29、変遷
「では、出発!」
決戦の翌々日。馬車で城塞都市ハルエヌを出発し、街道を南へ。直後に出発するのは怪しい気がしたので、一日おいてみたのだ。
決戦後、当たり前だが大騒ぎになった。ただでさえ魔物の大襲来という異常事態が起こったというのに、たった一人の魔法使いが都市を灰塵と化せるほどの魔法をごく短時間で発動し、魔物を殲滅してのけたのだ。騒ぎにならないはずがない。
「冒険者ギルドも、すごい騒ぎでした」
と、少し申し訳なさそうにアリスも言っている。
次の目的地は、ウルーク王国の首都である王都ウルークス。ということで、出発前に荷物輸送の依頼を受けてきたのだが、その際の冒険者ギルドはまさにてんやわんやという状況。
(魔法使いの情報がまったく集まらないって、ギルドの職員さんが嘆いていたっけ)
アリスも、その職員さんの顔を思い出したのだろう。
「でも、上手くいきましたね♪」
そう言うフェリは、とても楽しそうだ。
人的被害はゼロ。そして、オレたちと魔法使いとの関係を疑われた様子もゼロ。
(ミッションコンプリートって感じだよね♪)
リリィ的に、そういう悪巧みがツボだったらしく、昨日からずっとハイテンションだ。
「アキラさん、約束は忘れないで下さいね」
続いて、カーラが確認を取ってくる。
決戦後のイケメンとの戦いは、あっさりばれた。三人の探知範囲外ではあったのだが、従者の自爆した音が聞こえたことで、何かがあったことを知られたのだ。
(……まぁ、そうだよね。あの時なぜ隠せると思ったのか、今思うと理解出来ない)
結果、王都ウルークスで個別にデートすることになった。と言っても、これはオレも楽しみにしている。
「……ご主人様。お話があります」
ワイワイとのんびり小麦畑の中を進み、もうすぐ昼というところでリリィが口を開く。
「うん?」
「……私も戦わせて下さい」
「理由を聞いても良い?」
「……置いて行かれたくないのです」
どうやら最近悩んでいたのは、そのことだったようだ。
森の中で大量のオークを倒した日、リリィは宿に残して行ったのだが。その時、そのまま帰って来ないのではないかと思い、それがとても怖かったらしい。
そして、オレたちが帰って来た時に、オレの匂いで安心することに気付いたそうだ。
(……オレの作戦勝ち?)
出会った初日からオレの匂いを嗅がせ続けたことで、盗賊から解放された良い生活とオレの匂いが結びつけられたのだろう。それを、置いて行かれた時に強く実感することになったと思われる。
「……それに、ご主人様と共に戦うことは、多くの人の助けになると思うのです」
「……いや、それはどうだろう?」
オレ自身は、好き勝手やっているだけで、人助けをしているつもりはない。
そう言ったオレに。
「……ご主人様はそれでいいのです。私を助けていただいた時のように、ご主人様の思うままに行動して下さい。それが人々の助けになると、私がそう思っているだけです」
と返したリリィは、蕾が綻ぶように微かに笑みを浮かべているように見える。
「お、おう」
どうやら、オレという人間に関して誤解があるようだが……。
(まぁ、良いか)
そう思ってくれているのなら好都合だろう。
「じゃあ、奴隷から解放しよう」
「……いえ。それには及びません。どうか、このままでお願いします」
リリィが言うには、今はそんなつもりはないのだが、発作的に死を望んでしまうかもしれない。それが怖いのだとか。
「そっか。……それなら、これだけでも」
そう言って、リリィの左手薬指に指輪をはめながらステータスを創り、学習能力向上を付ける。
リリィ
レベル:1
体力:50 魔力:10 筋力:22 敏捷:25 器用:18 知性:20 精神:14 幸運:5
スキル:家事(5)、魔法(3)
アビリティ:学習能力上昇
この世界の獣人は、オレが知る異世界ものの物語の定番通り、身体能力に優れている。しかし、魔法を使えないということはなく、大きな魔法が使えるような魔力を有していないだけ。魔法(3)というのは、生活魔法が使える程度だ。
「……ありがとうございます。これで私も、皆さんの本当の仲間になれたのですね」
そう言ったリリィは、左手を愛しそうに胸に抱いている。一人だけ揃いの指輪をしていないことで、余計に疎外感があったのかもしれない。
ーーーーーー
「本当にその格好で良いの?」
