六.故郷を背に
その夜、別れの宴が盛大に行われた。例祭からこちら、一族の主要な者は館に泊まりこんで作業していたので、急な話にも関わらず参加者は多めである。
サクのもとには、様々な人がやってきた。巫女姫である伯母はサクに巫女としての心構えや責務について長々と説いたし、次期・巫女姫の姉は、聡明そうな瞳を潤ませながらも気丈に「頑張りなさいね」と微笑んだ。若い男衆はサクの旅立ちを祝して、と剣舞を披露した。
「姫さんー、ババは心配なんじゃ。本当はワシがついていけたらよかったんじゃけど、いかんせん年がのう。ああ、本当に心配じゃ。心配なんじゃあ」
「ババ様、分かったから、な? 」
ババはサクの傍を離れず、セミのように延々と「心配じゃー」を繰り返していた。そのうち泣きつかれたのか、サクにくっついたまま寝てしまう。弱ったサクが部屋の角に目をやると、タイチが一人酒を煽っているのが見えた。
(そや、タイチにババ様を引き取ってもらお)
そう思いついたサクはババをそっと横たえると、タイチに近づき声をかけた。
「タイチ、ちょっと頼みがあるんやけど」
「頼み? ……なんだよ?」
「あのな、ババ様を部屋まで連れてってほしいねん。ええやろ?」
「……それだけ?」
「? うん、せやけど……?」
タイチはゴクリと喉を鳴らして酒を飲み干し、サクを睨み付けた。その眼光の鋭さにサクは一瞬怯む。
「ああそうだよな、オマエってそういう奴だよな」
「え、なんなん、なに怒っとるん」
「は? オマエ、ホントにそれ以外何もないの?」
「なんなん、ないよ、あかんの!? 言いたいことあるんならはっきり言えばええやん!」
酒のせいだろうか。サクはカッとなり、タイチに詰め寄って肩を掴もうとした。その手を払いのけてタイチは立ち上がる。
「言ってもわかんねえだろ! 明日にはここ捨てて出ていくくせに!」
「捨てて!? 捨ててやと!? アンタに何が分かるねん! ウチの覚悟も知らんくせに分かったようなこというなや!」
「捨てることに変わりないだろ! 故郷を、一族を、全部捨てて出ていこうとしてるだろ! そんなにオレたちは軽い存在なのかよ、そこまでして顔も知らないような男と結婚したいのかよ!」
「結婚のことは今は関係ないやろ! ウチは自分にできることをやりたいだけやねん!」
「オマエみたいな女に何ができるっていうんだよ!」
「うるさい! ウチが何しようとアンタには関係ないやろ!」
「なっ……関係なくねぇよ!」
「関係ない!」
いつのまにか、周りの注目は二人に集中していた。睨みあう二人の間に、一瞬静寂が落ちる。その静寂を破ったのは、若い男の声だった。
「はい、二人ともそこまで」
サクがはっとして見上げると、めずらしく顔をひきつらせたカオルが立っていた。長身のカオルはサクとタイチよりも頭一つ高い。そのカオルがタイチの腕を掴み、強い力でサクから引き離した。
「タイチ、飲みすぎだよ。サクも言い過ぎ。明日は早いんだし、もう寝なさい」
無理やり連れていかれたタイチを見送った後も、サクの怒りは収まらなかった。男勝りだった彼女は、幼い頃からなにかとタイチと張り合ってきた。二人の間に喧嘩はしょっちゅう起きたが、どうしてこんな時にまで……
「サク様、部屋にもどりましょう?」
ユキが泣きそうな目で訴えかけてきて、ようやくサクも少し平常心を取り戻す。周りを見渡すと、みんなが気まずそうに目を逸らした。サクもようやく宴の空気を台無しにしてしまったことに気づいたが、もう遅い。結局、サクはユキに支えられるようにして宴を後にした。
――――――
「それでは、行ってまいります」
明くる日は、旅立ちの日にふさわしい快晴だった。天は高く青く澄みわたり、山々は赤や黄色に衣替えしはじめている。館の前の広場には、トヨサト中の人々が集まっていた。サクはふと両横の二人を見る。ちょうど、巫女たちによる道中安全の祈願が終わるところだった。
