最終話 間違った歴史を、君と正す
悠は切符を静かに握りしめた。
これは違う!こんなのは間違っている!!
心の底でそう感じる。
感情が高ぶったところで何も出来ない。今から電車を乗り換えて戻ったとしても咲良には追いつかない。
自分の無力さが情けない。結局何も出来なかった。
「大雨により危険と判断しました。ただいまをもちまして、電車の運行を休止します。繰り返します……」
そんな焦る俺を嘲笑うかのように、電車は止まる。すっからかんの席の中、ドアに一番近い位置にゆっくり座った。
進めない。それは電車だけでなく、悠の心もだった。
しばらく沈黙が続いた。乗客がほとんどいない静かな電車内で…ただ、時間が止まっていた。
けれど、確かに時間は動いていた。一分、十分、そして三十分が過ぎようとしていた頃、スマホを取り出そうとした。スマホを取り出すと、紙が一緒に飛び出してくる。
それはゆらゆらと踊りながら悠の手のひらに着地する。
これは……《《お札》》だ。
いつ、もらったっけ?なんて疑問は今はどうでもよかった。これがあれば…これさえあれば…やり直せるかもしれない。
でも、俺にこれが使えるのか?そんなこともどうでもよかった。使えるか使えないかじゃない。
何としても使うんだ。
この間違った歴史を、正す…
その思いに呼応するように、お札はひとりでに光りだした。
「…え?」
俺は、お札を使おうとした。
だが…使った覚えはなかった。
そんなことを考える悠を虚しく光が包み込む。
光が弱まると、俺の視界には何もなかった。そして、現代より少し暖かく、湿潤。
建物一つない、あたり一面緑の森林が広がっていた。
そして、もう一つ気になることがあった。周りには大きい水溜まりがいくつも確認できた。さらには今悠が立っている地面は柔らかく、不安定だった。
今は何時代だ?そもそもなんでお札は勝手に?俺は咲良と別れる直前に戻ろうとしたのに…
後ろを向くと、巨大な湖があった。その湖は海と隣接していて混ざり合っていた。
まさか、桜ヶ池なのか?
でも、神社もないし、村どころか集落すらない。
「俺は本当に…どれだけ昔に来たんだ?」
何もない更地を歩き湖に近づこうとしたが、思っていた以上に距離は遠かったらしく、いざ着いた時には息が上がっていた。
そして、何者かがいたのだ。
十代後半ほどに見える少年だった。現代の人間とはどこか違う。
日に焼けた肌。長く伸びた黒髪。
動物の皮と植物の繊維を組み合わせた服を身につけ、首には小さな石の首飾りを下げている。
そのようなものたちが数人いて、こちらを警戒するように、鋭い目で悠を見つめていた。
なにかを訴えてくるが、まるで何を言っているのかわからない。
日本語ではないよな…
「あなたたちは誰?…ハ、ハロー?」
と試しに聞いてみるが、その者たちには通じている様子はなかった。いや、もっと英語の発音をちゃんとすれば伝わる可能性はあるけど…英語を今までさぼってきたのがあだとなったな。
どうしたものか…手詰まりだ。
そう考えていると、湖に異変が現れた。湖の真ん中で渦が発生し、水滴を雨のようにまき散らして現れる。その現れ方はまさしく超常現象。
長くて太いひげを生やしていて、また立派な金色の角の存在がひと際目立つ。巨大な蛇?いや…もっと神聖で…神のようだった。
「龍神?」
悠は思い当たる名を口にした。
「おお、そこにいるもの…手を貸してくれ。」
「日本語がわかるのか?」
悠は驚いた。まさか、人ではなく、龍に…
「もちろんだ、何せ我は神だ。お主と同じ時代の同じ言語を話せる。」
ほんとに聞きたい理由こそは出てこなかったが、その言葉にはどんな理由以上に説得力があった。
「なるほど、それで、手を貸してほしいというのは?」
「最近、世界中を巻き込む大洪水が起こってな…この者たちが我の住みつくこの湖に祈ったのじゃ。その最中に、少年が大洪水で濁りに濁った湖に巻き込まれた。」
「その少年は?」
「亡くなった…だが、この者たちは悲しむどころか、喜び始めたのじゃ。なにせ、その二日後に大洪水の水が引いたのじゃからな。もちろん偶然じゃ。我は何もしておらぬ。だが、その偶然を必然だと思い込んだ。」
「じゃあ、それをこの人たちに伝えればいいんじゃないか?」
悠は先ほど会話に失敗した人たちの方を見る。
「説明は何度もした。じゃが、納得するどころか、この者たちは妙なことを始めた。」
「妙なこと?」
「あの少年と同じ一族の者を、数年に一度この湖へ連れてくるようになった。」
「……《《生贄》》?」
「お主の時代ではそう呼んでいたな。」
それを聞いた悠は苦笑いをしだす。
そんな…まさか。
生贄そのものの伝承が間違っていたなんて……。
しかも、今まさにそのターニングポイントに自分がいる。
これですべてが救える。
間違った歴史を絶やす。
…咲良を救える。
今までの咲良との思い出が脳内で再生される。そして、一つの疑問が生まれた。
本当にここで未来を変えてもいいのか?
今まで、少しの勘違いで間違った歴史が伝わり、多くの人が苦しんだ。
安易にここで歴史を変えると、間違った未来に……。
そこまで考えた悠は一度大きく深呼吸をした。
「ふーーーはぁ……。」
そのために、巫女がいるんだろう。彼女なら、咲良なら新たな間違った歴史をきっと修正してくれる。
それは他力本願かな?
