婚約の申し入れは秘密裏に
セイリオスは、ばさり、ととても大きな花束を差し出し、アレクサンドラの前に膝まづき、真剣な眼差しで見上げながら口を開く。
「アレクサンドラ嬢、約束通りやって来た。だから」
「はい、婚約のお申し入れ、お受けいたしますわ!」
ぱっと顔を輝かせたアレクサンドラが花束を受け取ろうとした矢先、エドワードがずざっ、と二人の間に入ってきた。
「待て!!」
「お父様、邪魔ですわ。おどきになって」
「あう」
自分より身長も高く、ガタイもしっかりしているエドワードの肩に手をかけ、腕に身体強化を集中してかけてからぶん!と横に払う。
足を踏ん張っていたにもかかわらず、エドワードは払われるままに横に吹っ飛んで、へたりと座り込む事態となったが、アレクサンドラはにこにことしながら花束を受け取っていた。
「あー!!」
「お父様、五月蝿い」
「旦那様、アレクサンドラちゃんの選んだお人なら良い、って言ってましたでしょ?」
「いやあのそれとこれとは」
「お父様、黙って」
「でも」
「だ、ま、っ、て?」
「…………ハイ」
しょぼん、と項垂れるエドワードは、まるで主に叱られた大型犬のようにしか見えない。
これ本当にうちの国の騎士団長か?と目を丸くしているセイリオスと、娘バカめ!と呆れているドロテアに、娘にぴしゃりと叱られてしまいど凹みしているエドワード。
この状況で生き生きとしているのはアレクサンドラのみ、という何ともカオスな状態の中、嬉しそうに花束を見つめ、ぎゅう、と両腕で抱き締めた。
「お花をいただくなんて……いつぶりでしょう」
「は?」
「あのクソ王太子、わたくしに対して有り得ない対応ばかりで……いつ首ねじ切ってやろうと考えておりました。えぇ、それはもう毎日毎日考えるほどに……っ、ボンクラめ……!」
何だか物騒なこと言ってるなぁうちの娘、と小さな声でエドワードが呟いたのを、アレクサンドラは聞き逃さなかった。
「お黙りくださいましお父様。そもそも、どうしてこの婚約をお受けになったのですかお父様!お母様も!」
「国王陛下がアレだけど、息子なら大丈夫かな……って思ったのよ。アレクサンドラちゃん、最初はまともだったでしょう?」
「最初しかまともじゃありませんでしたが」
「……まさかあんなにもお馬鹿さんだなんて思っていなくて……」
王太子、もといシュミットはエスメラルダに出会った途端、あっという間にエスメラルダの外見に一目惚れをしてしまい、あれよあれよと陥落されてしまったのだ。
間近で見ていたアレクサンドラは唖然としたし、エスメラルダと婚約していたセイリオスはいつもシュミットと比較される日々を送ることになっていたのだが、一応これは過去の話。
「あぁなるほど、あの王太女がいきなりバカ殿下を持ち上げるようになったのはそれが原因か……」
「エスメラルダ……エスメラルダ……。あぁ、今思い出したわ。脳みそ恋愛お花畑な甘やかされっ子!」
「え?」
何て?と聞き返しているエドワードに対し、同じ言葉を繰り返すドロテア。それを聞いたアレクサンドラもセイリオスも目を丸くしている。
「お、おかあ、さま?」
「……夫人……あの、それは不敬というものでは……」
「お姉様があれこれ教えてくれるから……。それと、わたくし反対されたから半ば駆け落ちのような形でこの人と結婚して、この国にやってきた、っていう経緯があってね」
えへ、と可愛らしく微笑むドロテアは、見た感じ二十代後半くらいにしか見えないが、もうすぐ四十歳である。
子供を産んでいるとはいえ、しなやかな体つき、肌は艶々とし、髪の手入れも怠らない、常に背筋を伸ばし気を緩めない、好き嫌いをせず規則正しい食生活を好む、等。諸々含めて全て若さの秘訣となっている。
「アレクサンドラ嬢、知っていたか?」
「……さすがにそこまでは。お母様の出自は何となく知っていましたけれど……」
「こほん。まぁともかくね、脱走するかの如くこちらにやってきたけれど、わたくしの味方をしてくれる人も少なからずいるの。さっき言ったお姉様、っていうのがまさにそうよ」
微笑んで言うドロテアに対し、呆気にとられるセイリオスとアレクサンドラ。
つまり、このぜフィラリア王国にいながらも、隣国ミロベディオ王国の情報……もとい、身内情報を手に入れていた、ということ。
「セイリオスさんの婚約者のエスメラルダ王女はね、それはそれはもう我儘放題だ、って有名らしくて」
「……え、えぇ……」
「でも、うちの子には関係ないかなー、って思って言わなかったの。あ、いや違うわね。ミュリちゃんには話したかしら」
「ミュリちゃん……?」
