101、ご案内
「oyatagatakikoyut、usamisahsnak、kero」
落ち着いた声音で何事かおっしゃる、緑色のカエルさん。今は周囲を警戒しに行ったらしい水牛に跨った茶色の二体、あちらは立ち上がればオレの肩くらいの背丈はありそうだと思ったのだが、今目の前に居るこちらはそれよりも小さく、オレの腹辺りの背丈。
これは皮膚の色の明らかな違いから、おそらく個体差などではなく、たとえば人とエルフのようにカエルの中でも種が異なり、そのために生じている差なのではないかと思う。
であれば、大きめな方は武装して騎乗する戦士、小さめな方は軽装で馬車を駆る商人と、そんな感じで向き不向きで分業しているのだろうか。
と、すっかり油断していたところに食らった言葉が通じないという事態から現実逃避していると。
〈アキラくん、ほらあれあれ、翻訳の指輪!〉
ヒカリから救いの手が。
〈そ、そうだった、それがあったっけ。ありがとう〉
異世界に来たその日に創り、オレとヒカリがこの世界の言葉を覚えるまで、その後は新たな魔法語を調べるためと、大変役に立ったそれ。オレが創ったアイテムの中でシェルターの次くらいには活用した物かもしれないが、最近はすっかりアイテムボックスの肥やしとなって忘れていた。
その翻訳の指輪を慌てて装備しつつ、同じ物を嫁たちの指にも新たに創る。
「えー、……お怪我はありませんか?」
現実逃避しているうちにいつの間にかカエルさんと見つめ合う感じになっていた(と言っても目の位置が違いすぎていまいち目が合っている気はしない)が、おそらく最初は礼を言われたのではないかと思うので、それとは食い違わなそうな質問をしてみた。
「おお! ともすれば通じぬやもと思うておりましたが、なんと流暢なケロッグ語。これもドラゴンの御技でしょうか。さすが本物は、自らをドラゴンの末などとのたまう愚かなトカゲどもとは違いますな。ケロ」
どうやら問題なく翻訳されている様子。北大陸でゴブリンの言葉は翻訳されなかったことから、少なくともカエルさんは魔物ではないようだ。
そして、表情が全く分からないので言葉からの推測になるが、おそらく驚いたらしいカエルさん。しかし、その後に続いた言葉には、気になる部分となにやら不穏な雰囲気が。
「ドラゴンの御技、ですか……」
おそらく魔法のことだろう。
これは、北大陸で魔法語とされていたものが竜の言葉だったことを考えると、別におかしな呼び方というわけでもない。しかし、その後に続いたセリフと合わせて考えると、ひょっとしたらカエルさんの知る限りでは魔法は失われているのかもしれない。と言っても、戦士系の二体は『身体能力強化』をしているようなので、それは呪文を詠唱して発動するタイプの魔法に関しての予想になるが。
と、そのあたりのことを聞いてみようとしたその時。
「ふー、やれやれ、ひどい目にあったのう。ガウ」
馬車の中にあったもう一つの気配が、後部から降りて姿を現した。
〈〈きゃーーーー!!〉〉
その姿を目にした嫁たちがそろって歓声を上げるが、それは念話のみで表面上は平静を保っているあたり、ずいぶん器用なことをするものだ。が、その器用さはともかく、思わず歓声を上げてしまう気持ちはとてもよく分かる。
なぜなら。
「何、起きた? もう大丈夫、か? ケロ」
翻訳の指輪をしているせいで違いが分からないが、急なカタコト具合からおそらく本来話すのがケロッグ語ではないらしく、つぶらな瞳でこてんと首をかしげてカエルさんに尋ねるその姿、それがなんとオレの腰あたりの背丈をした二足歩行のワンちゃんなのだから。しかも、その犬種はどこからどう見てもポメラニアン。
感知していたその気配から、それがカエルさんたちともトカゲたちとも別種であることは分かっていたのたが、まさかこんな可愛らしい姿をした存在だとは思いもしなかった。
そんなワンちゃんの登場で嫁たちの念話が賑わう中。
〈な、何コレ? 何コレ!? あ、アキラくん、コレ持って帰っちゃダメかな? ダメかな!?〉
とんでもないことを聞いてくるヒカリ。
しかし、相手のことをコレと言っているあたり、仲間内にしか言わないたぐいの冗談ではあるのだろう。……たぶん、少なくとも半分くらいは。
〈ダメだよ、ヒカリにも分かっているよね〉
冗談であるのは分かっているが、いちおう釘は刺しておく。
