第6話 朝日
狒々は、鼻を押さえながらうめき声をあげた。
「おのれ…」
右手を地面に置いて、立ち上がる直前。
すかさず雲水が狒々の懐に迫り、狒々の顔をとらえた。
「いくら物の怪でも、目はどうであろうか!?」
雲水は刀を構えて
一瞬。
狒々の目に斬撃が走る。
「ぐおおお!!」
狒々の腕が雲水を薙ぎ払う。
「……っ!」
雲水の身体が吹き飛ぶ。
だが、狒々の腕は咲良の結界に阻まれていた。
吹き飛ばされた雲水は、空中で一回転して着地する。
「雲水さん…」
安堵の声を放つ咲良は時々視線を周りに向ける。
悠がどこにもいない…。
視界が真っ暗で見えないだけなのか、あるいは……。
「ワオーン!!」
そこまで考えた咲良は、しっぺい太郎の遠吠えで意識を狒々に戻す。
その背後からしっぺい太郎が飛び出して狒々に向かっていく。
ここからはまさに持久戦だった。
狒々を倒すのが先か、こちらの体力が尽きるのが先か。
そしてそれは…こちらの分が悪かった。
「ぬぅ…」
雲水は倒れそうになる自分の身体を刀を地面にさすことで支えた。
「はぁ…雲水…さん!」
動けない雲水の周りにお札を投げて結界を張る咲良。だが、すでにガス欠寸前の咲良は声を荒げて、力を振り絞った。
満身創痍の二人を差し置いて、一匹だけは狒々にまとわりつく。
「お前だけは本当にしつこいな!!」
「グルゥゥ!!」
鋭い目で狒々を睨みつけたしっぺい太郎は再び鼻を噛みつこうと飛んで、飛んで…目の前に現れたのは、狒々の拳だった。
「ワオ…」
しっぺい太郎は狒々の拳にたたきつけられ短く叫ぶ。それと同時に、赤い鮮血がしっぺい太郎とともに宙を舞った。そのまま地面に向かってたたきつけられたしっぺい太郎の身体は地面に落ちる直前、
「これで終いだ!!」
狒々に足で蹴られて吹き飛ばされる。しっぺい太郎は鳥居を塞ぐ岩に突っ込み、再びこの神社は静寂に包まれた。
「フハハ…ハッハッハ!!!」
しばらくしてこの空気を支配したのは狒々の勝利の笑いだった。
雲水は顔を上げて、歯を嚙み締めた表情で狒々を睨みつける。
パリンッ!!!
甲高い音ともに何かが割れる音がした。
「なっ…!!」
目の前を見れば、結界に小さいひびが入っていることが確認できる。そのひびはだんだんと広がっていき、無数の亀裂となる。
パリンッ!!!!
結界が…砕け散った。
雲水に残っていたわずかな戦意すら、その瞬間に消え失せた。
「お前たちにも…」
突如、笑いを止めた狒々が拳を握った。
「とどめを!!」
とどめを刺そうと拳を放つ標的は…。
「いかん……咲良殿!!!」
「え…?」
素っ頓狂な声を上げた咲良にはすでに拳は迫っていた。
咲良と拳の間に雲水が割り込み、刀を前に向ける。
見極めるんだ…
雲水が刀で拳を撫でるように受け流す。
キンッ!!
その衝撃に耐えられなかった刀は折れて、その7割を失う。…が、狒々の拳は受け流すことに成功し、拳は地面を殴った。
上から向かってくるのは、狒々の追撃。
トンッ
「雲水さん…どうして?」
傷だらけの雲水の手が咲良の背中を押し出す。
「どうして、私なんかを守るのよ!!!」
ボロボロな雲水を見つめる咲良の瞳には涙があふれていた。
「若い者には生きてほしい…それだけですぞ。」
あの宿泊所で見せたあの時の笑顔を、雲水は放っていた。
そして、そして、狒々の鋭い爪が雲水を襲った。
「ゴブッ……」
雲水の身体から力が抜ける。
「いやあああああ!!!」
……。
「…ん?」
なにかに照らされて、悠は目を覚ます。
朝日だ……。
起き上がり本殿の方を見れば、絶望が待っていた。
「雲水…さん…。」
悠は、考える間もなく、本殿へ走り出す。
朝がやっと来た…。そう雲水は思う。
頭がぼーっとする前に…!!!
拙者はずっと考えていた。なぜ、お供えは《《夜中》》になのか。
苦手なんであろう?この美しく光る朝日が…。
「ぬぉぉぉ!!」
苦しそうに暴れだした狒々は神社の影へと隠れようとする。
血が…。視界が赤くなっていく…。
この隙を見逃すのは拙者の恥になる!
かっ!!!
目を開き、命の力を最後まで振り絞って、折れた刀を握る。
その刀を…狒々のもう片方の目にめがけて……
投げた。