左手に立つのは、世話役を任されたユキだ。背に籠を背負い、落ち着かない様子で辺りを見渡している。一方右側で優しげな笑みを浮かべているのは、お目付役のカオル。荷駄をくくり付けた馬の手綱をとり、腰には剣を佩いている。
そしてサクは、細身の裳の上に上衣を羽織り、肩から三角文様のたすきをかけていた。吹く風に、うなじの遅れ毛がそよぐ。足元にはウリがまとわりついていた。
「遠い国に旅立つ、この者らにバク様のご加護がありますよう」
巫女姫の後に続いて、その場の全員が祝詞を口ずさみ、頭を垂れる。すると応えるようにざあっと風が吹き、枯葉を空に巻き上げた。
サクは手順通りに別れの言葉を述べながら、さりげなくババの隣を見やる。いつもならタイチの定位置であるはずのそこには、薄らハゲの男がいた。
(来えへんのか。そりゃそうかもしれへんけど……これが最後やっていうのに)
一瞬曇った瞳の色に気づいた者はいない。サクは口角を引き上げて笑顔を作る。最後に一言、「あなた方にもバク様のご加護がありますよう」と返し、一族の皆に背を向けて北へ続く道を進み出した。
サクに続いて、ユキとカオルも歩き出す。錦のような枯葉の雨の向こうに消えていく3人の姿を、人々はいつまでも見送っていた。
――――――
四半時ほど歩いた頃か。ミミナシヤマのふもとでサクは突如足を止めた。池のほとりに立つ大木の陰に、若い男が立っている。
「オレも連れていってくれ」
衣袴の上に、金属製の胸当をつけている。腰には鈍く光る太刀、手には短弓。一端の武将の格好で、タイチがそこに立っていた。
「タイチ!」
サクの驚いた声で、二人もタイチの姿に気づく。驚愕と困惑の視線を受け止めながら、彼はゆっくりとサクの前まで進み出てきた。
「オレも連れていけ。安心しろよ、足手まといにはならないから」
「アンタ……なんで」
「長の了解ももらったし、旅の準備も終わってる」
「違う! なんで? ウチに愛想つかしたんじゃなかったん?」
信じられないと目を見開くサクに、タイチは強い口調で言い返した。
「違う。怒ったのは、オマエが……オレに、何も言わなかったから。でももうそれはいい。いいから、オレを連れていけよ」
タイチの少しつり上がった目に射抜かれて、サクは身じろぎした。その両目には静かに決意が燃えている。タイチは今まで見たこともないような、大人の表情をしていた。
困ったサクは助けを求めて後ろを振り返る。思ったとおりユキはぽかんとしているだけだ。一方のカオルは、何もかもわかっているという顔で微笑んでいた。
「いいんじゃないんですか、サク様。男の一大決心を、無下にするのは酷ですよ」
(カオル兄、このこと知ってたん……?)
なんとなくそう感じたサクだが、聞いてもうまくはぐらかされるような気がした。サクは再度タイチへ向き直る。
「……アンタがなんで付いてきてくれる気になったんかは分からへんけど、二度と帰れんかもしれないんやで? それでも、ウチと一緒に行くっていうん?」
「ああ。ここでオマエを見送ったら、オレは一生後悔する。だから付いていく」
迷いのない返事に、サクはようやく、タイチの本気を確信する。だとすれば、言うことは一つしかなかった。
「分かった。ウチと一緒に来てや。アンタがおると、心強いわ」
一呼吸の後、サクの目には顔を染めて笑うタイチの姿が映っていた。
――かくして四人と一匹は、まだ見ぬ土地へ、新たな一歩を踏み出したのだった。
―――第一章 青垣の里 完―――
本編はひとまずここで終わりです。このあともう2話ほど一章の補足的な話が続きます。
次章はある程度書き溜めてから投稿する予定です。
第二章のタイトルは「黒檀の湖」となります。舞台はトヨサトからオウミへ。




