37、郷愁
「ふう……」
その日は一日かけて王都ランドロア内を見て回った。
一般人が入れるのは五階までで、そこから上は貴族たちの住居や王城になっている。そして、五階には外輪山の外側に抜ける北門があるようだ。
五階は北門から南門の吹き抜けまで一直線の通路があるからまだマシなのだが、四階から下の奥の方は。
「複雑な造りをしていましたね」
とカーラが言う通り、かなり入り組んだ街並みになっていた。おかげで南門のホールに戻って来るのに苦労してしまった。
「道に迷ってしまいそうでしたね」
と言うアリスは楽しんでいたようだが、正直ヤバかった。探知スキルによって分かる人の気配の偏りで自分の位置を見失う事は無いのだが、行きたい方へ向かっても行き止まりがあったりするので油断出来ない。
「見て回る分には良いですが、住もうとは思いません」
とフェリ。観葉植物の様な物もチラホラとは見かけたが、エルフ的に植物が足りなかったらしい。犬人族的にも閉鎖空間が好みではなかったらしく、リリィもうんうんと頷いている。
そんな感じで南門のホールの端、屋台がある場所で串焼き片手に雑談していると。
「や……さ……!」
一部でなにやら騒ぎが起きる。
それ自体は何も珍しい事ではないのだが……。
「アキラさん?」
何かが気になり、アリスの呼びかけにも応えずそちらの方へ。
「“お願い! 誰か!”」
「困るな。騒がないでくれよ」
「……あ」
初めは何が気になったのか分からなかったが……。今、薬を嗅がされぐったりしている、腕を縛られた人影、その黒髪の娘が口にしていた言葉、それが元の世界でオレが使っていた言語であることに気付いた。
「やれやれ」
娘に薬を嗅がせた男が困った様子で呟く。おそらく奴隷商なのだろう、他にも数人連れているその男に近付き。
「その娘、訳ありかい?」
と聞いてみると。
「ん? あぁ、街道脇に倒れていたのを拾ったんだが、どうも正気ではないらしくてな。意味の分かる言葉を話さないんだよ」
フェリの時と似た感じだろうか。
助けたから謝礼をよこせ。無いなら奴隷になって金を作れ。ということのようだ。
……相変わらず怖い世界だ。
(それにしても……、正気ではない、ね)
魔法語という特殊なものを除けば一つの言語しか無いこの世界、違う言語を話しているという考えは無いのだろう。
「もし良ければ、オレが買おうか?」
色々と思うところはあるが、いちおう同郷の人間を助けてくれたのだ。ここは真っ当な手段で行こうと思う。
「いやしかし、言葉が通じないから奴隷契約も出来ないんだが……」
渋る奴隷商。そこで少し振り返り、連れにウチの娘たちが居ることを見せる。
(美人を侍らせた金持ち坊ちゃんのきまぐれ、とか思ってくれないかな?)
そんなことを考えながら、もう一度奴隷商を見る。
「なるほど、一人じゃないなら逃すこともないか」
予想した反応とは違ったが、どうやら売ってくれるようだ。
(……って、そうか。ウチの娘たち『認識修正』で平凡な人に見えてるんだっけ)
つまり、人数の多さが評価されただけらしい。
(まぁ、売ってくれるなら問題無い)
ーーーーーー
「あの……」
宿に帰り、意識の無い娘の腕を解放してシェルター内のソファに寝かせたところで、アリスがオレに問いかける。
「あ、ごめんごめん。説明してなかったね。この娘はオレと同郷なんだよ」
「そういえば、アキラさんは言葉が違うという話をされてましたっけ。……ということは、問題を抱えた方ではないんですね」
アリスと出会って間もない頃にした話を覚えていたようだ。しかし、その後そんな話はしていないので、他の三人はキョトンとした感じでこちらを見ている。
良い機会なので、改めて全員にオレが異世界から来たという話をした。……相変わらず、異世界という名の辺鄙な田舎から来たという認識しかしてもらえなかったが。
「う……ん」
そうこうしているうちに、意識が戻ったらしい。黒髪の娘が目を覚ます。
「“大丈夫? 気分が悪かったりしない?”」
と問いかけると。
「“あ、はい。大丈夫……です”」
まだボンヤリしているようだが、しっかりした答えが返ってくる。
そして、その目がオレを認めると、信じられないとばかりに目を見開き。
「“アキラ……くん?”」
と呟く。
そう、彼女はオレの知り合い。そして、高校の同級生でもあるのだ。
「“これは……夢?”」
薬の影響が残っているのか、まだボンヤリとしたままそう呟く彼女の名前は西園寺 光。眉目秀麗、文武両道、品行方正というパーフェクトな良家のお嬢様だ。
「“いや、夢じゃないよ。何があったか覚えてる?”」
と西園寺さんの問いに答え、どのような状況だったのか聞いてみる。
すると、少し考えた後、ガバッと起き上がり自分の手足を触って確認。さらに、オレと隣に立つアリスを見ると。
「“ここは、死後の世界ってこと?”」
と言った。
(ふむ……。神(?)に会って転生した訳ではなさそうかな)
会って話を聞いていれば、死後の世界なんてものがあるとは考えないだろう。……少なくとも、オレは考えない。
さらに、オレを見てそう判断したということは。
(元の世界のオレは行方不明ではなく、死亡が確認されているということか)
おそらく、オレの葬式にも出席してくれたのだろう。
「“いいや、あの世じゃないよ。オレも西園寺さんも生きてる”」
一度死に、元の世界に死体もあった。では、ここに居るオレは何者なのか。なんて疑問が、今さらながら頭をよぎるが……。
