20、交易都市オルテス・その三
「大したことありませんね」
タジムさんにプリンを教えた翌日。午前中に市内を散策した後、闘技場に来てみた。
この世界の闘技場で戦うのは、奴隷闘士と魔物だ。内容は、闘士対闘士、闘士対魔物、魔物対魔物。それぞれ、一対一、一対多、多対多と様々だ。
そこで闘技場一の闘士の戦いを観戦したのだが、それを見た後のアリスの感想がこれだった。
(まぁ確かに、もう少しやれても良さそうな気はするかな)
二束三文で買われてくる使い捨ての奴隷闘士たちは、まずは多対多で戦う。そこで生き残り、頭角を現した者が一対一に。さらに生き残った者は、一対多の戦いもやらされる。という感じらしい。
最初は素人同士。後の対戦相手として用意される魔物も、しょせんは捕らえることが出来る程度のもの。とはいえ、負けは死に直結しかねないうえに、勝てば勝つほど相手の数が増えるなどして、勝ち続けることは難しくなる。
「「ウォォーーーー!!」」
「「ワァァーーーー!!」」
そんな中、闘技場の中心で剣を掲げ、大きな歓声に恍惚とした表情を見せるこの闘士は、勝ち続けたことで奴隷身分から解放されている。
そんな闘士が、なぜ解放後も闘技場に立っているのか。それは、絶大な人気を誇るためだ。闘技場側が客寄せとして、莫大な賃金を払い戦わせているらしい。
闘技場側が呼んで戦わせていると言っても、用意する対戦相手に手加減はないようだ。にも関わらず、いまだに勝ち続けているのだから、闘士としては隔絶した強さを持っていると言えよう。
だがしかし、そんな闘士も、アリスから見れば大したことはないらしい。
(当然と言えば当然か)
オレが創ったステータスというシステム。それによるレベルアップという強化で、オレたちは確実に強くなっている。
オレ自身、探知によって感じる闘士の気配は強いと思う。しかし、それはオレに遠く及ばないとも、また思うのだ。
「あまり気分の良いものではありませんね」
「わたしも好きではありません」
フェリとカーラは、闘技場というもの自体が好みではないようだ。
「他の所に行こうか……」
「「はい……」」
三人を促して立ち上がる。
(オレも気を付けないとな……)
今までも、いたぶって殺したことはないつもりだ。しかし、自分が強くなったことを楽しまなかったかというと、そんなことはないだろう。
(あの闘士の、自分の強さに酔ったような顔……)
とても気持ち悪く感じた。自分もあんな顔をしていたかもしれないと思うと、テンションだだ下がりだ。
思わず出そうになるため息を押し殺しながら、闘技場を出ようとしていると。
「おいおい。良いの連れてるな。お嬢さんたち、そんな冴えないのよりオレと一緒に行こうぜ」
例の闘士が、両脇に派手な服の女性を侍らせて現れた。どうやらウチの娘たちに話しかけたようだが。
「「……」」
ウチの娘たちは無視することにしたようだ。
(アホの戯言は、聞くに値しないってことかな?)
三人の表情からそう感じ、落ち込んだ気持ちが少し上を向く。
「悪いね。ウチの娘たちはオレが良いってさ」
そう言って立ち去ろうとするのだが。
「ははっ、強がるなよ。今ここにいて、オレを知らないってことはないだろう? 痛い目にあいたくなかったら、その三人を置いていけ」
視線に殺気を込めて威圧してくる。しかし、やっていることは分かるのだが、全く怖いとは思わなかった。
まさに井の中の蛙なのだろう。自分より強い相手がいるとは、考えてもいないらしい。
(まぁ、元の世界にいる頃だったら、間違いなく腰を抜かしてんだろうけど)
そんなことを考えてしまい、ついつい笑みを浮かべてしまう。
そして笑顔のまま、徐々に込める殺気を強くしながらアホ闘士を威圧し返す。きちんとアホ闘士だけに範囲は絞ってある。
「く!?」
すると、さほど殺気を込めないうちに顔色が悪くなり膝が震えだす。
「チッ。興醒めだ、行くぞ」
両脇の女性に怖気づいたのを気付かれる前に引くことにしたようだが、声が震えていたので怪訝な顔をされていた。
「オレたちも行こうか」
「「はい♪」」
歩き出すオレに、三人が寄り添ってくれる。
闘技場を出る前にオレが落ち込んでいたのを感じ取っていたのかもしれない。
「ありがとうね」
と言うと。
「ご主人様の見た目がパッとしないのは否定出来ませんけどね」
アリスが悪戯っぽく言って、フェリとカーラもクスクス笑っている。
(アホ闘士の言うことに耳を貸さなかったことですよね? オレが落ち込んでいたなんて知りませんよ。ってことかな?)
