秘密基地
さすがに未婚の女性の部屋に入るのはよろしくない、というセイリオスのそこそこ激しい主張により、双方どこならば問題ないか、と少しだけ話した結果、季節柄丁度いいということで中庭に決定した。
なお、アレクサンドラもドロテアも、『別に問題ないのでは』と思っていたが、セイリオスの主張を聞いて『真面目だ……』と勝手に彼の評価が上がったのは、評価された側、そしてエドワードのみ知らないことである。
部屋以外だと、どこが良いだろうかと考えていたアレクサンドラだったが、ふと一箇所思いついた場所があった。
あそこならば、とセイリオスのことを案内する。
王太子妃教育が苛烈になるにつれ、向かうことが減ってしまっていたお気に入りの場所があるから、とアレクサンドラの案内でやってきた場所は、とても立派な木の根元にセットされたテーブルと椅子のある、まるで秘密基地のような場所。
「へぇ……」
「あら、どうなさいましたの?」
「いや、こういった場所があるのか……と」
「幼い頃、無理にお願いして作っていただきました。息抜きのための秘密基地が欲しい、って」
ふふ、と笑うアレクサンドラ。
セイリオスが知っている『アレクサンドラ・デュ・オルヴァーシス』という女性は、まるで仮面を付けているかのような、淑女の見本のような女性。
何時いかなる時も嫋やかな微笑みを浮かべ、しかし、入り込んでくるな、と言わんばかりの一線はきちんと引いている、そんな女性だった。
「……貴女は、そんな風に笑うのか」
「学園では、本心を見せてはいけないのでは、と思っておりましたので」
「……」
穏やかな表情と、声音。
シュミットが何度となく話していた、アレクサンドラのイメージとはまるで異なっている。
シュミット曰く『冷たい女だ』、『性格がひん曲がっている』、『あれは国民のことを考えられない女だ、将来の王妃など無理だな』、などなど。
あの王太子の目は節穴だな、とセイリオスは思った。
(どこが冷たい女、だ。彼女は真面目なだけではないか)
不真面目極まりないシュミットのことだ、どうせアレクサンドラの生真面目なところが嫌で堪らなかったのだろう。
シュミットがきちんとしていれば何も問題ないのだろうが、今から彼を教育して真面目にする、というのは無理がある。
「……」
「セイリオス様?」
先程から黙ったままのセイリオスを見て、アレクサンドラが不思議そうに声をかける。
「……あ、あぁ、すまない。少し考え事をしていた」
「計画が上手くいくかどうか、でして?」
全く逆のことを考えておりました、とは言えず、こほん、と咳払いをする。
それを、アレクサンドラは肯定と受け取り、ほほほ、と笑ってから口を開いた。
「問題ありませんわ、きっと成功……ううん、絶対成功させてみせましょう」
「できるのか」
「あら、簡単じゃありません?」
「何だと?」
思いがけず、セイリオスは頭が固いようだ、とアレクサンドラは笑ってから言葉を続ける。
「巻き戻る前とは異なる行動を取ればいいのです。わたくしは、これまで殿下のことをひたすらサポートし続けました、おおよそ100%の力で。でも……それをやめたらどうなるかお分かりになりまして?」
「……化けの皮が、剥がれるということか?」
「えぇ」
にっこり、と笑うアレクサンドラは大変魅力的に見える。
「ねぇセイリオス様、そもそもわたくしがあの馬鹿の婚約者になった理由、分かります?」
「理由……?」
「あの馬鹿王太子の、尻拭い係ですわ。王太子妃としての役割はあくまで表向き、シュミット殿下と仲が良いから」
「……」
ひく、とセイリオスの頬が引きつった。
それはそうだろう。
もし、もしも仮に、巻き戻す前のアレクサンドラとシュミットの状態を知っているならば、きっとこう思う。
『仲良しとか目が腐っているのか』と。
「実際のところ、シュミット殿下は外国語が大変苦手なご様子でして……。我が国の言葉以外、ほぼあの方話せませんし理解もできておりません」
「それが王太子か?」
「はい」
笑うアレクサンドラは、こちらにやって来ているメイドに、ティーセットはここだと指をさした。
慣れている様子のメイドはテキパキと準備をしていく。
「世も末か?」
「たまたま第一王子に産まれ、たまたま正妃の子だったからと、我が国の法律に則って立太子しただけのこと」
「もう一度言う、世も末か!」
「あら、疑問符はどちらへ?」
「いらんだろう!」
「セイリオス様が大変物分りがよろしく、わたくし大変嬉しゅうございます」
ころころと楽しそうに笑うアレクサンドラが、ティーポットに入っているお茶を、それぞれのカップに注いでいく。
ふわりと良い匂いが立ち、何となく頭が痛むような感覚になっていたセイリオスも、少しだけ落ち着いた。
「どうぞ、セイリオス様」
「……ありがたく、いただこう」
はー、と大きな溜め息を吐いてから、セイリオスは火傷に注意しながらお茶を飲んだ。普段あまりお茶を飲まないが、これは後味もスッキリしていて飲みやすいな、と思いながら二口目を飲む。
