開口一番喧嘩を売られたので買いました
がらがらと聞こえてくる馬車の車輪の音。
石畳を走りながら次第に学園に近づいていくが、最近はこれが見慣れているものではなかった。
(……王宮から特別ゲートを通って、授業を受けてからまた王宮、の繰り返しだったものね……)
時間が勿体ないのよ、アレクサンドラ。
貴女はとっても優秀だから、教えがいがあるわ。
ねぇアレクサンドラ、うちの息子を末永くよろしくお願いね。
頭の中を巡るのは王妃の身勝手な言葉ばかりで、それを嬉しく思っていた自分をぶん殴ってやりたいと思うくらいには、今のアレクサンドラはとてつもなく冷淡になっている。
(末永く……?ハッ、どの口がほざくのかしら……って、お母様の口の悪さが移ってしまったわ)
一人馬車の中で百面相をしながら考えていると、口も悪くなるというもの。
巻き戻る前、散々人に迷惑をかけまくり、それだけならまだギリギリ許せたのかもしれないが、他国の王太女と勝手に恋に落ちて双方の婚約者に冤罪ふっかけて、殺そうとする馬鹿を、どうやったら擁護できようか、否、できやしない。
「……ひとまず、今日やってくるであろう……いや、もう来てるのかしら。まぁいいわ、例の王太女と会って、適当に話を合わせておきましょうか」
あの王太女が母の親類であるなんて、信じたくはないけれどドロテアが明言している以上、覆ることはない。
血の繋がりというものは、こんなにも残酷なものか、と何度目か分からない溜息をアレクサンドラは遠慮なく吐いた。
「……あぁ、到着してしまった」
ぽつりと呟いて、馬車が指定の停車場所に止まれば、アレクサンドラはゆっくりと降りる。
普段と異なる登校だったせいもあってか、女子部の生徒たちはどよめいていた。
「アレクサンドラ様……?」
「お体の調子はもうよろしいのかしら……」
「……それだけ過酷な教育を受けられているということよね……」
ひそひそ、ざわざわ、とあちこちから聞こえてくるアレクサンドラを気遣う声と、噂好きの令嬢たちの面白がるような、嘲るような謎の声。
何てくだらない、と笑っていると、親しくしてくれている令嬢が足早に駆け寄ってきてくれた。
「アレクサンドラ様……!」
「お加減がよろしくないと……大丈夫なんですか!?」
彼女たちは本当に心配してくれる、と分かる。
オルヴァーシス家と古くから交流があり、幼い頃に両親によって引き合わされ、最初こそ義務感で付き合っていたものの、次第に仲良くなり今では親友とも呼べる貴重な存在だ。
「大丈夫よ、ありがとう。……わたくし、頑張りすぎてしまったみたい」
ほんの少しだけ弱々しい笑みを浮かべれば、周りは更にどよめいた。
今まで完璧な淑女の仮面を貼り付け、王太子妃教育が始まってからは勿論、王妃教育が始まっていた過去では冷たい笑顔しか貼りつけていなかったのだ。今の時期も恐らくそうなりつつあったのだが、巻き戻ってきたアレクサンドラは、そうはならないし、しない。
「アレクサンドラ様……」
「ご無理はなさってはいけませんわ!」
「そうです!」
アレクサンドラと一緒にいてくれる主な友人は三人。
エリアージュ・コンスティン伯爵令嬢、シルヴィア・ブレイズハート侯爵令嬢、そしてフィオナ・エーテル伯爵令嬢。
王太子妃教育を始めてから、ほんの少しだけ疎遠になりかけたこともあったが、エリアージュが『だから何よ、わたくし達の友情がそんなもので壊れるだなんて思わないで!!』と、アレクサンドラをそこそこ容赦なく引っぱたいた。当時は驚いたものだが、変わっていってしまわないように、背負い込みすぎないようにと配慮してくれていたのだと、今なら分かる。
「エリアージュ……ありがとう」
「ううん、本当に……本当に心配したのよ?面会も出来ないくらいに弱っていたなんて……」
ちょっと待てそれは聞いてない、と心の中で母に対して毒づいたものの、ドロテアなりの配慮には間違いない。
そうしておくことで、いかにアレクサンドラが弱ってしまっていたのか、精神的にやられてしまっていたのかを、こうして学園に見せつけることができている。
「……ね、ねぇ……もしかしてアレクサンドラ様……頑張りすぎていたのかしら……」
「王太子殿下をお支えするため、とは聞いていたけれど……」
あちこちから聞こえてくる内容に、シルヴィアがクスリと笑って、三人にだけ聞こえるようにこそっと囁きかける。
「……本当にお馬鹿な皆さまだわぁ……。アレクのこと、王妃がめちゃくちゃに利用しまくっているからこそ、王太子妃教育も詰め込みに詰め込みまくってた、って……そろそろ気付いてほしいものよぉ」
「こら、シルヴィア」
「だぁって、本当のことでしょう?」
ぺろ、と可愛らしく舌を出すシルヴィアは、仲のいい人に対してはこうして素を見せる。
普段はとてもおっとりしていて優美だ、とあちこちで褒められているが勿論それらは表向き。そこそこ毒舌なのは、あまり知られていない。
「アレクサンドラ、本当に体調は問題ないの?うちの医師、派遣しましょうか?」