お心遣い痛み入ります。
ーーーーーー
「今日の夕食はオレが作るよ」
闘技場を出た後、そう言って宿へと戻った。
(今夜はカレーだ!!)
明日には交易都市オルテスを出発する。つまり、この先、米や香辛料は手に入り難くなるはずだ。そのため、カレーを作るのは食料製造区画で米や野菜、香辛料や調味料などが生産されて、十分な在庫が出来てからにするつもりだったのだが……。
作る知識があり、材料もあるのだ、我慢などできるはずもなかった。
それでも二日は我慢したけどね!
「はい、分かりました。あの、……手伝わせていただけますか?」
そう言うアリスも、他の二人も、こちらにキラキラした眼差しを向ける。
「うん、良いよ」
プリン、アイスクリームという前例から、かなり期待されているようだ。
オレが好きなのは、野菜ゴロゴロでドロドロしたルーのチキンカレー。
そして、作っている最中に、ふと気付く。
(何だ? 何となく、調理中の最適な動きが分かる気がする?)
知識の指輪で得たカレーの作り方。それが、いちいち確認しなくても分かるのだ。
そういえば、と最近確認していなかったステータスを見る。
アキラ
レベル:25
体力:150/160 魔力:∞ 筋力:60 敏捷:65 器用:59 知性:55 精神:53 幸運:100
スキル:柔術(1)、剣術(25)、魔法(20)、性技(25)、格闘(5)、探知(15)、隠密(10)、弓術(12)、調理(8)(new!)
アビリティ:アイテムボックス、学習能力上昇、魔力操作、妊娠操作、鑑定(new!)
ギフト:創造、無限の魔力
アリス
レベル:17
体力:114/120 魔力:100/100 筋力:42 敏捷:44 器用:47 知性:40 精神:39 幸運:40
スキル:家事(10)、槍術(20)、剣術(2)、魔法(13)、性技(15)、探知(13)、隠密(8)、弓術(2)、調理(6)(new!)
アビリティ:学習能力上昇、魔力操作
フェリ
レベル:10
体力:108/110 魔力:110/110 筋力:34 敏捷:43 器用:42 知性:40 精神:38 幸運:25
スキル:弓術(20)、剣術(4)、魔法(13)、探知(12)、性技(12)、隠密(7)
アビリティ:学習能力上昇、魔力操作
カーラ
レベル:10
体力:80/90 魔力:150/150 筋力:25 敏捷:30 器用:28 知性:50 精神:45 幸運:20
スキル:魔法(20)、家事(5)、性技(12)、探知(6)、隠密(5)
アビリティ:学習能力上昇、魔力操作
調理スキルを得ていた。今までご飯を作っていたアリスや、一人暮らしをしていたカーラの状況を見るに、簡単な調理は家事スキルになるようだ。
また、カレーの作り方が分かった時に感じたのだが。スキルによる補正に、オレの知識と経験が密接に関係しているような気がしてならない。
そんな検証をしている間に、カレーが完成した。
(嗚呼、……この香り)
まだこの世界に来て一ヶ月くらいだが、なんと懐かしい香りなのだろう。
逆に言えば、これさえあれば異世界生活も大丈夫ということではないだろうか。いや、そうに違いない!!
「出来たよ〜」
そう言って豪快にご飯にぶっかける。今回はサフランライスなどではないただの白米だ。
「良い匂いですね」
「本当に、良い匂いです」
「ん〜♪」
三人とも待ちきれないという感じで、スプーンを構えてこちらを見ている。……どうやら、そういう決まりになっているようだ。
オレが最初に一口食べると、三人もスプーンですくって口に入れる。
「うん、やっぱりこれだよね!」
と、三人を見ると、今回は止まることなく食べている。……例によって、飢えた獣のような勢いではあるが。
「こんな、……こんな美味しいものがあるなんて」
「カレーは正義、ということなのですね」
「……」
どうやら気に入ってくれたようだ。……フェリは何を言っているか分からないし、カーラは完全に皿に顔を埋めているが。
その後、お代わりするオレを見て三人が驚愕の表情を見せたり。お代わりの許可を出すと大盛りにしてみたり。なんてことを経て、結局三杯ずつ食べ、明日の分は無くなってしまった。
……二日目のカレーが美味しいんだよ?