「お気に召していただけて?」
「あぁ、どこの店のものだ?」
「我が家……というか、わたくしがブレンドしておりますの」
「ほう。……良ければ、少し分けていただけないだろうか」
「勿論、喜んで」
穏やかな時間が少しだけ流れ、ふと、アレクサンドラの目に剣呑な光が宿る。
「……お話を元に戻しますけれど」
「……あぁ」
「少しずつ、化けの皮を剥がしてまいりましょうか」
「殿下から、で良いのか?」
「まさか、そんな生温い」
笑みを深くしたアレクサンドラは、指先でこつん、とテーブルを叩く。
「あの馬鹿たちの化けの皮、二人同時に、ですわ」
「……つまり」
「我が校は、男子部と女子部に別れております。戻る前は気にしておりませんでしたが、エスメラルダ殿下がこちらにやってくるのであれば……わたくしは、エスメラルダ殿下を」
「俺が、シュミット殿下を」
「はい、そうです」
とても機嫌良く、アレクサンドラは微笑む。
「幸い、我が校は男子部と女子部で隔離されている。交流があるのはお昼休みの間だけ」
「そうだな」
「わたくし、毎回殿下のために昼食を用意して、席も確保して待機するという馬鹿げた行為をしておりましたの。でもね、時間の無駄でしょう?」
それはそうだ、とセイリオスは頷く。
だがしかし、それはセイリオスも同じことをしていたのだ。エスメラルダのために、昼休憩を犠牲にし、大して興味もない会話に頑張って花を咲かせていた。
「俺も似たようなものだな」
「まぁ」
「あの王女の話に、頑張って付き合っていた」
「……ちなみに、どんなお話でして……?」
「………………」
どんな、と問われ、セイリオスは腕を組んで、考え込む。
頑張って思い出そうとしてみるものの、あまりにも内容が無さ過ぎてどんな話だったのかを思い出せない。国政の話でもなく、流行ものがどうとかひたすら聞かされていたが、興味が無さ過ぎて必死に笑顔を張り付けて耐えていた。
「耐えるのに必死で……」
「……まぁ……」
これにはさすがのアレクサンドラも、セイリオスに対してとっても同情的な表情を浮かべてしまう。ついでに、話が聞こえていた給仕をしてくれていたメイドも、『うわぁ……』と呟きながらめちゃくちゃ顔を顰めている。
「セイリオス様……あの……」
「皆まで言うな」
「とんでもない不良債権をつり上げてしまって……何と言えば良いのか……」
「……ぐっ……」
アレクサンドラの言葉が容赦なくセイリオスにぶっ刺さった。
きっと特大の釘的なものが、こう、ばすっと刺さってしまったような衝撃を受けつつ、セイリオスは必死に声を絞り出した。
「……気を付けてくれ、あの王太女は本当に厄介だ」
「まぁ、それはセイリオス様もですわ。殿下ったら、相当お馬鹿さんなので、お気を付けくださいまし」
双方顔を見合わせ、うん、と頷く。
アレクサンドラはエスメラルダがやってくるタイミングで、一年生、あるいは二年生の教室まで出向かなければいけない。だが理由は適当につけてしまえば問題はないだろう。
セイリオスは、授業前にでもシュミットに挨拶でもしておけば向こうが勝手に良い方向に解釈をしてくれる。
プライドと承認欲求の権化のような二人だったから、会いに行く=自分を慕っている、と勝手に脳内変換してくれるに違いない。
互いが互いの婚約者の性格を、きちんと理解しているからこその行動。これから当たり前になるのだから、躊躇なんてしていられない。
「ああそうだ、セイリオス様とわたくしの連絡手段はどうしましょう?」
「そうだな……アレクサンドラ嬢、使い魔か……伝書魔法は得意か?」
「使い魔はおりませんが、伝書魔法であれば問題ございません…………このように」
すい、とアレクサンドラが手を上げて指先に魔力を集中して、丁寧に練り上げていく。
文字をしゅるしゅると魔力で形作っていき、次にそれを紐のようにほどいていき、更にひと手間かけて小鳥の形へ編んでいった。
どこからどう見てもそのへんを飛んでいる小鳥に擬態してから、にこ、とアレクサンドラはセイリオスに微笑みかけた。
「いかが?」
「問題ないな。で、このやりとりに関して、王家の影は……」
「ああ、あのぼんくら。シュミット殿下がここ最近は『俺の守りを固めろ』とか何とか言ってごねて、自分に影を集中させてしまっているので、わたくしへの監視の目はまるでザルですわ」
とんでもなく愉しそうに告げてから、伝書魔法を解除し、少し温度の下がったお茶をゆっくりと飲んでいく。
「……ご自分で墓穴を掘っていらっしゃるんです、ご自分でそこに入っていただきましょうね」
「何とも準備の良い殿下だ」
あはは、と嗤い合う二人の目に宿った剣呑な光を知る者は、きっとこの場に居合わせたメイドだけだろう。だがしかし、オルヴァーシスの使用人は口がとても固い。
秘密裏に行われたこの話も、王家の耳には届くことがないまま、時間は過ぎていくだけだった。