その日の夜、訓練場で魔力操作を覚えてもらい、使う武器を選んでもらったのだが。魔力操作は三十分ほどで使えるようになり、武器は小剣の二刀流になった。
「……はい。これが新しい私なのです」
リリィの姿は、メイドさんのまま。しかし、要所要所は革の防具で守られている。
両手利きのメイド戦士リリィが繰り出す双剣は、きっと立ち塞がる敵の脅威となるだろう。
ーーーーーー
「おぉ~、綺麗な都市だね」
城塞都市ハルエヌを出発して七日目の昼。森を抜けた草原の先に王都ウルークスが見えた。
王都ウルークスは、海に面して延々と連なる崖の上にある。崖の端に真っ白な城があり、その城を中心に半円状になだらかに下りながら都市が広がっている。その街並みは、オレンジ色の瓦に白い壁という感じで、オレのイメージする中世ヨーロッパの城下町そのままだ。
「それにしても、あの場所は……」
街道は崖と並行して南北へ延びているため、都市を横から見ることが出来るのだが……。横から見ると、海に突き出た場所に城が建っているのが分かる。
それを見て思わず、侵食とか風化とか大丈夫なのかね。なんて呟いたら。
「魔法で保護されているそうですよ」
と、アリスが教えてくれた。
王家秘蔵の魔法というものが存在するらしい。
(う~ん、……継続的な崖面の保護って、魔法と言うより魔道具の分野の気がするんだけど)
魔法では出来る気がしない。効果の規模を考えると、城自体が一個の魔道具のようになっているのかもしれない。
(王都でなら魔道具について学べるかな?)
ーーーーーー
「なんだこれ……」
夕方、王都には何の問題もなく入れたのだが……。
「プリンですね」
「プリンがいっぱいです♪」
「プリンばっかり」
「……プリン」
「プリンあります」という看板を掲げた食事処や屋台などがそこかしこにある。どうやら、王都にプリンブームが巻き起こっているらしい。
馬車を止め街行く人に話を聞くと、二週間くらい前から急速に広まったそうだ。
「いや~、あんなに美味い物、食ったことないよ。にいちゃんたちもぜひ食べると良い」
と、嬉しそうに言っていた。
「タジムさん、大丈夫でしょうか?」
アリスが心配そうに言ってくる。
プリンの作り方は、交易都市オルテスの喫茶店店主タジムさんに、経営改善の助けになるように教えたのだが。この状態を考えると、作り方を公開していると思われる。
(お礼は、他者に親切にしてくれれば良い。なんて格好つけたことを言ってしまったせいかな?)
これでは、タジムさんの店の優位性が失われてしまっているのではないだろうか。
「……失敗、したかな?」
調子に乗り過ぎたか、と反省していると。
「プリンを求める人は多いので大丈夫なのでは?」
と言うフェリに続いて。
「作り方が広まるまでに、お客さんを掴んでいれば大丈夫ですよ」
と、カーラが言う。
案外、大丈夫なのかも。と思っていると。
「……タジムさんというのが、オルテスで喫茶店を経営されている方なら問題ないかと」
リリィが請け合ってくれた。
話を聞くと、どうやらタジムさんは結構なやり手だったらしい。
「……あの喫茶店が復活したのですね。さすがご主人様です」
一安心だが。……リリィの誤解が深まった気がする。
その後、冒険者ギルドで荷物を下ろして依頼を完了。宿へと向かう。
今日の夕食は、やや黄色い感じの柔らかいパンに魔獣肉の煮込み。肉は、鎧熊という魔獣らしい。王都だけあって、香辛料なども惜しみなく使われているらしく、とても美味しかった。そして、デザートにプリンが出て来る。
「美味しい、……けど」
火が入り過ぎたのか、やや固い気がする。
「アキラさんが作ったのが一番です♪」
「これをプリンとは認められません」
「ウチのを食べたことがないなら、こんなものでしょう」
「……いずれ洗練されていくのでは?」
ウチの子たちの評価も「いまいち」ということで一致した。
そんな感じでワイワイやっていると、宿の主人から面白い話も聞けた。
プリンが流行ったことで、「冷蔵櫃」という魔道具が生まれ、これも流行っているらしい。プリンが流行っているのを見た時以上に、オレの行動がこの世界に与えた影響を感じた。
(まぁ、これが神(?)の望む影響かは分からないけどね)
しかし、新しい調理法が浸透し始め、新たな魔道具も広がりつつある。これらに影響を受けた人が、さらに新しいものを生み出す可能性があるだろう。
世界が動き出した。そんな気がする。