ーーーーーー
「「またカレー作って下さいね」」
というウチの娘たちの声に応えて。翌日は朝から市場に行き、カレーの材料を改めて買い足した。それから、冒険者ギルドでゴブリンの討伐報酬を貰い、交易都市オルテスを発つ。
ちなみに、換金したのは五十匹分だけ。ゴブリンロードの耳も、アイテムボックスに入ったままだ。
ゴブリンロードは大集団と共にいるため、討伐の難易度が高めに設定されているらしく、討伐依頼はBランクになるとか。
(Bランク魔物の討伐確認部位をDランクが持ってくる……。そんな目立ちそうなことを出来るわけがないよね)
三人のカレーへの賛辞を聞きながら、南門を問題なく通過。まだ朝と言って良い時間だが、入市待ちの列が結構な長さになっている。その列を横目に徒歩で進んで行くと、列が途切れた辺りで後ろから不愉快な声がする。
「おい、お前ら」
「……」
全員で暗黙のうちに無視して進んでいたら、アホ闘士が前に回り込んできた。
「おい! お前らだよ!!」
「……」
さらに暗黙のうちに見えないふりをして、スッと躱して歩いて行くが、また回り込んでくる。
「くっ、……頼む、話を聞いてくれ」
このままでは、いつまでも付いて来そうなので、仕方なく歩みを止める。
「何か用か?」
「ふぅ、……一度手合わせ願いたい」
いったいどういうつもりなのだろう。アホ闘士の顔を見るが、どうやら真剣に言っているようだ。
「……分かった。場所は?」
「あの岩の向こうで良いか?」
探知によって、待ち伏せしているような気配もないことが確認できる。人目につかないのは、こちらも都合が良い。
「分かった」
そう言って都市の外れにある岩の向こうへ。
「ルールは寸止めで」
向かい合ったアホ闘士が両刃の直剣を抜きながら言ってきた。
片手剣と盾のオーソドックスなタイプのようだ。
(これは、全力で相手をするべきなんだろうけど……)
剣を抜きながらそう考えたが、……『身体能力強化』は無しで行こう。
開始の合図はないが、お互いに剣を構える。
直後に、アホ闘士が間合いを詰め剣を振り下ろす。
(けっこう早いかな?)
しかし、こちらに受けさせるのが狙いだと思われる大振りの攻撃を、受けると見せかけて前に出てすれ違う。
するとアホ闘士は、こちらが受けなかったことで態勢を崩した。その背中に剣を突きつける。
「……なっ!?」
どうやら、こちらを見失っているらしい。
「……くっ。もう一度、もう一度頼む」
ようやく振り返り状況を理解すると、そう言ってきた。
再び向かい合い剣を構える。
……今度は、こちらの動きを待つようだ。
(ならば……)
ゆっくり間合いを詰め、剣を持つ右手首に殺気を飛ばす。剣と視線が動いたところで一気に加速し、盾で隠れる左側から視界の外へ。再び背中に剣を突きつける。
「……なっ!? もう一度、もう一度頼む」
ーーーーーー
「……ハァ……ハァ。……まさか、一度も、……勝てない、とはね」
結局、昼過ぎまで付き合うことになり、アホ闘士は息を切らして倒れている。
「クソッ!! ……オレは弱いな。闘技場の中で強くなったつもりだったが、……世界は広い」
どうやら、呼び方からアホは取らないといけないようだ。
「迷惑をかけたな。それと、ありがとう。おかげで目が覚めた」
闘士は、そう言って去って行った。
「さぁ、行こうか」
地を駆ける鳥型の騎獣、ランバーを二羽召喚して出発する。今日一緒に乗るのはアリスで、オレの前に乗るのがお気に入りのようだ。
(次に会う時は、敵としては会いたくないかな)
闘士が去って行った方を振り返り思う。
次は負けそうだとか、そういうのではない。少し、あの闘士に好意を持った、それだけのことだ。




