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アイドルの俺が転生したら公爵家の愛玩犬でした〜言葉は通じないけど、スパルタ指導で落ちこぼれ令嬢を絶対センターに育て上げます〜  作者: 夜名


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第2話:魔法のステップと、屋根裏部屋のレッスン


「れ、レオちゃん……? もしかして私に、踊って見せてくれてるの……?」


涙をぬぐい、呆然と床を見つめるヒマリアの瞳に、かすかな光が宿っていた。


俺はふんと鼻を鳴らすと、もう一度右前足で床を叩いた。


タッ、タッ、タッ、タッ。


「ワン!(そうだ! 歌う気があるなら、まずその泥だらけのドレスとべそかき顔をどうにかしろ!)」


「きゃっ!?」


俺はヒマリアの足元に飛びつくと、泥で汚れたドレスの裾をガブガブと甘噛みして引っ張った。そして部屋の隅に置かれた姿鏡の前まで走ると、くるりと振り返って「ワン!」と短く吠える。


「鏡の前に立て、ってこと……?」


おずおずと立ち上がり、姿鏡の前に立つヒマリア。

使い古された泥だらけのドレス、乱れた青い髪、泣きはらして真っ赤になった目。そこに映っているのは、お世辞にも『未来の歌姫』とは呼べない、打ちひしがれた少女の姿だった。


(まずは自分の姿を直視することだ。どんなに下手くそでも、泥まみれでも、今の自分から逃げない奴だけがステージに立てる)


「うう……ひどい格好。これじゃ『身分不相応な泥臭い歌』って笑われても仕方ないよね……」


自嘲気味に呟くヒマリアの横に、俺はトコトコと並んだ。

そして、前足をピンと伸ばし、背筋をピシッと伸ばしてみせる。


「わ……レオちゃん、背筋がすごく綺麗……」


「ワン!(姿勢だ! 猫背で歌えるか! 胸を張れ!)」


俺が吠えながら前足で彼女のつま先をペシペシと叩くと、ヒマリアは慌てて背筋を伸ばし、ぐっと胸を張った。それだけで、彼女の暗かった表情が一気に華やぐ。


(よし、いい筋だ。骨格も立ち姿も悪くない。問題は……身体に無駄な力が入りすぎていることと、リズムの概念が根本から抜けていることだ)


俺は部屋の中央へ戻ると、今度は「ゆっくりとしたステップ」を踏み始めた。

右足を踏み出し、左足を揃える。左足を踏み出し、右足を揃える。

犬の四本足でありながら、その動きには一切のブレがない。前世で数万時間のレッスンによって骨の髄まで叩き込んだ、ダンスの基本中の基本――『ボックスステップ』の動きだ。


「すご……! なにそれ、レオちゃん! まるで宮廷の舞踏家みたい……ううん、もっと軽やかで、見たこともないステップ……!」


ヒマリアの瞳が、驚きと感動で大きく見開かれる。


「ワン!(見とれてる暇があったら真似しろ! ワン・ツー・スリー・フォー!)」


「う、うん! ワン・ツー……きゃっ!?」


真似をして足を出した瞬間、ヒマリアは自分のドレスの裾を踏んづけて盛大に派手に転倒した。


「痛たた……やっぱりダメだよぉ。私、ドレスを着ると足元が見えなくて……」


(当たり前だろ! そんな重苦しい普段着のドレスで踊れるわけねぇだろ!)


