26、城塞都市ハルエヌ
「お~、……すごい景色だね!」
「「うわ~♪」」
「……」
ナルチ村を出発してから十日目。
曲がりくねった坂道を下り、森を抜けたオレたちの目の前には、川沿いに地平線まで延びる街道があり、それを中心に、見渡す限りに黄金色の小麦畑が広がっていた。
「……って、小麦?」
朝晩は寒いくらいになっているので、季節は冬間近という感じ。小麦の収穫は夏頃だったような記憶があるのだが……。
「……この地域の特性です」
リリィが教えてくれたところでは。
城塞都市ハルエヌの北に広がる魔の森。そこから漏れ出る魔力の影響で、作物の成長が促されるらしい。それによって小麦の二期作が可能になっているとか。さらに、連作しても問題無く、常に豊作なのだが、雑草もすごい勢いで育つため、良いことばかりではないらしい。
また、理由は分からないが、漏れ出る魔力は人体にはまったく影響がないようだ。
(魔物と植物には影響があるのに、人には影響がないなんて……。何か理由があるんだろうけど、オレが考えて分かることではないよね)
などと思いながら、情報のお礼に御者席でオレの右に座るリリィの頭を撫でる。
現在、ぎゅうぎゅう詰めで御者席に三人座っている。オレの左にフェリ、アリスとカーラは後ろで立ち上がって前三人の肩に手を置き、身を乗り出して小麦畑に見入っている。
「……」
頭を撫でられたリリィは無言・無表情。しかし、尻尾は軽くパタパタと揺れている。
リリィが来てから五日目。
すでにヤる事はヤッた。他の三人も一緒だったおかげか、その際の感じは悪くないと思う。
他にも、横暴ではないオレの態度や、他の三人がオレに寄せる想いに触れたからだろう。人の理性は身勝手な理由により生き長らえさせているオレを許せないが、犬の本能はオレのことを群れのボスであると認めている。おそらくはそんな感じで、しぶしぶとだが、オレの疑問に対して答えを返してくれるくらいにはなっている。
(早めに理性の方も折れてくれると嬉しいんだけど)
生きたいと思うようになれば良いのだからと、肉中心の食事にしたり、事ある毎に褒めたりと、絶賛甘やかし中だ。……まぁ、飼い犬への対応みたいになっているような気はしないでもない。
「……ここから先は安全です」
「魔の森から魔物は来ないの?」
「……ハルエヌに着けば分かります」
そう答えたリリィは、少し得意そうに見える。何があるのか楽しみにしておこう。
ーーーーーー
「「おぉ~!」」
ナルチ村を出発してから十二日目。
街道を少し外れ、小高い峠から見下ろす先には、三重の城壁に守られた広大な都市が見える。その奥には、左右に遠く霞む崖を結ぶ長大な防壁。さらに奥にある森は、地平線の彼方まで広がっていて、手前にある都市を小さく感じるほどだ。
「話には聞いていましたが、すごい森ですね♪」
「素晴らしい森。でも、手前の壁もすごい。あれが人の作ったものだなんて……」
「確かに大きな壁ね。でも、今使える魔法の破壊力なら……」
「……」
なんだか物騒な言葉も聞こえた気がするが……。
東西の岸壁までの距離は10キロ。森が狭まるこの場所に壁を築く事で、溢れる魔物を抑えているのだ。と、少し誇らしげなリリィに教えてもらう。
そうこうしていると、かなり都市へ近付いてきた。そこで一旦馬車を止めると、みんなに魔法をかける。
「……『認識修正』」
これは、ウチの美少女たちがそこら辺にいる一般人に見えるように、人の認識を修正するものだ。効果時間は半日ほど。
昨夜話し合った結果、粗野な冒険者が集まる都市では奴隷ではないというだけでは余計なトラブルは防げないかもしれない、ということでこうなった。もちろん、オレたち自身には全く変わらず見えるようしてある。
そして、何の問題もなく正門をくぐり街中へ。
「少し早いけど、宿屋に入ろうか」
「「はい♪」」
「……」
宿屋は例によって、門番さんに聞いた食事が美味しい所にした。
早速、宿の食堂で夕食にする。
今日のメニューは、魔獣の肉のステーキ。
(……魔獣の肉。これって食べて大丈夫なの?)
と思ったのだが、他のみんなは全く気にした様子はない。
どうやら常識らしい。
「……おぉ、美味しい」
味は間違いなく豚。いわゆるポークソテーだろうか。何の肉か聞いてみると、ツノ猪という魔獣らしい。
(トンカツが食える!!)
