16、登る
「お任せ下さい」
チルテ村を出発して二日目。
獣道のような険しい山道を登る途中、すぐ側の鬱蒼とした茂みから、狼たちが飛び出して来た。
探知によって狼が居るのは分かっていたのだが、こちらとの実力差を感じて手を出して来ないことを期待したのだ。
しかし、空気を読めずに蛮勇を発揮した狼たちは、カーラの魔法とフェリの放った矢によって、あっという間に駆逐されてしまった。
(……うわ~、容赦無いな~)
そんなことを思いながら、オレの前に乗って身体を預けてくるカーラの頭を、よく出来ましたとばかりに撫でる。
何だか保護欲をそそる小動物系とはいえ、カーラは同い年の女の子だ。頭を撫でるという行動はいかがなものかと思うのだが。ウチの娘たちはみんな、こうされるのが好きらしい。
「主様、私もやりましたよ」
そう言ったフェリが、隣を進むアリスが操るランバーからオレの後ろにひらりと飛び移ってくる。
「うん、ありがとう。お疲れさま」
後ろに立って肩越しに覗いてくるフェリの頭を撫でる。
最近、フェリはこういうお転婆な姿を見せるようになった。おそらく、こちらの方が地なのだろう。
(仇を討てたことで吹っ切れたのかな?)
ニコニコ顔のフェリの頭を撫でながら、そんなことを思っていると。
「む~……」
アリスが何かに集中している。
どうやら探知範囲を広げて獲物を探しているらしい。
「アリス~、正気に戻って~」
フェリを帰しながら呼びかけると、アリスもそれはやり過ぎだと気付いたようだが、やや不満気な顔を見せる。
(頭撫でられるのが、そんなに良いものかね)
とは思うが、後でこっそりアリスの頭も撫でておこう。
ーーーーーー
「……到着〜」
峠からは道を逸れて、見晴らしの良い山頂へ登った。
山越えをするにあたり、景色だけでなく、日没と日の出も楽しむつもりなのだ。
「おぉ~、絶景だね~」
やはり空気が澄んでいるのか、遠くまで霞まず見渡せる。
眼下に広がる、オレがこの世界へ降り立った場所でもある草原の広大さに、改めて驚きを覚えた。
「綺麗な景色ですね……」
「えぇ……、本当に……」
「はわ~……」
アリスも、フェリも、カーラも、この景色に感動しているようだ。
そもそもこの世界の住人は、余程の金持ちでもなければ観光など出来ないだろう。世界を渡る商人や冒険者は、魔物などへの警戒をする必要があるため景色を楽しむ余裕があるとは思えない。
それを考えると、どれほどの人がこの景色を見ただろう。
(最高の贅沢だよね)
そんなことを思いながら、山頂の草原に寝転ぶ。
時間はまだ昼過ぎ。これから寒くなる季節と聞いていたのだが、かなり標高が高いはずの山頂でも、まだ風は涼しいくらいだ。
「風が気持ち良いですね♪」
アリスがオレの左隣りに寝転びながら言ってくる。
フェリは右隣りに寝転び、今日オレの前に乗って来たカーラは遠慮したのか、フェリの隣に寝転んでいる。
他愛もない話をしていると、いつの間にか日は傾き、空が赤く染まっていた。
何となく会話が途切れ、沈み行く太陽を見ていると。
「あの太陽はどこへ行くのですか?」
なんてアリスが聞いてくる。
そんなの決まってる。と思ったが、ふと考える。
(そう言えば、この世界はどうなってるんだろう?)
ここは異世界なのだ。平らな大地の周りを太陽が回る、そんな天動説の世界でもおかしくない。
(……一度、成層圏あたりまで行ってみるべきか?)
ついつい、そんなことを考えてしまった。
季節があるようなので、元の世界と同じような惑星である可能性が高いとは思うのだが。
「う〜ん、……ちょっと分からないな」
「……ご主人様でも知らない事があるんですね」
「あはは、知らない事の方が多いよ」
アリスはオレを何だと思っているのやら。
そこでまた会話が途切れ、心地よい沈黙の中、日が沈みきった。
それからシェルター内で夕食をとり、再び外に出ると、周囲を半球状に覆う『防御障壁』を無詠唱で発動し、マントに包まり寝転がる。
今回は、頭を寄せ合い十字に広がって夜空を見上げる形。そして、見上げる空には雲一つなく、驚くほど高い密度で星が輝いている。
(夜空、この世界に来て初めて見た気がする)
のんびりやっているつもりだったのだが、思っていたほど余裕が無かったのだろう。
この世界の星座を教えて貰っているうちに、いつの間にか眠りに落ちた。
イチャイチャはしなかったが、こんな夜も悪くない……。
ーーーーーー
「じゃあ、ちょっと行ってきます」
翌朝、美しい日の出を観賞した後。改めて、この世界がどうなっているのか知りたくなった。
三人にこの場で待っているように言うと、詠唱して魔法を発動。
エレベーターで下へ降りる時のフワッとした感じと共に、足が地面を離れる。
(アーイキャーンフラーーーーイ!!)
