第3話:氷の令嬢と、引き裂かれた剣舞
『ラスト・カーテンコールは四ツ足で』
〜転生先は異世界、俺の正体は愛玩犬。伝説のトップアイドル、泥底の令嬢を世界の歌姫にプロデュースします〜
「その犬……ただの畜生ではないな? 今のステップの軸の取り方、そして……完璧な拍子の刻み方。あれは、並の舞踏家でも不可能な領域だ」
埃の舞う旧校舎の屋根裏部屋。
銀髪をきっちりと束ねた少女――エレノア・フォン・ヴァルハイトの氷のように冷たい青い瞳が、俺の身体を射抜いていた。
(……チッ、鋭すぎるだろ、この女)
俺は身体の毛を逆立て、ヒマリアを一歩かばう位置で低く唸り声をあげた。
前世でも、本物の技術を持つプロほど、同業者のミリ単位の癖や体幹の鋭さを見抜くものだった。名門・ヴァルハイト公爵家の剣術の才媛。伊達に日々稽古を重ねているわけではないらしい。
「エ、エレノア様……! レオちゃんは、ただの私の可愛いペットで……!」
ヒマリアがおずおずと手を広げ、エレノアと俺の間に割って入る。
エレノアは冷ややかな視線をヒマリアへ移すと、鼻で小さく嗤った。
「ペット、か。なるほど……己の不甲斐なさを犬のせいにしたいわけではなさそうだ。だがヒマリア、お前のその動き……手足の軌道は支離滅裂だが、重心の位置だけは妙に安定していた。誰に教わった?」
「それは……レオちゃんが……」
「馬鹿馬鹿しい」
エレノアは一蹴した。
「犬が舞踏を教えるなど、正気の沙汰ではない。……まあいい。ここは元々、私が一人で剣舞の自主鍛錬に使っていた場所だ。荒らされるのは不快だが、没落貴族の悪あがきに付き合う趣味はない。立ち去れ」
冷徹な告告。
エレノアは腰に差した木剣の柄に手をかけると、すり足で部屋の中央へと進み出た。
(……剣舞の鍛錬、ねぇ)
俺は前足を止めて、彼女の立ち姿をじっと観察した。
完璧な背筋。隙のない足の引き方。無駄のない重心移動。
なるほど、確かに剣の腕前は相当なものだろう。だが――
(……なんだ、そのガチガチの身体は?)
エレノアが木剣を振り下ろす。シュッ、と鋭い風切り音が屋根裏部屋に響く。
一見すると完璧なフォームだ。だが、俺の目は誤魔化せない。
肩に無駄な力が入っている。踏み込みの瞬間に息を止めているため、全体の連動性が失われ、身体の軸がカチコチに固まっているのだ。
それは「戦うための剣術」としては正しくとも、観客を魅了する「魅せるパフォーマンス(剣舞)」としては、落第点だった。
「……ッ!」
三度目の振りの後、エレノアはふと動きを止め、悔しそうに唇を噛み締めた。
右足首をわずかにかばうような仕草。
(あぁ、なるほどな……)
俺はハッと鼻を鳴らした。
彼女の不調の理由が分かった。古傷か、あるいは過度な稽古による疲労骨折寸前の悲鳴。それを隠そうとするあまり、身体全体に余計な力が入ってバランスを崩しているのだ。
「ワン!(下手くそ!)」
俺は短く力強く吠えると、エレノアの前に立ち塞がった。
「……なにか、犬」
エレノアの瞳に苛立ちの光が宿る。
「ワン!(肩の力を抜け! 剣に振り回されて身体が固まってんだよ!)」
言葉は通じない。だから俺は行動で示す。
俺はエレノアの足元で、くるりと一瞬で旋回してみせた。
軸足に重心を乗せ、逆の足と尻尾で絶妙にバランスを取りながら、一切の無駄な力を抜いた滑らかな回転。そして着地と同時に、前足でトン、と軽やかに床を叩く。
「……ッ!?」
エレノアの青い瞳が、驚愕で大きく見開かれた。
「回転の軸が……ブレていない……!? 腕の振りの力ではなく、体幹の捻りだけで……!?」
(気づいたか? 剣舞もダンスも同じだ。力を入れるんじゃない、抜くんだよ!)
俺はトコトコとヒマリアの元へ戻ると、彼女のズボンの裾を引っ張った。
「え、レオちゃん……? 私に踊れってこと……?」
「ワン!(そうだ! お前のへくそなダンスでも、肩の力さえ抜ければあいつよりしなやかだってことを教えてやれ!)」
ヒマリアはゴクリと唾を飲み込むと、覚悟を決めたように胸を張った。
昨日から俺に叩き込まれた腹式呼吸。息を大きく吐き出し、肩の力をストトンと抜く。
そして、俺が刻むステップの音――タッ、タッ、タッ――に合わせて、ヒマリアは右足を踏み出した。
力みのない、伸びやかなステップ。
ドレスを脱ぎ捨て、動きやすい服装となったヒマリアの身体は、まるで風に揺れる花のように軽やかだった。技術はまだまだ未熟で、粗削りだ。だが、そこには「表現する楽しさ」と「しなやかな柔軟性」が満ちあふれていた。
「……バカな……」
エレノアの手から、木剣がハラリと落ちた。
「なぜ……あんなに拙いステップなのに、軸が死んでいない……!? 私の剣舞よりも、ずっと……美しく見えるというのか……!?」
呆然と立ち尽くすエレノア。
その表情に浮かんでいたのは、プライドを傷つけられた怒りではない。
己の限界にぶつかり、傷つき、行き場を失っていた者特有の――深い渇望と絶望だった。
「エレノア様……?」
踊りを止めたヒマリアが、心配そうに彼女へ歩み寄る。
「私……エレノア様の剣舞、すごく格好いいと思います! でも、なんだかすごく辛そうに見えて……」
「余計なお世話だ……!」
エレノアは叩きつけるように言い放つと、落ちた木剣をひっつかみ、背を向けた。
「落ちこぼれの分際で、私に同情するなど……百前早い!」
鉄の扉が、ガチャンと高い音を立てて閉まる。
嵐のように去っていった少女の余韻だけが、埃っぽい屋根裏部屋に残された。
「行っちゃった……。私、余計なこと言っちゃったかな……」
落ち込むヒマリアの足元で、俺は満足げに「ふん」と鼻を鳴らした。
(クックック……上等じゃないか)
瞳の奥に燃えていたあの葛藤と熱量。
あいつはただの「固い騎士様」じゃない。己の美学と表現にどこまでも飢えている、至高のパフォーマーの原石だ。
うちのグループの「絶対的なダンスリーダー(クール担当)」に、これ以上の適任はいない。
(待ってろよ、エレノア。そのガチガチのプライドも古傷も、俺たちの熱で全部溶かしてやる)
(第3話・おわり)
次回(第4話)予告
「私を……あなたのダンスに混ぜてください」
エレノアの抱える「騎士の家系」という重圧と、足の怪我。
彼女の心を救うため、レオとヒマリアの「二人三脚の特別レッスン」が動き出す!
そして、不器用な二人の少女が初めて手を取り合う――!




