第17話 神は静寂を尊ぶ
「もう一度聞く、お前は一体誰なんだ!?」
「私は……」
生贄になるために…生まれてきたの?
そう思った瞬間、張り詰めていた何かが、音を立てて崩れた。
生贄になることを告げられる覚悟はしていた。けれど、私が本当は存在しないはずということは……無理だ。
もう…どうでもいい。そんなの、生きていても意味がない。
私は誰だ?
龍神の生贄だ。
そうだ、生贄になって…すべてを終わらせよう。
そう考えた瞬間、身体が軽くなった。
咲良はゆっくりと立ち上がり、本殿を出た。
「待て咲良!」
悠が咲良の腕をつかむが、あっけなく振りほどかれる。
「咲良!!」
本殿から出た咲良は桜ヶ池へ向かって真っすぐ歩き出す。悠の声は咲良には聞こえていないようで、ただその一つの目的を達成することを原動力に一歩、二歩と歩き出す。
間違いなく咲良は池に飛び込もうとしている!
「泉さん止めるの手伝って!!咲良を池から遠ざけるんだ!!」
叫ぶと泉は身体をびくっと動かすが、その場からは動かない。
悠は走って意地でも止めようとする。だが…
「…進めない!?」
咲良にあと一歩で届くという所で、悠はその先へ進めなくなっていた。それは何か透明の壁があるみたいで…
結界か!くそ…
どうする?どうする?どうする?どうする?どうする?どうする?どうする?どうする?
咲良が池に第一歩を踏み入れようとした直後だった。
「生贄の場所はここじゃない!ここは雨すら降っていない。正しい場所は諏訪湖だ!!」
悠がそう叫ぶ。すると、咲良の足は数秒止まる。
これでいい、今は時間を稼ぐんだ。
だが、咲良が止まって安堵した悠の思いは儚く…
正しい場所?そんなのどうだっていい…。どっちでもいいでしょそんなの。
咲良の足は再び進もうとしていた。
よせ!!!!
直後、咲良の脳内にその声が響く。それは咲良にいい意味で脳に大きな衝撃を与えた。
生贄になりたいという覚悟が一瞬でも緩んだのだ。
少しだけ
やっぱり生きたい…
そう思ってしまった。その思いは無意識に私が生きられる時間を伸ばそうとする。
「…諏訪湖に行けば、全部終わるのね?」
咲良は、足を引っ込めて戻ってくる。
「今すぐ向かいましょう。」
急に悠の目の前の結界が消え、支えが無くなったことにより、そのまま倒れる。
危なかった…このままだと本当に咲良が……
疲れていないはずなのに、俺は酸素を求めていた。
「早く!大雨で電車が止まったら長野に行けなくなる!!」
咲良は悠に鋭い目を突きつけてくる。
呆然とする泉を置いて、悠は咲良に歩いてついて行く。
そのまま二人は話す雰囲気のないまま、駅に着いた。
悠は切符を買う。
「まずは、静岡駅に行こう。そこから新幹線だ。」
ここは無人駅だった故、切符を使うのは到着駅の時だ。
そして、咲良と共に電車を待っていた。
悠がスマホで天気を確認しようと手をポケットに入れた。
「長野の方は雨だな。いや、ここ以外雨だ。」
スマホの検索サイトを開けば、大雨警報や避難情報が一番上に掲載されていた。
その下には”静岡県中部、新たな縄文時代の遺跡が発見!五千年以上前の遺跡か!?”というニュースがのっている。
「悠は本当に諏訪湖だと思う?」
「うん?ああ、過去で雨が降っていた桜ヶ池が生贄の場所だった。だから雨が降っている方だと思う。」
俺はこの時嘘をついた。それを後悔する。この時もっと話し合っていれば良かったと……
電車が来て、乗客が降りるのを待って…そして……
トンッ…
そんな軽い音が聞こえた直後、俺の身体は前へと倒れる。その勢いのまま、電車に乗る。悠はすぐに後ろを向いて咲良の名前を呼ぼうとした。
「悠…嘘ついたでしょ…本当の生贄の場所は諏訪湖じゃない。」
「雨友さんは最後にこう言った…
嵐の前の静けさ、必要な生贄は私だけでよかったんだ。
ってね。」
そんなの…知ってたさ…
悠はあの日、雨友さんの言葉を聞いて、生贄の場所の判別方法に気づいていた。
「神は静寂を尊ぶとも言うし…本当の生贄の場所は桜ヶ池よ。悠も気づいてるでしょ?」
悠は何も答えない。
「図星ね…」
「いいから乗れって!」
咲良が手にお札を持っていることを視認した悠は焦って手を伸ばす。だが、遅かった。
開いたドアの向こうには、結界が張られていた。」
そうしてドアがゆっくりと閉まり出す。
「どうして!こんな回りくどいことをするんだ!?」
最後に聞こえた悠の言葉はそれだった。
どうしてって…悠がいると覚悟が揺らぐからよ……。
咲良はゆっくりと駅を後にした。
ごめんね…ちゃんと未来は守るから……
悠は一人、電車で立ち尽くしていた。手から力が抜けて、切符を2枚落とす。それに気づいた子供が、
「お兄ちゃん落としたよ!」
そう言って渡してくる。
「…ありがとう。」
まるで生気のないお礼だった。
その切符を受け取ると、駅の名前が見える。
浜松駅
静岡駅と反対方向の駅だ。
俺が諏訪湖にもあの池にも向かわせないって咲良はわかってたのか……
悠の眼から静かに溢れた涙がこぼれ落ちた。
やっぱり俺は……無力だ。
光が届かない水の中で眠る神はゆっくりと目を開けた。
今度こそ……この間違った歴史が、正されると思ったんだがな……