アレクサンドラが聞き慣れない名前に首を傾げていると、セイリオスとエドワードがぎょっとして声を揃えて叫んだ。
「「我が母(ミュリエル嬢)をそんな風に呼んでいるのか!?」」
「あらいやだ、息ぴったり」
「すごぉい、エド君。でもね、ミュリちゃんを未だに『嬢』を付けて呼ぶのはいかがなものかと思うけど」
「あ、いや、それはその」
「浮気なんてしたら……」
「しておりません!!絶対に!!」
いつの間にやら夫婦の言い争いに発達してしまい、何をどうしていいのか分からないセイリオスとアレクサンドラは、ふと顔を見合せた。
「今は、あの頃から一年前だ」
「そのようですわ。ちなみに一年前って何がありまして?」
「うーん……」
何だったか、とセイリオスが首を傾げる。
「……あぁそうだ、今は花の月だな。であれば……」
「……魔法実技演習……?」
「それからもう一つ」
何があったか、とアレクサンドラは眉を顰めた。そもそもこの頃は王太子妃教育もほぼ終盤に差し掛かっており、目の回るような忙しさ故に何があったのかを詳細には覚えられていないのだ。
「……エスメラルダ王女が、学園にやってくる」
「……」
「アレクサンドラ嬢、そんなことあったか、みたいな顔はするんじゃない」
「覚えがなくて……」
「アレクサンドラちゃん、仕方ないわよそれって」
不意にドロテアから話しかけられ、アレクサンドラはちょっとだけびっくりしてしまう。
気が付けば、ドロテアにがっちり抱き着いて『怒らないで~……』とエドワードがべそをかいている。これでは王国騎士団長の威厳もクソもないが、いつまでもドロテアに対してベタ惚れなせいで、喧嘩が始まったとしても大体こうなるのだ。
見慣れないセイリオスは、またもやぎょっとしている。
「ほら、エスメラルダちゃんは……えーっと」
「そのまま、セイリオスと呼び捨てでも何でもどうぞ、オルヴァーシス夫人」
「じゃあ、セイリオス君。確かセイリオス君とアレクサンドラちゃんと、お馬鹿は二つ離れているから」
「あの、お母様……」
「お馬鹿でいいの、お馬鹿で」
言いながら、おほほ、と笑うドロテア。
どれだけ馬鹿なんだ、とアレクサンドラはちらりとセイリオスを見上げる。すると、セイリオスはドロテアの言うことが間違いない、と言わんばかりにうんうん、と何度も頷いていた。
「……そんなに?」
「容姿で婚約破棄だの何だの決めるような愚か者だ」
「……そ、そうね……そうだった、わね……」
巻き戻る前の、忌々しい光景がアレクサンドラの脳裏をよぎった。
顔だけは大変良いシュミットにしなだれかかり、うっとりと彼の顔を見ていた。何がそんなに良いんだとアレクサンドラは疑問だったが、どうやらエスメラルダにとっては、あれが好みど真ん中だったらしい。
「……よく分からないわ」
「一先ず、よ。アレクサンドラちゃんとセイリオス君は内密に婚約関係、ということにしてしまえば良いんじゃないかしら、ねぇエド君」
「…………」
でかでかと顔に『嫌だ』と書いてあるのを見たドロテアとアレクサンドラは、仕方ないな、と双方可愛らしくエドワードに声をかける。
「エド君」
「お父様」
愛しい妻といつまでも目に入れて痛くない娘からのおねだりを受け、普段ならすんなりOKを出すところ。だがしかし、どうしても嫌だ、としか思えないエドワードは返事が出来ないままだったが、そんな父に対してアレクサンドラが歩み寄り、ぺたりと腕に抱き着いて、普段ならば絶対に見せないようなキラキラした笑顔で一言。
「パパ、お願い」
愛娘からの笑顔に加え、王太子妃教育を始めるまでしか呼んでくれなかった貴重なパパ呼びにノックアウトされないわけがない。
「勿論良いぞ~!ようし、パパ頑張っちゃうからな~!」
デレっと表情を崩したエドワードがすぐさまアレクサンドラに抱きつこうとしたが、娘はいつの間にか腕を離してそそくさとセイリオスの元に戻り、いつもの真顔に戻ってからぺこりと父に向けて頭を下げていた。
「あれぇ……?」
今抱きつこうと思ったのに……?と悲しげにするエドワードに対して、アレクサンドラは口を開く。
「よろしくお願いいたしますわ、お父様。お母様、セイリオス様のお母様にご伝言を……」
「はいはい了解~」
「夫人、こちら我が母より……」
「やだミュリちゃん好物覚えててくれたのね~!!」
三人で和気藹々と話しながら去っていく様子を悲しげに見つめることしか出来ないエドワードの肩を、執事長が慰めるようにぽんぽん、と叩いていた。
「旦那様、父とはこういうものですよ」
「……そっかぁ……うん……俺、頑張るわ……」
色々と、と付け加え、大きく深呼吸をしてから表情を切り替えたエドワードは、己の私室へと向かったのであった。