少しテンションがおかしかったかもしれないが、『飛行』の魔法だ。
と言っても、この世界でよく使われる、風を利用して飛ぶものではなく、重力を用いたオリジナル魔法だ。
何が言いたいかというと、つまり、今オレは上に向かって落ちていることになる。
(この魔法の欠点は、小回りがきかないことかな? まぁ、とりあえずは飛ぶ感覚をつかむためだし)
重力ではなく、風によって吹き飛ばされる先を制御するのでもなく、オレが望む形で空を飛ぶために必要な力、それが何と言う力なのか分からないため、魔法語で表現出来ない。
(「気」という魔法語じゃあ飛べなかったしね)
ということで、無詠唱で飛ぶ魔法を発動するのに必要なイメージを固めるために、とりあえず重力を使ってみたのだ。
ちなみに、重力という魔法語は知られていない。なので、今回の呪文の中では、「すべてのものが持つ引き合う力」という感じになっている。
(おかげで、飛行制御も含めると、呪文はけっこうな長さになってしまった……)
そんなことを思いながら、上空での空気を確保するために、半径2メートルの球形の『防御障壁』を、自分を包むように無詠唱で作る。
下を見ると、すでに三人の表情が分からないくらい小さくなっている。
(『防御障壁』で包んでいるから気圧の変化はないはず)
ということで、頭上の重力を調節してスピードを上げる。
見上げる空の青さがみるみる濃ゆくなる。
青から群青、群青から紺色、そして黒へ。
(このくらいかな?)
そこでまた重力を調節して、その場にとどまる。
下を見ると、やはりこの世界も惑星のようだ。表面が湾曲しているのが分かる。
見回して見ると、北から東は雲で隠れているようだが、西から南にかけて遠くに海が見える。
(海があんなに遠いということは、あまり広い範囲は見えてないのかな?)
さらに高度を上げることも考えたのだが、止めておいた。
(世界を巡る旅は、まだ始まったばかり。みんなと見て回ればいいだけだよね)
成層圏からの景色を十分に堪能した後、頭上の重力を解除。自由落下する中、今度は無詠唱で『飛翔』の魔法を発動する。
そして下へ加速し、三人のいる場所に向かって飛ぶ。
(どうやら、上手くいったようだ)
飛行ではなく飛翔。
今度は重力を用いたものではない。その力の説明は出来ないが、思いのままに飛ぶことが出来る、まさに飛翔と言えるものだ。
説明出来ない力も、イメージ出来れば使うことが出来る。それが無詠唱の利点の一つだろう。
十分に高度を落としたところで、周囲を覆う『防御障壁』を解除し、風を感じながら飛ぶ。
(まさか、こんなことが出来るようになるとはね)
小さい頃の夢の一つが叶ったことに、思わず顔がほころぶ。
ーーーーーー
「ただいまー」
元の場所に戻ると、三人が抱きついてきた。
「ご主人様。良かった……」
「あっという間に見えなくなるから……」
「心配したんですよ」
かなり心配したらしい。
「ごめんごめん。じゃあ、みんなも行ってみようか」
「「え゛……」」
相当意外な提案だったのだろう。三人の口から揃って変な音が出た。
が、問答無用で三人にも『飛翔』をかけると、しっかり三人を抱えて飛び立つ。
「「きゃあああぁ〜〜〜〜……」」
悲鳴を無視して高度を上げると、今度は半径10メートルくらいの『防御障壁』で包む。
「ほらほら、みんなにも飛べる魔法をかけてあるから飛んでみて」
と言ったのだが、ギュッと目を閉じオレにしがみついたまま、まったく聞く様子がない。
(きっと中途半端に高いから余計に怖いんだよね)
ということで、一気に成層圏へ。
「ほら、落ち着いて下を見てごらん。これが世界の姿だよ」
しばらくそのまま待っていると、周囲の静かな様子にようやく落ち着いてきたのか、恐る恐る目を開き下を見る。
「「ふわ〜……」」
超高高度からの景色に言葉を失っている。
今は身体を離しても問題ないようだ。無意識のうちに高度を保つ三人と輪になって浮かぶ。
「これが、……世界の姿」
「昨日、今日と、森にいたままでは決して見ることの出来ない景色ですね……」
「……大地が球形をしている?」
そこで、ざっと重力や自転、公転などの話をする。
「太陽が回っているのではなく、大地が回っているんですね。……でも、昨日はご存知ないと」
「昨日は確信を持っていなかったからね」
「千年を生きた村の長老からも、そんな話は聞いたこともありません」
「アキラ様は、本当に非常識です」
そして、緩やかに下り始めると、全員問題なくついてくる。
「みんな問題なく飛べるみたいだね。じゃあ、帰ろうか」
順調に高度を下げていくが、やはり中途半端に高い方が怖いらしい。地形が分かるくらいまで降りると表情が強張りだす。
「大丈夫だから。自由に飛んでごらん」
そう言って、周囲を覆う『防御障壁』を解除する。
ーーーーーー
「……うぅ〜」
「ふふふ、面白いですね」
「あはは〜」
その後、自由に飛びながら元の山頂へ帰ったのだが、アリスは最後まで慣れなかったようだ。フェリとカーラがくるくる飛び回る中、身を縮めて大人しい飛び方しかしなかった。
アリスにも苦手なことがあるらしい。




