18、交易都市オルテス
「かなり並んでますね」
交易都市オルテスに到着したのは、盗賊から金貨十五枚ゲットした翌日の昼過ぎ。チルテ村から徒歩十二日のところを、急がずのんびりで半分の六日しかかからなかった。
やはり乗り物が有ると無いとでは大きく違う。
「うん、街に入るのは時間がかかりそうだ」
オレの背後で立ち上がって前方を見ているフェリに答えながら、南門に入ろうとする行列を眺める。
オレたちが通って来た寂れた街道は、西回りの賑わう街道とオルテスの南で合流する。
「セルエムやチルテとは大違いですねー」
昼過ぎという時間帯のためか、入市待ちの行列はかなりの長さだ。
作物を背負った農民や、荷馬車に乗った商人に冒険者などなど、雑多な人々が並ぶ行列の最後尾につくと、ランバーから降りて召喚魔法を解除する。
すると、少しざわめきが起きた。
(ん? なんだ?)
と思うが、列に並ぶ人々がチラチラとこちらを見るくらいで、それ以上何かが起こる様子はない。
(何も変わったところは無いはずなんだが……)
乗り物を召喚するのは珍しくないという話だし、行列の中に本物のランバーもいれば、見たこともない四足歩行の草食恐竜っぽいのが荷車を引いていたりもする。
(うん、オレたちが目を引く要素はない)
三人に目線で確認するが、分からないようだ。三人揃って首を傾げている。
「何か?」
前の人がこちらを見たタイミングで聞いてみるが。
「な、何でもありませんよ。はは、失礼しました」
と、慌てて前を向き、それでもチラチラとこちらを見る。
気にくわないが、実力行使して理由を聞くほどでもない。
(なんだかなー)
仕方ないので大人しく並んでいると、かなり進んだ頃、多くの人が並ぶ列の横を護衛をつけた豪華な馬車が門へと向かう。おそらく、貴族などは待たずに通れるようになっているのだろう。
(こういう時は、貴族もうらやましいな)
何となく目で追っていると、門の前で止まった馬車に、列に並んでいた商人らしき人間が話しかける。しかも、こちらをチラチラ見ながらだ。
嫌な予感と共に見ていると、引き返してきた馬車がオレたちの横で止まり。
「グフフ。おい、お前、そいつらを売れ。金貨三枚で十分だろう。グフフ」
開いた馬車の窓から耳障りな甲高い声がする。声の主を確認すると、脂肪で醜く垂れ下がったガマガエルのような顔がこちらを見ている。
(……はぁ、忘れてた。ウチの娘たちって超美少女だったっけ。最初のざわめきも、それが原因か。今後は面倒を避けるためにも、何か考えておいた方が良さそうだ)
どうやら召喚魔法を解除した時に出た光で、少し視線を集めたのが始まりのようだ。そんな考察をしながら、こっそり詠唱して魔法を発動する。
「……あ?」
ガマガエルの濁った目が、虚ろになり光を失う。
『傀儡』の魔法が成功したのだ。
「申し訳ありませんが、お売り出来ません」
「……あ、あぁ、……そうか。戻るぞ、……馬車を出せ」
護衛も御者も、あっさり諦めた主人に違和感を感じたようだが、命令を実行しないという選択肢はないのか何も言うことなく戻って行った。
「「?」」
三人が何か聞きたそうに、揃って首を傾げてこちらを見て来るが。
「後でね」
と小声で答えておく。
(盗賊も嫌いだけど、クズな権力者も嫌いなんだよね)
こちらを人として見ない相手を、人として扱ってやる必要は無い。
その後は何の問題もなく門をくぐると街へ入り、すぐに宿を決めて夕食をとった。思ったより長い時間、列に並んでいたらしい。
そして、いつも通りシェルターに下りると、ウチの娘たちに説明をする。
「……『傀儡』、ですか?」
聞いたこともありません、とカーラ。
これは、この世界にはなかった魔法で、オレにしか使えないと思う。と言うのも、完全に自我を破壊し、こちらの制御下におくのだが。まず、脳を壊さず自我を破壊するのに大量の魔力が必要だ。さらに、操るには魔力を伸ばして繋ぎ続けておかなければならないため燃費が悪過ぎるし、他人を遠隔操作し続けるのも難易度が高いだろう。
「では、さきほどの貴族は……」
おずおずと尋ねるカーラに。
「うん、もう人に迷惑をかけることはないよ」
遠隔操作していた貴族でやっておくべき事はすべてやり終え、もう『傀儡』の魔法は解除している。
「……はぁ、そうですね、有害でしかなさそうでしたし」
カーラも納得したようだ。アリスとフェリの方を伺うと。
「ご主人様の――」
「主様の――」
「「非常識さには慣れています」」
だそうだ。……信頼されているということだよね?
