、終には闇に閉ざされる。
(……っ!?)
発動完了し、ほぼ止まった時の中、魔力によって視える神狼は確かに嗤っていた。
(オレがアリスに微笑むのを見て、それで嗤ったということか……)
最初にアリスを狙ったことも考えると、オレを苦しめようとする意図を感じる。
(ずいぶんとまぁ、ゲスい考えだ)
現れた一瞬で男女比を確認し、誰を苦しめるのが一番楽しめるのかを判断したというところか。
おおかた、オレの目の前で、ウチの娘たちを一人ずつ喰い殺していくつもりだったのだろう。
(……オレの大切なものを、お前ごときに奪わせはしない!)
神狼に向け一歩を踏み出そうとすると……。
(ん?)
地面を蹴ろうとした足が、上手く前進する力を作れない。まるでスポンジの上にいるような、氷の上にいるような、そんな不思議な頼りなさを感じる。
(この速度で動くには、地面の強度も摩擦も足りないということか?)
水の中を進もうとする時の、浮き上がるような感じもある。
予想外の事態に焦り、心の中で進行方向に対して垂直な足場を求めた瞬間、足裏に固い感触。
(……お?)
体内の魔力をそこまで伸ばしていないのに、オレの魔力で足場が形成されたのだ。
(そうか!)
なぜ今まで気付かなかったのか。ほぼ時間が止まっている空間の中で、『身体能力強化』と『思考速度上昇』を発動し続け、距離のある相手の魔力を視ているのだ。魔力には、時間も距離も関係ないということだ。
つまり、異なる魔力に覆われてでもいない限り、知覚し、イメージ出来る範囲のどこにでも魔法を発動可能なのだ。
(ははっ)
魔力で作った足場を踏みしめ、再び前へ。すると、今度は踏み出そうとする足にまとわりつく抵抗。
(あ〜、空気抵抗か)
ならば、と、魔力によって体の向かう先の空気をかき分ける。
(『流体制御』ってとこかな?)
そして、今度こそ何の問題もなく駆け出す。神狼へ向け、階段を駆け上がるように前進。
(はははっ)
その間、左腕の傷口からはほとんど出血はない。腕を失ってから今までが、それだけ短い時間の出来事だということだ。そして、そんな刹那の間の意志に身体が反応して動くのは、脳から発せられた電気信号によって筋肉が反応して動いているのではなく、『身体能力強化』の魔力によって身体を操っているからなのだろう。
(ははははっ)
何という全能感。今なら、あらゆることが出来そうな気がする。
(まさに、ヒャッハーな感じだね)
いっそ、そう叫べば良かったのかもしれない。
そんなバカな事を考えている間に、いまだに嗤ったまま止まっている神狼の元へたどり着く。先ほどの剣撃でバランスを崩したことを考え、身体の捻りを使って下から上へ剣を振り上げる。
(ん?)
その途中、剣先から再びまとわりつくような抵抗を感じる。しかし、今やすっかり剣も体の一部となり、問題無く剣の周囲も空気をかき分けている。
(うん、問題無い)
ということで、気にせず強引に振り抜き、その勢いのまま神狼に背を向け剣を納めた。
(そして世界は動き出す。……なんてね)
『身体能力強化』と『思考速度上昇』を解除。
「!?」
その瞬間、正面から響く爆音。
どうやら、最初に蹴り出そうとした場所の地面が弾け、踏み出そうとした足が押し除けた空気が衝撃波となった音のようだ。
「「……」」
しかし、オレに突き飛ばされて無事に着地したアリスも、他の娘たちも、爆音など無かったかのように、ぽかんとした顔でこちらを見ている。
「あれ?」
凄い勢いで出血し始めた左腕を、取り敢えず魔力で傷口を縛るイメージで止血。その間に周囲の気配を探るが、神狼の魔力は視えない。
(うん、大丈夫。討ち漏らしてはいない)
というか、死体すら無い気がする。
「……あれ?」
恐る恐る振り返ると。
「……あれ〜?」
北を向いた視線の先、見上げてもいないのに遥か遠くの青空が見える。そう、本来なら視線を遮るはずの「北壁」、そこに大きな切れ込みが入っているのだ。
(振った剣の延長線上にある物が消滅してる?)
オレの足下から「北壁」へ、真っ直ぐ抉れている。その軌跡が水平であったり深さを増したりせず、かすかに浅くなっていく事で大地にまで深刻な亀裂を刻まずに済んだのが、せめてもの救いだろうか。
(……何でこうなったし)




