第8話 俺を信じろ
体力が限界を迎えた咲良は戦闘に参加することはできず、悠に支えてもらいながら村人を探した。
「しっかりして!」
悠は倒れている村人に声をかけた。
…が、返答はない。
「もう誰も……」
咲良がそう呟きかけた時、悠がすぐに否定する。
「いや、一人は生きている。近くの草むらで気絶しているけど、」
「そっか…」
咲良が気を取り戻したように見えた。
向こうを見れば、狒々としっぺい太郎の死闘は続いている。
「勝てるかな?」
「絶対勝つよ。」
「ここへ来る前は一ミリも信じてなかったのにね~」
「そうだったっけ?」
こんな状況だからこそ、俺たちはそんな会話をした。
けれど、咲良の表情から笑みが消える。
「……もしだよ?」
「もし狒々が勝った時は、私は迷わず……」
そこで咲良は言葉を止めた。
悠が振り向く。
「……悠を逃がす」
「え?」
「絶対に。何があっても」
その声には、冗談なんて一つも混じっていなかった。
「それは俺だけか?」
悠のその問いに咲良は走りながら目を逸らした。
「私は派遣された人間…役目を終えるまでは帰れない。」
「役目ならもう終わっただろ。」
真実は、犬が正義で狒々が悪だった。ここまでくれば覆ることは難しいだろう。
「いいえ、まだよ。狒々を倒しただけじゃ、未来に伝わった歴史は変わらない。しっぺい太郎が悪者だったという記録を、正しいものにしなきゃいけない。」
村人が一人しか残っていないんだもの。私が…確実に伝えなければ。
「…君が残るなら俺も残る。」
「もうそのわがままは通じないわよ。」
その瞬間、朝日が完全に登り、お互いに真剣な眼差しを向け合う二人を照らす。
片手を目に、もう片手を頭に当てて、もがき、苦しむ狒々にしっぺい太郎が最後の力を振り絞り、飛んだ。
狒々の横腹にしっぺい太郎の頭突きが炸裂し、狒々は抵抗する力を無くす。
最後は雄叫びもなかった。力なくしっぺい太郎とは反対の方向へ数歩歩き、倒れていく。
その倒れる方向には、悠と咲良がいた。
狒々の存在を視認した咲良は目を細めた。
「私を置いて、走りなさい!」
咲良は瞬時に悠に命令をした。それでも、咲良を支えながら避けようとする悠。
ほんとにバカ!
咲良は札を出して、悠を未来に返すことを決める。
札が中に舞い、二つ目の朝日のように光り出す。
その光に悠は見覚えがあった。それ故に……咲良の腕を強く掴む。
「離して!」
その腕を強く引き、悠の手から離れる。
これでいいの、最後の力で結界を作れば私は生き残れる……《《はず》》。
この状況を悠が帰るための理由として使う。
咲良が右手で、お札を懐から出して、結界の準備を始める。
その時だった──────
「あの時は咲良を一人にしたくなかった。でも今は違う。」
「何が違うの?」
「俺たちは一緒に帰るんだ。」
私は……自分に嘘をついた。
無理、この体力じゃ結界なんて貼れない。待っているのは狒々の下敷きなること。
でも、怖かった。派遣された自分の役割を果たせなかった時、父が失望する姿。
「お前は、役割は完璧にこなす。自慢の娘だ。これからも頼むぞ。」
父に褒められた。滅多に褒めてくれない父でも、役割をこなしたあとだけは必ず褒めてくれた。それだけで私は笑顔になれた。
「任せて!」
「役割だけは絶対にこなせよ…絶対に。」
その父の期待を……。
「真実は未来に伝わる!!」
でも…。
「俺を!信じろ!!」
手を伸ばす悠の必死で、真面目な顔。
今日出会ったばかりなのに…何となくで連れてきただけなのに……。
私は気づけば彼の手を掴んでいた。
その手を悠はがっしりと掴み、二人は光に包まれていく。
ズドーーーーーン!!!!!
狒々が倒れると同時に砂埃が舞う。
血だらけで骨折をしたしっぺい太郎。
やっとの思いで勝利を掴んだ。粘り勝ち。
鳥居は壊れ、本殿は半壊。崩れた岩。それらは日に照らされ輝いていた。
「起きたら誰も村にいないから、何かあったのかとは思ったけど…」
体調不良から復帰した時次丸が神社の階段を上る。そこに現れたのは壊れた鳥居に岩。
時次丸は顔色を青色に変えて呟く。
「本当に…何があったんだ?」
そこには変わり果てた神社の姿。
多くの血溜まり、一ミリたりとも動かない倒れた村人たち。
そして、倒れる狒々。血だらけで立つしっぺい太郎。
「……犬?お前がやったのか?」
しっぺい太郎は時次丸が現れるのに気づくと、ゆっくりとその場から消えた。
「待て!許さないぞ!!」
足を一歩前に出した時、なにかにぶつかる。
「…村長?」
しゃがんで顔を確認すると、すでに息を引き取った村長だった。
「ひっ…!」
「どうして…。」
ボロボロと涙が溢れてくる。
「あの犬を呪ってやる!!!」
崩れ落ちた時次丸が泣き叫ぶと、誰もいないはずなのに、後ろの草むらから声が聞こえた。
草むらから出てきたのは、今年、生贄になるはずだった少女だった。
彼女は、悠が助けることのできた唯一の村人。いつから目を覚ましていたのかは、誰にも分からない。
ただ一つだけ。
彼女は、あの夜に起きたすべてを知っていた。
「違うよ……しっぺい太郎は……みんなを助けてくれたんだよ。」
その言葉は、やがて誰かへ伝わり、誰かからまた誰かへ伝わっていく。
未来に───────────
後に残された書物に記されていたのは、かつてこの地で起きた真実。
それを知った人々は、壊れた神社を再び建て直した。
そこはいつしか、村を救った一匹の犬……しっぺい太郎を祀る神社となったそうな。
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おまけというか疑問に思いそうな事の説明。
Q:最初に聞こえた老若男女の声とは?
A:狒々に殺された人達の声です。村を助けてくれたしっぺい太郎が「悪」となって後世に伝わることに対して不満を持ち、その無念から成仏することができず、声だけがこの神社に残っていたのです。
そして悠たちが歴史を正したことで、彼らの願いもまた、ようやく届いたのかもしれません。




