↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アイドルの俺が転生したら公爵家の愛玩犬でした〜言葉は通じないけど、スパルタ指導で落ちこぼれ令嬢を絶対センターに育て上げます〜  作者: 夜名


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
4/4

第4話:不器用な手と、解けた氷

「私を……あなたのダンスに混ぜてください」


放課後の旧校舎、埃が光に透ける屋根裏部屋。

鉄の扉を押し開けて入ってきたエレノア・フォン・ヴァルハイトは、まっすぐにヒマリアを見つめ、深々と頭を下げた。


その額にはうっすらと汗が浮かび、息が乱れている。放課後、人目を忍んで走ってきたのだろう。


「えっ……エ、エレノア様!? どうされたんですか!?」


ヒマリアが驚いて目を丸くする。

エレノアは唇を強く噛み締めると、悔しさと情けなさが混ざり合った青い瞳を持ち上げた。


「昨日、あなたのステップを見てから……自分の剣舞を踊ろうとしても、身体がいうことを聞かないの。ヴァルハイト家の剣は『苛烈にして完璧』でなければならない。なのに、私の身体は硬く、右足首は痛むばかりで……」


彼女は自分の右足首をぎゅっと握りしめた。


「父上からは『そんな軟弱な軸では騎士の任に耐えられん』と叱責され、学園でも『氷の令嬢』と影で笑われる……。でも、昨日のヒマリアの動きには……力みがなくて、しなやかで、何より……すごく楽しそうだった」


高貴な公爵家の令嬢が、没落貴族の少女に向かって本音を吐露する。それは彼女にとって、血を吐くような思いだったはずだ。


「教えてほしい。どうすれば、あんな風に柔らかく動き……怪我を庇わずに済むのかを!」


「エレノア様……」


ヒマリアは一瞬言葉を詰まらせたが、すぐに柔らかい笑顔を浮かべ、俺の方を振り返った。


「私じゃなくて、レオちゃんに聞いてみよう! ね、レオちゃん?」


(へっ……素直でよろしい)


俺はトコトコとエレノアの足元へ近づくと、彼女の右足首のあたりを鼻先でつついた。


「ふぁっ……!? な、なにをするの……っ」


身を竦めるエレノア。俺は彼女の足首の筋肉を前足でキュッ、キュッと押し揉むように刺激した。


(やっぱりな。右足を痛めているのを庇うあまり、左の太ももと腰の筋肉がカチコチに緊張してんだ。これじゃ全身の連動性が死んで当然だ)


「ワン!(おいヒマリア、ストレッチの補助だ! こいつの腰と太ももをほぐすぞ!)」


「うん! エレノア様、ちょっと座ってください! 私、レオちゃんに教わったマッサージとストレッチをやってみます!」


「えっ? あ、ちょっと……!」


戸惑うエレノアを床に座らせ、ヒマリアは丁寧に彼女の脚を伸ばし、可動域を広げるストレッチを施していった。

前世でも、過酷な練習で身体を壊しかけるメンバーはごまんといた。痛みを隠して力任せに踊れば、待っているのは壊滅だけだ。


「痛っ……! くっ……!」


「息を吐いてください、エレノア様! ふぅ〜って!」


「ふぅ……っ……」


ヒマリアの指示通りに深く息を吐き出すと、エレノアの身体からすっと余計な緊張が抜けていく。


(よし、筋肉がほぐれた。次はリズムと軸の取り直しだ)


俺は前足を床に打ち鳴らした。


タッ! タッ! タッ! タッ!


「ワン!(立ち上がれ! 手を繋げ!)」


俺は二人の間に入り、ヒマリアとエレノアの手を交互に前足でつっついた。


「手を……繋ぐの?」


「はい! エレノア様、私と一緒にステップを踏んでみましょう!」


ヒマリアが差し出した手。使い古された手袋の上からでも分かる、泥と汗に塗れて努力してきた『泥臭い手』だ。

エレノアはおずおずとその手を握り返した。


「ワン・ツー・スリー・フォー……!」


俺が刻むテンポに合わせて、ヒマリアがエレノアを引っ張るようにステップを踏み出す。

最初はぎこちなく、右足をかばってバランスを崩しそうになるエレノア。だが、ヒマリアがしっかりと手を受け止め、彼女の呼吸に合わせてリードする。


「力を抜いて……剣を振り下ろすんじゃなくて、風に乗るみたいに……!」


「風に……乗る……?」


ヒマリアの言葉に、エレノアの目がすっと澄み渡った。

彼女は目をつむり、ヒマリアの手の温もりと、俺が刻む正確なリズムだけに意識を集中させた。


右足を踏み出す。膝の力を抜き、重心をスムーズに左足へと移動させる。

その瞬間――エレノアの身体から「硬さ」が消えた。


まるで、凍りついていた氷輪が春の日差しで解けるように。

流れるような滑らかな旋回。銀色の髪がふわリと舞い上がり、二人の少女の手が描く軌道は、息をのむほど美しかった。


「できた……! 私、足が痛くない……! 回転が……ブレない……!」


目を開けたエレノアの顔に、今まで見せたことのない鮮烈な輝きが宿っていた。

冷徹な『氷の令嬢』の仮面が剥がれ落ち、そこにあったのは、純粋に表現できたことに歓喜する一人の少女の素顔だった。


「すごいです、エレノア様! すごく綺麗……!」


「ヒマリア……私……」


繋いだ手を見つめ、エレノアは胸を詰まらせた。

今まで一人で抱え込んできた圧重、誰にも言えなかった恐怖。それが、この小さく温かい手と、一匹の犬が刻むリズムによって解き放たれたのだ。


(くくっ……いい表情(かお)するじゃねぇか)


俺は胸を張り、二人に向かって高らかに吠えた。


「ワン!(これで一人目、合格だ!)」


「ふふ、レオちゃんも『合格』って言ってるよ!」


「えっ……本当にこの犬が言っているの……?」


驚くエレノアに、ヒマリアは眩しいほどの笑顔を向けた。


「エレノア様、私と一緒に……歌って踊りませんか? 貴族の舞踏じゃなくて、みんなが笑顔になれる、新しいステージを創りたいんです!」


まっすぐな勧誘。

エレノアは一瞬息をのんだが、やがて繋いだ手をキュッと握り返し、誇らしく微笑んだ。


「……良いでしょう。このヴァルハイトの名に懸けて、あなたの情熱に付き合います。……よろしくね、ヒマリア。それと……レオ先生」


エレノアが俺の前で膝をつき、目線を合わせて優しく微笑む。


(へっ、生意気な騎士様が、すっかり可愛くなっちゃって)


俺は前足を彼女の手にぽんと乗せ、ニヤリと鼻を鳴らした。


こうして、『ルチア・クローバー』の二人目のメンバー――絶対的ダンスリーダー・エレノアが加入したのだった。


(第4話・おわり)

次回(第5話)予告

「あ、あの……私なんかが歌ったら、雰囲気を壊しちゃいます……っ」

次に狙うは、天使の歌声を持ちながら極度のあがり症に悩む少女・ソフィア!

だが彼女の背後には、家柄を盾に嫌がらせを仕掛ける悪徳令嬢たちの影が……?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。