「フィー……大丈夫だし、そんなことはしなくていいの!」
「でも、心配なものは心配なのよ……。わたくしたちのアレクサンドラに何かあったら……」
ぐっと言葉につまるフィオナ。
あぁ、何と素晴らしき友情だろうか、と周囲には薄ら涙ぐんでいる女子生徒までいる。が、しかし。
「何かあったら……そいつのこと、潰してやりますわ……。一族諸共、何もかも……!」
(知ってた、この子はこういう子よね。大好きだけど、うん)
内側に入れた人に対しての究極なまでの過保護っぷりは、恐らく友人の中でピカイチだろう。
フィオナは将来家を継ぐために高等部での勉強が終わり次第、大学に進学して医師免許を取得するための猛勉強をすることになっている。今から下地作りとして、時間がある時は王宮専属医として働いている父の元、必死に医学の知識を叩き込んでいるところだ。
そんな彼女だけは、アレクサンドラが公爵令嬢だとはいえ、敵に回してはいけない。絶対に、何があっても。
「本当に大丈夫よ。でも、もしかしたらわたくしのお父様から、診察の依頼があるかもしれないけど……その時はおじさまによろしく伝えてくれる?」
「勿論よ!!」
ぱっと顔を輝かせているフィオナは大変可愛らしい。
三人の中で一番可愛らしく、小柄でもあるが性格は恐らく一番怖い。というか、敵に対して遠慮がない。
「皆に心配してもらえて嬉しいけど、遅刻しちゃいけないわ。さ、行きましょ」
「あらいけない、うっかりしてましたわぁ」
のんびり口調のシルヴィアがアレクサンドラの手を取り、校舎に向けて歩いていく。
フィオナもエリアージュも、二人の後に続いて歩き始めた時だった。
「あらぁ……誰かと思えばアレクサンドラ公爵令嬢ではございませんことぉ!?」
……ああ、そういえば巻き戻る前にも一度こうして絡まれたような……気がしなくもない、とアレクサンドラは足を止め、声の方へと視線をやった。
「王妃教育に耐えられないだなんて、なーんてひ弱なんでしょう!!おーっほっほっほ!」
(うわ喧しい)
朝から何とも元気なアレクサンドラを罵る声だ、と思っていたら、巻き戻る前に聞いたエスメラルダのものだった。
そういえばこんな声だったし、こんな顔だったなぁ、としみじみアレクサンドラが思っていると、エスメラルダは大股でずんずんとアレクサンドラのところに歩いてきて、手を繋いでいるシルヴィアを無理やりに押しのけてから、アレクサンドラの胸元を思いきり押した。
軽い衝撃がやってきたが、普段からありとあらゆる習い事を網羅しているアレクサンドラが、こんなことで揺れるわけもない。
彼女の体幹を舐めてきっていたらしく、微動だにしないのを見て、悔しそうに足をダンダンと踏みならした。
「きーーー〜!!なんなの!?何様!?」
「……隣国の王太女、エスメラルダ殿下とお見受けいたします」
「そうよ!!あたくしは」
「……此度の行動、見ている令嬢が多くおりますが……これは国同士の問題にしても構わない、という認識でよろしくて?」
「は、はぁ!?何言って」
「わたくしの婚約者はこの国の王太子殿下でございます故に、立場としては準王家、ということになります」
「だから」
「準王家の者に対して暴力をふるった、……と、いうことですわよね?」
ことごとくアレクサンドラはエスメラルダの言葉を遮り、有無を言わさぬ迫力と共に淡々と詰め寄る。
「あ、えっと」
「よろしいですわよね?」
「そ……っ、それはぁ……その……」
国同士の問題にされたら、とんでもない事になるだろう。
というか、こんなに幼稚な思考回路の持ち主を王太女にしていて良いのか、とアレクサンドラは考えつつ、真顔からふっと笑顔になって微笑みかける。
「どうしたらいいのか、お考え下さいませ。それと……あまり騒ぎを大きくすると、祖国にご連絡がいきますわよ?」
「うぐ……」
今までエスメラルダに逆らう人なんて、恐らくいなかったのだろう。
とてつもなく悔しそうに表情を歪めているが、だからといって手を出したのはエスメラルダが先なのは事実。アレクサンドラは何もしていない。ちょっと反論したくらい。
顔を知っていたのはあの馬鹿に絵姿でも見せてもらったのだろうが、性格まではしっかり聞いていなかったようだ。
「それでは、わたくしたちはこれで。遅刻なさいませんよう、殿下も教室へ向かわれてはいかがですか?……失礼いたしますわね」
微笑んだまま、しかし、友人には見せない冷たい笑顔を貼り付けてアレクサンドラたちは歩いて行った。
取り残されたエスメラルダは顔を真っ赤にしたまま立ち尽くしていたが、お付きの侍女にそっと促されて自分の教室がある校舎内へと向かう。
「アイツ……っ、シュミットさまの寵愛を受けているからって、調子に乗って……!」
そんなことを小声でエスメラルダが呟いているとは知らないアレクサンドラは、『欲しいなら、あんなクソ王太子なぞくれてやる』と呟いていたのは、友人たち以外は知らない。