ーーーーーー
「はぁ~。活気があるね」
オルテスに到着した翌日。中央に馬車や荷車が通る道がある大通りは、人と喧騒に溢れている。が、その喧騒の中には、殺気立った兵士が慌ただしく行き来する姿が多く見られる。
「なんだか兵士の方が多いような気がします」
「本当ですね。何かあったのでしょうか?」
「皆さん忙しそうに走ってますね」
三人が首を傾げるが。
「まぁ、オレたちには関係ないよ」
と、思わずニヤニヤと緩みそうになる頬を引き締めながら言っておく。
昨夜、ある貴族のガマ息子が、親の不正の証となる証文を領主に提出して自害したのだ。その結果、関係のあった貴族や商人などの悪事が芋づる式に暴かれ、今朝の騒動となっているようだ。
ちょっとした出会いが、大規模なゴミ掃除に発展したが……。
(そう、観光に来たオレたちには、まったく関係ない話だ)
交易都市オルテス。
ウルーク王国の北の端に位置する都市で、陸路で王国に入ってくる品物と出て行く品物の全てが、この都市を通ると言われている。
大通りに面した場所は、レンガ造りの綺麗な建物が多く目に付く。しかし、一本裏の通りに入ると、雑然とした建物と、迷路のように入り組んだ小道になっているらしい。
そして、物が集まれば人も集まり、そんな人々を目当てに様々な娯楽が催されている。その娯楽の中には、この都市の目玉の一つと言われる闘技場もあるが、今日の目的地はそこではない。
「じゃあ、都市の中央市場に行ってみようか」
「「はい♪」」
交易都市という名の通り、市場には様々な物があるようだ。
その中でも最初に女性陣の目を引いたのは、やはりと言うべきか服や装飾品だった。
「これ可愛いですね」
「こちらも可愛いですよ」
「はわ〜」
服を手に取っては、色がデザインがと楽しそうだ。が、買うつもりで選んでいる様子はない。
(……そういえば、服ってあんまり持ってないな)
これは、我ながら迂闊としか言いようがないが、服は買わないご主人様だと認識されているのかもしれない。
「それぞれ二着くらいずつ買って良いよ」
「「よろしいのですか!?」」
「うん、もちろん」
オレの言葉はかなり意外だったらしい。三人の表情はまさに驚愕という感じだった。
(なんか、……ごめんなさい)
さっきまでより熱心に選ぶ三人の様子を見ながら、思わず土下座しそうになった。
結果、アリスは膝下丈のワンピースを二着、フェリはシャツとショートパンツとミニワンピース、カーラはシャツを二着にパンツとスカートにしたようだ。
(服に関しても、ちょっと考えよう)
とても嬉しそうに買った服を抱き締める三人をみて、そう心に決めるのだった……。
(お、これは?)
さらに市場を回り、オレが気になったのは調味料と香辛料なのだが。
(う〜ん、……何がどんな味で、何に使えるんだ?)
美味しいものを食べるために、何とかしたいのだが。
(そういえば、アリスにスイーツのレシピも聞かれてたっけ)
すっかり忘れていた。
それに関して少し懸念があったのだ。……しかし、悩んでも答えが出るものではない。
そこまで考えてから、ふと、まだ持っていない定番スキルも思い出す。
(取り敢えず、試してみるか)
案ずるより産むが易し。ということで、立て続けに、こっそり《創造》する。
(まずはこれ……)
オレが知る異世界ものの物語で定番と言っても良いであろう「鑑定」を創る。ただし、そのレベルによって得られる情報が制限されるのは不便なので、技術としてではなく能力として創った。
(で次は、……形は指輪、……翻訳の指輪をしていた左手の中指に)
さほど魔力を消費した感じもなく、どちらも成功する。
(指輪も創れた。けど、機能は?)
鑑定の方は問題無し。調味料や香辛料の情報を見ることが出来る。これで、今後の料理もはかどることだろう。
(問題は指輪の方なんだけど)
ドキドキしながら試してみるが、……どうやら問題ないらしい。
創ったのは、知識の指輪。
元の世界の知識を知ることが出来るもので、感覚としてはパソコンで検索するような感じだ。
(これが創れるということは、この世界と元の世界は繋がりがあるということ……)
しかしそれは、神(?)の言っていた事を、世界の在り様を考えればさほど不思議でもないと思う。問題は、元の世界の情報を、こちらでオレが取得出来るということだ。
(情報のやり取りに、制限がないってことだよね)
神(?)たちにとってゲームのようなものである世界。生き物もまた、情報で表すことが出来るのではないかと思う。
つまり、以前も《創造》で世界間を移動する手段を創れるかもしれないと思ったが、それがより確実になったと言えよう。
(……元の世界で、オレは確かに死んだ)
それを受け入れ、この世界で生きることを決めた。とはいえ、家族や友人知人がどうしているか気にならない訳ではない。元の世界の知識に触れれば、その気持ちがより強くなるのは間違いないだろう。
「ご主人様?」
「主様?」
「アキラ様?」
三人が心配そうに覗き込んでいる。どうやら険しい顔をしていたらしい。
「ごめんごめん。なんでもないよ」
そして気づく。
(そうだ、もうオレは、この世界に守るべきものを持っているんだった……)
というか、そもそもの認識を間違っていた。
(この世界を見て回った後に、元の世界を観光しに行くのも良いかな)
その途中、こっそり故郷の様子を覗き、そして、この世界に帰って来れば良いのだ。
(なんだ、悩むような事じゃなかったのか)
難しく考え込んでしまった自分がバカらしい。
その後、テンションが上がったオレは、調味料、香辛料、食材を大量に買い込んでしまった。
米があったのは、嬉しい発見だった。