いつしかオレたちは、その感じる気配から相手が成熟しているかどうかが分かるようになってきた。それによると、このワンちゃんは老人とまでは言わないが、かなりの成熟具合。これは年齢が分かるわけではないので、年下という可能性もなくはない。しかしたとえそうであったとしても、同レベルの知性を持つであろう種族の大人を愛玩動物のように可愛がるのは、種族の違いはあってもおそらく失礼なことであるはずだ。
(ただまぁ、お持ち帰りしたいって気持ちはとても良く分かる)
可愛らしいだけでなくその瞳に確かな賢さも宿す、服を着た二足歩行のポメラニアン。その存在には、それだけの破壊力がある。
と、そんな感じで内輪で騒いでいると。
「ド、ドラゴンの御技。ケロ!?」
オレたちによってトカゲが殲滅されたという説明が済んだらしい。
「お、おぉ……、偽物のトカゲなどではなく、本物のドラゴンの末裔が居たというのか……。ガウ」
そのワンちゃんのつぶやきには、さらなる情報が。
まだ南大陸全体でどうなっているかは不明だが、どうもワンちゃんが認識する範囲ではドラゴンは姿を見せなくなっているようだ。
「強き方々、よろしければ話を聞かせてはいただけぬか。ガウ」
そのつぶらな瞳をこちらに固定し、感極まっているのかぷるぷる震えながら近づこうとするワンちゃん。
しかしそれは。
「先生すまない、そろそろ出発せねば日暮れ前に集落にたどり着けなくなる。ケロ」
肩をつかんだカエルさんに止められてしまった。
さらに。
「強き方々よ、もしよろしければ我々の集落への招待に応じてはくれまいか。ケロ」
ワンちゃんから視線を移し、ぺこりと腰を折るカエルさん。どうやら彼ら的にも、お辞儀は敬意を表す動作のようだ。
〈もちろん行くよね? アキラくん!〉
やや食い気味に届いたヒカリの念話。
他の嫁たちに視線を向けると頷きが返ってくる。まぁ、せっかく出会った友好的な南大陸人なのだから、これは確認するまでもなかったかもしれない。
ということで。
「ええ、いいですよ。喜んでお招きにあずかります」
トカゲとヘビの死骸は出来れば埋めておきたかったとのことなので、これを手早く魔法で地中に沈めたり。オレたちの移動手段はという話になった際、地を駆ける鳥型騎獣を召喚魔法で作ったり。と、その度に目をキラキラさせたワンちゃんに詰め寄られそうになり、それをカエルさんがなんとかなだめる、そんなことを繰り返してドタバタしながら出発。
ほぼ無言のまま(オレたちの方は念話であれこれ想像を膨らませたりしていたが)少し急ぎ気味に街道を進むと、やがて丸太を隙間なく縦に並べた壁が見えてきた。
「うむ、どうやら間に合ったか。ケロ」
御者席のカエルさんが、ほっとしたらしい声をもらす。
「日が落ちると何か問題が?」
どうやら余裕が出来らしいので、速度を落とした馬車にアリスと乗る騎獣を寄せる。
しかし。
「はい。この辺りは夜になるとウサギどもの狩場となるのですよ。ケロ」
その答えはとても意外なものであった。
「……ウサギ、ですか?」
「そうなのですよ。奴らときたら、同じような耳をしたラビ族とは似ても似つかぬ獰猛な肉食獣でしてな。まあ、集落はその狩場の端にあって、そのおかげでトカゲどもが集落に手出しし難くなっているという面もあるのですが。ケロ」
「な、なるほど」
指輪によってウサギと翻訳されてはいるが、どうもオレが知るウサギとはかなり違うもののような気がする。
〈ねえねえ、ウサギ耳したラビ族って、やっぱり教授系のウサちゃんがいるってことよね?〉
双子を前後に乗せたヒカリからの念話。
教授というのは、先ほどのワンちゃんのこと。まだ詳しくは聞いていないが、どうやらあのワンちゃんは学者先生らしい。知りたいと思ったことに一直線で周りが見えなくなるあたり、いかにもという感じだった。
それはともかく。
〈ちょっとあやしい気もするけど、たぶんそういうことだよね〉
話を聞いた感じではそうとしか思えないが、実物を見るまで油断はしないようにしておこう。
〈そうよね? そうよね!? じゃあワンちゃんウサちゃんときたら、ネコちゃんとかリスちゃんとかも居るかもしれないのよね!〉
〈なんてこと。その可能性に気づくなんて、さすがヒカリね〉
〈いいわね。きっとすごく愛らしいに違いないわ〉
最初の発言はヒカリだが、その後はもう誰が誰やら。オレを置いてけぼりにして想像を膨らませ始める嫁たち。
ちょっと寂しい思いをしたが、そうこうしているうちに集落はもう目の前である。
(さてさて、どんな所なのかな)
これまでに見たことのない種族の集落なのだ、そこはこれまでに見たことのない景色に違いない。