俺は呆れてため息をつくと、部屋のドアへ向かって走り、カリカリと扉を引っ掻いた。


「レオ様? ヒマリア様? どうされましたか?」


タイミングよく扉を開けたのは、老執事のジルベールだった。手には温かいスープの載った盆を持っている。


「ワン!(おい爺さん! こいつに動きやすい服を用意しろ! あと、姿鏡が置ける広い場所だ!)」


「おや……レオ様が何やらおいしそうに……ではなく、熱心にお吠えになられておりますな」


「ジルベール! レオちゃんね、私にダンスを教えてくれようとしてるの!」


「……は?」


ジルベールが白髪の眉をひそめ、ポカンと口を開けた。


「何を仰いますかヒマリア様。レオ様は愛玩犬でございますよ? いくら高貴な血統とはいえ、ダンスなど――」


「本当なの! ほら、レオちゃん見せてあげて!」


俺は渋々、ジルベールの前で完璧なターンのステップを一周踏んでみせた。ついでに前足で「ワン・ツー」とリズムを刻む。


「……ッ!?」


ジルベールが手に持っていたスープの盆を落としそうになり、慌てて持ち直した。その老眼が、見開かれて落ちんばかりになっている。


「な、なんという……! 正確なリズム、無駄のない身体の軸……! ま、まさかレオ様は、神の御使い……あるいは伝説の舞踏家の生まれ変わりでいらっしゃるのか……!?」


(前者のほうが惜しいが、まあ似たようなもんだ。察しがいいじゃないか爺さん)


「ね!? だからねジルベール、私、練習したいの! どこか誰にも見られないで、思い切り踊れる場所はないかな……?」


ヒマリアが必死の眼差しでジルベールを見つめる。

老執事はしばらく絶句していたが、やがて深いため息をつき、静かに首を振った。


「……お屋敷にはもう、まともな部屋は残っておりません。ですが……ヒマリア様が通われる『王立サン・ルチア貴族学院』の旧校舎であれば」


「旧校舎……?」


「ええ。数十年前を使われなくなり、今は物置となっている『屋根裏部屋』がございます。あそこであれば、他の高貴な令嬢方の目にも触れず、思い切り身体を動かせましょう」


ヒマリアの顔が、ぱあっと明るくなった。


「ありがとう、ジルベール! 私、やってみる! レオちゃんと一緒に、もう一回がんばってみる!」


翌日。


俺はヒマリアの通学鞄――の横に付けられた特別製の籠の中にすっぽりと収まり、王立サン・ルチア貴族学院へと連れてこられていた。

(※アルスター男爵家が困窮しているため、精神安定用のペットとして特別に同伴が許可されているらしい)


学園の敷地は、まるでヨーロッパの古城のように広大で豪華だった。

行き交う生徒たちは、誰もが最高級の絹で仕立てられた制服を身にまとい、取り巻きを従えて優雅に歩いている。


「あら、見て。あの貧乏男爵家のヒマリアよ」

「今日もあんな汚れたリボンをつけて……おーほっほっほ!」


すれ違う令嬢たちが、扇子で口元を隠しながらくすくすと不快な笑い声をあげる。

ヒマリアはぎゅっと鞄の紐を握りしめ、下を向いて耐えていた。


(ちっ……どこにでもいるな、他人の足を引っ張ることしか能がない二流の雑魚どもが)


俺は籠の中から「ヴー……」と低く唸り声をあげ、意地の悪い令嬢たちを睨みつけた。


「ひっ!? なにあの犬、こっちを睨んでるわ!」

「気味が悪い、行きましょう!」


逃げていく令嬢たちの背中を見送りながら、俺はヒマリアの手に鼻先を擦り付けた。


「ふふ、ありがとうレオちゃん。平気だよ、慣れてるから」


強がるように微笑むヒマリア。だが、その手はかすかに震えていた。


(慣れていい理由なんてねぇんだよ。見返してやるぞ、ヒマリア。あいつらが二度と口を挟めないくらいの『圧倒的な本物』になってな)


