第3話 雲水
「少し落ち着いて、ね?」
「確かに許せないことだけど、そこまでの干渉は必要以上に歴史を変えてしまう。」
「私たちはあくまで《《正しい歴史を知りに来ただけ》》。」
村長から離れた後、咲良にそう言われて軽く頷いた。
「ごめん。」
私たちが宿へ向かうと、ちょうど宿から出てきた人がいた。その人は笠をかぶっていて、微かに顔を出している白髪が目立っており、腰には刀を付けている老人だった。
「旅の僧の方ですか?」
「ワンッ!!」
ワン?
思っていた返事ではなかった。…がすぐにそれは現れる。
老人の足元から潔白な毛が凛々しく目立つ犬が吠えていたのだ。
悠は咄嗟に警戒した。
あの本の内容通りならこの犬がこの村に悪い影響を与えるのか?
「すまない。こいつはしっぺい太郎という犬で…この村の未来を救うための希望である。」
希望?逆じゃ……。
この人にとっての希望ならこの人は村にとっては悪い人?
頭の中で考えがまとまらない。どっちが正しい?どっちが正義?
悠は先ほどのお供えの話を含めて、頭の整理がつかないままでいた。次第に呼吸のテンポがだんだんとズレていく。
犬が悪い。この犬のせい…。
次の瞬間、俺の手に冷たい何かが触れた。咲良の手だった。物理的には冷たいはずだが、なぜか温かいぬくもりを感じる。
頭の中で水滴がはじける音がする。
書いてあることが全部本当とは限らないんじゃない?
突如、咲良の言葉だけが現れて、頭の中を洗い流す。
悠は深呼吸をして呼吸を整えた。
「それって、この村のお祭りと関係があるのか?」
横から悠が口を出すと、老人は一瞬驚いた顔をして、こくりとうなずく。
「立ち話はなんだ。お主たちが助力してくれるなら拙者の部屋で話そう。」
移動をした後、最初に口を開いたのは老人だった。
「まず、拙者の名は、雲水と申す。お主らの名は?」
「私は咲良です。」
「俺は悠。」
「そうか、まず最初に聞いておきたいことがある。お主らはこの村のしきたりに疑問を抱くか?」
その問いに二人は頷く。
「そうか、安心したぞ。この村の者たちは……」
そこまで言いかけて、雲水はごほんと咳をしてから再び口を開ける。
「さて、君たちはこの村のお祭りの意味は理解しているのかな?」
「はい。毎年葉月に屋根に矢が刺さった家の娘を…その、《《生贄》》にする……ですよね。」
咲良はつらそうな顔をする。下を見れば、拳は強く握られていることに悠は気が付く。
「うむ。拙者もそれを聞いて耳を疑った。神様がそんな事するはずがないってな。だから、去年にこっそり見に行ったのだ。」
「そこでは耳に続き、目も疑った。」
「何があったんですか?」
「あれは神様ではない。物の怪だ。そして、その物の怪はこう言った。」
「信濃の国のしっぺい太郎に今宵今晩のことは知らせるな!!とな。」
悪いのはその物の怪なのか?それでそいつはしっぺい太郎を恐れている…
悠は部屋の中で上品に眠るしっぺい太郎を見つめた。
「拙者は信濃の国に向かい、一年、しっぺい太郎という者を探した。根気よく探した結果、こいつが光前寺という所で見つかったんだ。」
雲水はしっぺい太郎の背中を優しく撫でながらそう言うと、咲良は驚く。
「人じゃなくて犬だったのね。」
「拙者も思ったぞ。人じゃないのかってな!そのせいでたいそう時間もかかった!」
ガハハッと柄にもなく笑う雲水に二人は一瞬戸惑うが、顔は穏やかになる。
嬉しそうに笑っているのはそういうことだろう。
次のお祭りまでにギリギリ間に合ったから。
悠は、雲水のことは信頼できる。そう心から感じた。
「あとは…」
雲水がそこまで言った時、咲良が遮る。
「あの柩の中にしっぺい太郎を入れる。かな?」
「おっ、考えが合うじゃないか。」
「どういうこと?」
悠は最初首を曲げて聞く。
「物の怪はしっぺい太郎のことを恐れているってところまでは分かるわよね?」
その解答は「いえす」だ。悠がうなずくと、咲良は続ける。
「娘さんの代わりにしっぺい太郎を入れて柩の中にいれば、物の怪にはバレないし、娘さんの安全も保障できる。つまり…」
「一石二鳥ってことか!」
「そう!」
「時間がないからな、今すぐ村長に交渉に行くとしようか。」
雲水の意見に二人は賛成して、村長のもとへ向かう。
「先ほど時次丸が倒れたらしいです。」
「うむ…。早くお供えをしなくてはならければいけないですね…」
焦った顔でそう決断する村長のもとへ、三人が到着した。
「村長…。拙者がしっぺい太郎を連れてきました。今こそ物の怪を倒しましょうぞ!」
「今なんと!?」
「今年のお供え物の中にしっぺい太郎を入れ…て……。」
気が付けば村長は泣き崩れてしまっていた。
やはり、ダメなのか…?この村の人たちは……。
雲水がそう考えた直後、村長の声が微かに聞こえた。
「……わ………しょう。」
「!?」
「終わらせましょう!!あっしは何をすればいいですか!!?」
気づけば村長の声につられてきた村の人たちが周りに集まっていて、事情を聴いた人々は舞い上がった。
そして雲水が説明をし始める。その集団から少し離れていた咲良と悠が小声で話していた。
「犬はもう悪者だとは思われてないってことは、未来が良い方向に変わったんじゃないか?」
「わからない…。でも、私たちがいなかったとしても、しっぺい太郎は雲水さんが連れてきてくれる。つまり、この流れになるのは史実なんじゃないかな?」
「ってことは…」
まだ何かある。
その事実が悠の頭の中で浮かび上がった。
不安な表情を一瞬でもした悠を見て咲良は
「危険なことが起こるかも…悠はもう未来に帰った方がいいのかもしれない。」
そう真剣な眼差しを悠に向けた。