新たに捕獲し、養殖するべき対象をみつけた。
ーーーーーー
「ふぉ~……。すごいね」
城塞都市ハルエヌに到着した翌日。朝から第三城壁内を散策して来た。
建物は、ほとんどが木造。魔の森の木は桁外れの速度で成長するため、木材に困ることはないらしい。
内側から第一、第二、第三と数える城壁に囲まれた街並みは、同じく内側から貴族街、商工業街、平民街となっている。と言っても、冒険者ギルドがあるのは平民街だし、宿屋や商店などの商業施設がないわけではない。そもそも、平民街と呼ばれているが、その住人の大半は冒険者だったりする。
そして現在、オレたちがいるのは第二城壁内の工房併設の武具屋。
「へ~。色々ありますね」
「「……」」
今日は都市の外に出る予定はないので、武装はしていない。ということで、四人でそれぞれデザインは異なるが、元の世界のファッション誌の情報を得て作ったふんわりしたワンピースにカーディガンという出で立ち。ものすごく可愛いのだが、『認識修正』の魔法のせいでこの世界の人たちの反応が見れないのが残念だ。
そして、場違いな格好で見に来た武具屋は、さすが魔の森がある場所ということか。魔物素材の武具が豊富にある。
オレは見慣れない材質の武具に目を輝かせ、カーラは感心したように見回しているのだが……。リリィは仕方ないとして、アリスとフェリも興味なさげな様子。
そこで話を聞くと。
「「アキラさんが創ってくれた物がありますから」」
だそうだ。
使い慣れた物でもあり、それ以上の物があるとも思えない。ということだった。おそらく、《世界の理による最適化》のチート能力によって最高品質の物になってもいるのだろう。
一人で納得していると、カーラがオレに詰め寄り。
「わたしは、創って、もらって、ません、けど?」
と、力を込めて言ってきた。
(そういえば、カーラは自前の杖を持ってたから創ってないな……)
二人が使っている槍と弓は比較的ありふれたデザインのため、(カーラ的に)普段おかしな物ばかり創っているオレの作品だとは思わなかったらしい。
ちなみに、この世界の魔法使いが持っている杖は、威力の向上と魔力消費の軽減。さらに、集中力の増加によって、妨害による魔法の失敗を減らす役割も持っている。なかなか多機能だと思う。
とはいえ、今持っているのに、あえて創る必要は感じなかった。という説明をすると。
「それとこれとは別の話です!」
オレが創った物を持っていたいのだ、と力説されてしまった。
仕方ないので。
「今日の夜にでも創るから……」
という約束をして、オレのみぞおち辺りに頭をぐりぐりと押し付けるカーラをなだめる。
「……フフッ」
顔を上げると、じゃれ合うオレとカーラをニコニコ顔で見ているアリスとフェリ。そして、その隣には相変わらず無表情なリリィ。
(リリィが笑ったような気がしたんだけど……)
残念ながら気のせいだったようだ。
早く笑顔を見たいものだ。
ーーーーーー
「魔法使いの杖~」
宿の食堂で夕食にツノ兎のシチューを食べた後、シェルター内の訓練場に来ている。最近は日課になっている戦闘訓練を行うためだ。
創ったのは、カーラの身長を少し超えるくらいの長さの杖。その見た目は先端に水晶のような透明な珠が付いた、削り出した木材のシンプルなものだ。
鑑定してみると、素材は世界樹の枝になっている……。さらに、素材のおかげか、かなり高性能なようだ。
(半分冗談で素材を指定してみたんだが、世界樹あるんだな。いや、それより……)
鑑定のアビリティで知ることが出来るのは、この世界の住人の知識である。つまり、鑑定結果として知ることが出来たということは、世界樹の存在を知る人がどこかにいるということだ。
実に興味深い。
「ありがとうございます♪ ……やっぱり見た目はシンプルなんですね」
目立たないように、というオレの臆病さが可笑しかったのか、カーラがクスクス笑う。
(……ククク、笑っていられるのも今のうちだ)
杖は不壊を付与して創ってあるので、どれほど乱暴に扱っても壊れる心配はない。ということで、この機会にカーラにも少し接近戦の訓練をしてもらおうと思っている。
杖術の知識を指輪から得たオレと二人で練習することによって、効率的にスキルが上がるのではないかと期待している。が、ステータスのシステムでかなり能力値が上がった今でも、カーラは運動に苦手意識を持っているので、カーラにとっては厳しいものになるだろう。
(何があるか分からないし。最低限、接近された時に身を守るくらいは出来ないとね)
身を守ると言えば、防具にも不壊を付けたい気はするが……。今着けているような防具は、全身をくまなく覆う訳ではない。とりあえずは、防御フィールドがあるので後回しで良いだろう。
(この時の判断を、オレは後に悔やむ事になる。……なんてね)
そんな事にならないよう、気をつけなければ。