放課後。

生徒たちが社交や舞踏の自主練習のために豪華な練習ホールへと向かう中、俺たちは学園の最奥にある不気味な旧校舎へと向かった。


キシキシと音を立てる急な階段を上り詰め、重い鉄の扉を開ける。


「うわぁ……埃っぽいけど、すごく広い!」


そこに広がっていたのは、傾斜のある天井と、使い古された木製の床が広がる『旧校舎の屋根裏部屋』だった。

埃をかぶった姿鏡や古い衣装箱が転がっているが、スペースとしては十分すぎる広さだ。


「よしっ! ジルベールにお願いして、お兄ちゃんの古い練習着を小さく縫い直してもらったの!」


ヒマリアは衣装箱の陰でササッと着替えると、じゃーんと胸を張った。

現れたのは、ひざ下丈のシンプルなブラウスとズボン姿。貴族の令嬢としては破天荒すぎる格好だが、ダンスのレッスン着としては100点満点だ。


「これなら裾も踏まないし、思い切り動けるよ! よろしくお願いします、レオ先生!」


ヒマリアがニコッと笑い、俺に向かって頭を下げる。


(よし、気合いは十分だな。……だが、俺のレッスンは甘くないぞ?)


俺は前足を床に打ち付けた。


タッ! タッ! タッ! タッ!


「ワン!(まずはストレッチだ! 柔軟性がねぇ身体で踊ったら怪我するぞ! ほら、前屈!)」


「えっ!? あ、足を開くの……? こ、こう……? ひゃあぁぁ!? 痛い痛い痛い!」


俺が後ろからお尻を前足で押すと、ヒマリアが情けない悲鳴をあげて床に突っ伏した。


発声の基本である腹式呼吸のトレーニング、軸をブレさせない体幹トレーニング、裏で正確なリズムを体にしみ込ませるステップ練習――。


一時間後。


「はぁ……はぁ……つ、疲れたぁ……」


ヒマリアは全身汗だくになり、呼吸を荒らして床に横たわっていた。

だが、その表情には、昨日までの絶望や暗さは一切なかった。達成感に満ちた、爽快な笑顔だ。


「すごいよ、レオちゃん……。こんなに汗かいたの初めて。でも……なんだかすごく、楽しい……!」


(へっ、当たり前だ。汗を流して自分が高まっていく感覚こそが、表現の原点だからな)


俺が満足げに喉を鳴らしていた、その時だった。


――パチ、パチ、パチ。


旧校舎の暗がりから、静かな拍手の音が響いた。


「誰だ……!?」


俺は瞬時にヒマリアの前に躍り出ると、姿勢を低くして唸り声をあげた。


影の中からゆっくりと姿を現したのは、一人の少女だった。

銀色の髪をきっちりと一つに束ね、鋭い氷のような青い瞳をした少女。その胸元には、名門騎士家系を示す『ヴァルハイト公爵家』の紋章が輝いている。


エレノア・フォン・ヴァルハイト。

学園でも圧倒的な騎士剣術の才能を持ちながら、その孤高すぎる性格から『氷の令嬢』と恐れられている少女だった。


「誰かと思えば……没落男爵家のヒマリアか」


エレノアは冷ややかな視線をヒマリア、そして俺へと向けた。


「このような埃っぽい屋根裏部屋で、男物の服を着て奇妙な踊りを踊るとは……貴族としての品位を疑うな」


「えっ……エ、エレノア様……!?」


ヒマリアが慌てて立ち上がり、顔を赤くして身構える。


エレノアは小さくため息をつくと、蔑むような瞳で俺たちを見下ろした。


「だが……解せないな」


「え……?」


エレノアの視線が、ヒマリアから完全に『俺(犬)』へと移った。その鋭い瞳に、強い疑惑と驚愕の色が走る。


「その犬……ただの畜生ではないな? 今のステップの軸の取り方、そして……完璧な拍子の刻み方。あれは、並の舞踏家でも不可能な領域だ」


(……なに!?)


俺は思わず息をのんだ。

この少女――俺が『ただの犬』ではなく、『完璧なダンス理論を理解している』ことに気づきやがった……!?


(第2話・おわり

次回(第3話)予告

「私の剣術(ダンス)に、文句があるとでも?」

孤高の騎士令嬢・エレノアの鋭い観察眼!

彼女が抱えるトラウマと、レオが見抜いた彼女の圧倒的な才能とは――!?

そして『ルチア・クローバー』2人目のメンバー勧誘戦へ!

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