第16話 白羽の矢が立つ
「誰も見たことがないから、何が起こるかはわからない。」
誰も見たことない。
それなのに、生贄という風習だけは今まで続いている。
……ということは、今までずっと生贄を捧げ続けてきたってことなのか?
そういった質問が頭に浮かんだ直後だった…
咲良は何も言わずに、お札《《ふだ》》を取り出した。
「…咲良?」
悠が異変に気付いた時にはもう遅かった。
目の前がまばゆい光に包まれる。咲良は悠の腕をつかんで、光に向かって飛び込んだ。
反応が遅れた俺は、そのまま咲良に連れていかれ……
不思議な感覚だった。
咲良はお札を取り出す瞬間、そう感じた。
意識があるのに体がいうことを聞かない。
ダメ、まだ聞きたい情報がたくさんあるのに…
お札を持っている手に力を集中させるが、阻止するどころか使用してしまった。そこで、視覚、聴覚、嗅覚、触覚が途切れるのがわかった。
真っ暗…何も見えない。
次の瞬間だった。
……え。
脳内で何か聞こえた。それは最初こそ微々たる声量だったが、だんだんと大きくなっていく。
諏訪…………かえ。
諏訪湖へ………向かえ。
やがて、鮮明にその声は反響して聞こえた。
あなたは誰なの?
しゃべることができなかった私はそう思った。
我は……暮龗神
人呼んで《《龍神》》である。
その名を聞いた私は心の底で思い知った。
雨友さんが生贄になるために諏訪湖に向かったことと、龍神が私を諏訪湖へと向かせようとすることに…
そこまで考えてしまった時、ふと不確実なことを思う。
やっぱり私は……
そこで失った四感が戻ってくる。
「…おい、大丈夫か!?」
「咲良!!」
目の前には、慌てた様子で私の肩を揺すっている悠がいた。
「え…っとなに?」
「なにって、お札を使ったと思ったら、うんともすんとも言わないから。」
咲良が周りを見ると、《《もう一人》》誰かいることに気づく。
「お前ら、帰れって言ったよな!?」
そのもう一人は泉さんだった。
そこで、咲良は状況を把握する。
過去でお札を使ったのは、神社。つまり、未来に帰ってきた時に私たちが地面に足をつける地点は……桜ヶ池の神社の本殿。
「あはは、寝ぼけちゃったのかな?」
「こんな昼間にか?」
ドンッという音を立てて本殿の扉が開く。そこからは眩しい日差しが差し込み、咲良の目を細めさせた。
あーさっきのせいで帰ってくる時間がずれちゃったのかな。
このお札は誰でも使えるわけではない。私…巫女だからこそ、使いこなせる御業。
普通の人が使えば元の時代に戻れない確率の方が高い。
これぐらいで済んだのはむしろ褒めて欲しいわね。
そんなことを考えながら心の中でドヤッ顔をする。…と、冗談はここまでしておいて……。
咲良は光に慣れてきた目を泉に向ける。
「泉さんに聞きたいことがあります。正直に答えてくださいね?」
そして、私はその質問を口にする。
「私は生贄なんですか?」
覚悟はしていた。何となくわかっていたから。けれど………
泉は驚愕していた。そして、思わず咲良から視線をずらした。
その顔を見れば私は図星だということが簡単に分かる。
隣を見れば、悠も黙って下を向いている。
「悠も気づいてたのね?」
「……確信はなかったけど。」
悠の考察はこうだった。
今の全国各地での異常な天候は、過去に行った時の天候と似ているものがあった。
そして確信的だったのは、咲良の先祖が生贄だったということ。
悠は拳を強く握りしめる。
その隣で泉は怯えたようにぶつぶつと言い始めた。
「…えない」
「ありえないんだ!お前は一体誰なんだ!?」
決まっているでしょう。というように…
「私は笛江戸咲良ですよ。」
と答えるが、それを聞き入れられずに泉は
「ありえない。」
の一点張りだった。
「何がよ?」
「お前が…笛江戸なわけない。」
「生まれた時から私は笛江戸咲良です!」
「両親はいるのか?」
「母は亡くなったけど、父は居ます。……音信不通だけど。」
「本当か?本当にいるのか?」
「なによ、何が言いたいのよ!」
しびれを切らした咲良は泉を問い詰める。
しばらくの沈黙の後、泉は静かに答えた。
「…笛江戸家は鎌倉時代にもう途絶えてるんだよ!」
…え?
それを聞いた咲良は現実を受け入れられなかった。先ほどまでの威勢は消え、呆然とする。
私は養子?
一度そう思うが、
いや、お父さんとお母さんも苗字は笛江戸……。
すぐに違うことがわかる。
事実、この村に派遣されてからお父さんと連絡は取れていない。
でもそれは役割をこなせていないからだと思ってた。
冷や汗が頬を流れる。
一つ考えられることがあった。
時を巻き戻す大きな代償。
もし、過去での出来事で私のご先祖の血筋が途絶えていたなら……未来を変えてしまっていたら。
冷や汗が顎にまで達する。
泉さんは、鎌倉時代に血筋が途絶えたといっていた。
まさか…まさか!!
咲良には鎌倉時代というのに心当たりがあった。
この村に来てから、私の目の前で、私が原因で死んでしまった人がいる。
雲水さん。
彼がもし、笛江戸と関係があったなら……。
周りの声は聞こえないのに心音がうるさい。うるさすぎて心臓が痛くなってきた。
冷や汗が地面へと落ちる。
私は……
存在しないはずなの?
その考えに至った際、私は身体を震わせた。
「もう一度聞く、お前は一体誰なんだ!?」
「私は……」
生贄になるために…生まれてきたの?