(そんな高尚そうな答えの出ない疑問は悩むだけ無駄だよね)
コピーではなく、こちらに作られた体にオレの魂が入ったのだと、そう認識しておいた方が精神衛生上は良さそうだ。
「“え……、でも”」
オレの答えを聞いて、やや冷たい印象を受けるキリッとした目に戸惑いが浮かぶ。
なので。
「“異世界に転生したって言ったら信じる?”」
オレ的に一番分かり易い単語で端的に説明してみると。
「“そんなラノベみたいな……”」
という意外な答えが。
「“ラノベなんて知ってるんだ?”」
思わず聞いてしまうと。
「“あ……うん。好き、だから”」
と、恥ずかしそうに頬を染めて目をそらす。
中学で知り合った、オレの恩人でもある西園寺さん。ラノベが好きというのもそうだが、その恥ずかしそうな表情も、学校中から頼りにされる凛々しい彼女の知られざる一面だった。
「“へ~意外。オレもラノベとか好きなんだよね”」
珍しいものを見れたことと、思わぬ共通点を知れたことに嬉しくなったのだが。
知られたくない事だったのだろう。さらに顔を赤くしてうつむき。
「“……知ってる”」
ボソボソっと何事か呟く。
「“え? なに?”」
と聞き返すと。
「“何でもない!”」
力いっぱい誤魔化された。
「“お、おう。じゃあ、何があったか聞いても良い?”」
「“あ、うん。と言っても、何があったのかは私にも良く分からないの”」
西園寺さんの話によると。
家にいて、気が付いたら森の中だったらしい。そして、正体不明の力強い気配を感じ、それから三日三晩逃げ続けた所で街道を発見したのだが、そこで力尽きたらしい。
訳の分からない状況に置かれ、それでも懸命に生きようとしたのだろうが……。
(さすが西園寺さんと言うべきか)
この世界に来た当時のオレが同じ状況に置かれたらあっさり死んでいるだろう。
(オレなんて、チートが無ければ転生後数時間で魔狼に喰われて終わってたし……)
しかし、元の世界の基準では最高と言える能力を持つ西園寺さんなのだが、それでもこの世界で生き延びるのは厳しいようだ。
(やっぱりチートは必須だよね)
ゲームならともかく実際に異世界に行くのなら、チートが卑怯だなんて言ってられない。
なんて思っていると。
「“アキラくんの方は?”」
と西園寺さんが聞いて来たので、神?に会い、《創造》というチートを貰って転生したのだと隠さず話す。
「“チート貰ったんだね。羨ましい。……でも、良かった。生きていてくれて”」
どうやら、ここが異世界であるという事を信じてくれたらしい。
世界のありように関してもオレと同じで、そんなこともあるだろう、という程度の考えのようだが。
(お、おう)
あまり親しくはなかったが、オレの生存(?)を喜び涙ぐむ同級生の美少女に思わず動揺する。
いかんいかんと気持ちを切り替え。
「“次は、オレが死んだ後の話を聞きたいんだけど”」
実家のその後を聞こうとしたのだが。
「“ごめんなさい。その、アキラくんのお葬式に出た日の夜にこちらに来たから……”」
という答えが返って来た。
(……ん? どういう事だ?)
日にちが合わないだろう、と思ったのだが、思い当たる事がある。
(さっき西園寺さんにも話したけど、上の存在にとってはゲームみたいなもの……)
オレを送り込んだ結果を早く見るために、この世界の時間を加速した。そんなところではないだろうか。
(元々時間の流れる速さが違うという可能性もあるけどね)
そんなことを考えていると。
「あの、……アキラさん」
アリスが何となく寂しそうな様子で話しかけてきた。
「ん? どうした?」
「その、何を話されているか分からないのですが」
他の三人もアリスの後ろでうんうんと頷いている。
(そういえば日本語で話してたんだっけ)
久しぶりに使えたのが嬉しくて、ウチの娘たちのことを考えていなかった。
「あ~……、ごめんなさい」
「貸し一つですよ」
素直に謝ると、素敵な笑顔で許してくれた。
「“西園寺さん、この指輪を着けてくれる?”」
そう言って、今は使わなくなった翻訳の指輪を渡す。
「“えと、指輪?”」
「“うん。いわゆる翻訳の指輪ってヤツだよ”」
「“あ、あ~。なるほど”」
指輪に何か思うところがあるのか迷うような様子だったが、納得してくれたらしい。いそいそと右手の薬指に指輪をはめる。
それを確認し。
「遅くなったけど……」
と、ウチの娘たちを一人ずつ紹介すると。
「美人さんばっかり……」
またもやボソボソっと何事か呟き。
「あの……、もしかして」
恐る恐る聞いてくる。
オレが知る異世界ものの物語ではありがちだが、日本人女性的には問題ありなのだろうと思う。
しかし。
「うん。全員オレの嫁」
何でもないことのようにハーレム宣言。ウチの娘たちの手前、それを恥ずかしがる訳にもいかないのだ。
それを聞いた西園寺さんは。
「そ、そう。……そうよね」
と言った後、何事か考え込んでしまったが、深刻な様子は無さそうに見える。
(怪我も無いし、心に傷を負った感じも無い。大丈夫そうだね)
時間の流れ的にも、オレの葬式の日の内に送り返せるのではないだろうか。
そう思い。
「じゃあ、元の世界に送るよ」
何となくだが、これは創れるだろうと思っていた異世界転移装置。それを創ろうとすると。
「いいえ、それはいいわ。だって、私もこの世界に残るって決めたから」
「……はい?」
西園寺さんがとんでもない事を言い出した。