心の中で笑いながら言葉を治す。
「俺も手伝う。一緒に……間違った歴史を、君と正すよ。」
「何か言ったか?」
「いいや何でもない。俺たちが間違った歴史を正すよ。」
「やはり、お主を呼んで正解だったな…」
ポツリとそんなことを龍神が言った。
悠は黙々と作業を開始した。石碑を掘り、絵で物語を作り出したのだ。口では簡単だが、多くの時間を費やした。
これなら通じるだろ?ていうか通じてくれ。
咲良は桜ヶ池に飛び込む直前だった。
気づけば自分の家にいた。
父が目の前に座っている。
なに?どういうこと?私さっきまで……。
「あの…私って夏焼村に派遣されたことあった?」
…え?私にを聞いているの?なんで知らない村の名前を?
「どこだ、その村は?」
「そ、そうよね、私も知らない…」
苦笑いでごまかすと、父は疑問に思いながらもこう言う。
「とにかく、任務ご苦労だったな。」
「あ、ありがとうございます。」
なにか忘れてる気がするんだけどな〜
部屋から出て、廊下を歩いていると、テレビの音が聞こえた。無意識に私はその音に引き付けられて、それを目にする。
「続いてのニュースです。静岡県中部で、新たな縄文時代の遺跡が発見されました。
今回発見されたのは、約五千年前のものとみられる集落跡でなんと!絵本のような、小説のようなものが書かれている石碑が見つかったのです。奇跡的に保存状態は良く、こちらが実際の写真です。」
それを見た咲良は目を見張った。
その物語を読んでいるうちに、やがて、目尻が熱くなり、水が頬をつたる。それはとどまることを知らずに次々と流れる。だが、咲良は決してそれを止めようとしなかった。
どれも下手な絵だった。本当に…下手なのに…私はなぜかその絵を理解することができた。
パンのようなものを咥えた少女が少年を助ける絵。
「何だろう…これ?」
いろんな人に聞いて情報を収集しているような絵。
「アイス…」
上空から落ちてくる怪物を差し置いて少年少女が言い合っている絵。
「なんでこんなに…懐かしいんだろう。」
深夜の神社に侵入する絵。
「この場所…知ってる。」
雨風の中、少年が少女に覆いかぶさっているような絵。
「…ゆう。」
少年を湖に落とそうとするような絵。
龍のような生物が首を振っている絵。
そして最後に、湖の前で誰かを待っているような少年の絵。
「……悠。」
気づけば私はそんなことを呟いていた。
咲良は、やがて膝をついて嗚咽を吐く。
「法則性もありませんし、専門家も大変混乱しています。今後は……」
そこで咲良はテレビのボタンを押し、電源を消した。
涙をこらえようとしても止まらない涙を私は手で優しくなでる。
…思い出した。
全部思い出した。
これは私と悠の物語だ。
咲良は廊下をまた走り、自分の部屋に向かう。そして、引き出しからお札を取り出した。
「待っててね、悠。今度は私が……迎えに行くから」
お札を見つめる咲良の口角は少し上がっていた。
次の瞬間、お札はひとりでに光りだす。
え…?私まだ何も……
そう考えた時は遅かった。
目を開けると、目の前には体育座りで湖を眺める少年がいた。
「悠…」
私はその少年の名前を呼んで近づいていく。
悠は一瞬驚いた様子だったが、ゆっくりと後ろを向く。
「悠ね~片道分のお札しか持っていかないなんて、私が石碑に気づかなかったら…」
「しょうがないだろ?勝手にお札が光だしてこんな大昔に来させられたんだから。」
久しぶりに会ったならもっと感動的な再開な感じがあったのだろう。けれど、二人にとっては電車で別れたのはついさっきの出来事なのだ。それゆえに、いつもみたいな微笑ましい言い合いから始まる。
咲良は微笑みながらゆっくりと悠の隣に正座で座った。
しばらく何もない間があった。だが、その静寂を咲良が破る。
「久しぶりにパン食べる?」
「かえって白米を食べる。」
「パン派の敵め!」
「過激派だな!」
その返答が帰ってきて、即自分の口でパンを咥える。
「…で、何を変えたの?」
もぐもぐしながら、咲良が聞くと、
「生贄そのものが間違った歴史だった。生贄が必要だと思ったのは勘違いだったってわけだ。」
そういうことね…なんか、さっきまでの行動が恥ずかしくなってくるわ。
そして…
そっか…龍神は私を守ろうとしていたのね。
咲良の心の中でいろいろと納得した。
「とりあえず、帰りましょうか。」
パンを食べ終えた咲良は立ち上がり、悠に手を差し出す。
「ああ、」
その手を取り、二人は優しい光に包まれる。
「悠…助けてくれてありがとうね!」
湖の一番底、光がほんのり届くこの場所で、龍神は長い身体を渦巻き状に巻き、眠ろうとしていた。
人間の問題は人間に解決してもらいたいからな…………あの者を無理やりにでもこの時代に連れてきたのは正解であった。お札の材料には我と関係のある何かを使っているのであろう。でも……時間を自由に飛ぶのは……疲れる。
でも…ようやく……ゆっくり眠ることができる…………。
龍神はゆっくりと目を瞑り、長い長い眠りにつく…………。
光が収まると、咲良は桜ヶ池の目の前にいた。私はすぐに走り出し、あの場所へ向かう。鳥居をくぐって階段は飛んでジャンプし、華麗に着地する。走って、走って、走って、私はもう一つの神社に向かう。
近道は…こっち!
階段を上るのではなく、森の中を走り抜けて、草むらから私は飛び出した。
「いけなーい遅刻遅刻!!」
草むらを抜けた先には一人の少年がいた。
少年はゆっくりと振り返る。
「……咲良?」
「……悠」
二人の目が合う。
そして、二人とも微笑みを交わしあった。




