家族との再会(セイリオスの場合)
「……」
ぱち、と目を覚まして視界に入るのは、自室の天井。
そうか、あの時から戻ってきたのかとセイリオスは考えながら、むくりと体を起こした。
「今日は、いつだ」
独り言を呟きながらベッドから起き上がり、執事が届けてくれていたらしい新聞で日付を確認した。
「……ふむ」
一旦日付を確認して、いつもならば鍛錬に走るところだが、時間も見てからを先に着替えを済ませてダイニングに向かう。
(時間が戻る、というのは案外普通なものだな。)
この時間ならば両親が食事をとっているはずだ、と足早に廊下を歩いた。
向かう先は、よく母が朝食場所に選んでいる温室。ちょうどこの時期は好みの薔薇が咲いており、見ながら優雅にお気に入りの朝食をとるのが日課になっているはずだ。
セイリオスの足は自然と早くなりかけるが、どうにか堪えて歩を進める。
セイリオスの母親は、とても綺麗なものが好きで、出来れ綺麗な眺めの中で朝食をとりたい、という希望がある。それをセイリオスの父が叶えた結果、温室での朝食が当たり前になったのだ。
あぁ、今日もいる。
温室に到着し、外から様子を伺えばこちらに気が付いた母が、セイリオスに手を振った。
セイリオスからも手を振り返し、ふと微笑んで温室内へと足を踏み入れる。
「失礼します、母上」
「いらっしゃい、セイリオス。貴方がここに来るなんて珍しいわね」
普段、セイリオスは父であるカルロと朝食をとり、さっさと学園に向かってしまう。
我が子ながら、もう少しゆっくり朝の時間を楽しめばいいのに、と思っていた母ミュリエルは微笑んで手招きをした。
「今日はお休みだったかしら」
「はい」
手招きされるままそちらに向かい、ミュリエルによって椅子が用意される。それに腰を下ろして、セイリオスはミュリエルと向かい合って座り、メイドにお茶を持ってきてくれるようにお願いした。
「……貴方がここに来るだなんて、何かあるの?」
「はい」
「単刀直入に言いなさい」
「オルヴァーシス家令嬢、アレクサンドラ嬢との婚約を結びたい」
「今の婚約はどうするの」
「かの国の王太女殿下は、我が国の王太子と通じております。俺とエスメラルダ殿下、そしてアレクサンドラ嬢とシュミット殿下の関係性を揺るがすものかと判断しました」
「どこで得た情報かしら」
ミュリエルは、新しく用意されたお茶を一口飲んで、問い掛ける。
先程までのおっとりした目はどこにもなく、眼光は鋭くなっていた。
「……俺とアレクサンドラ嬢が、この目で見て、この耳で聞いて、得ました」
「……え?」
がたん、と立ち上がりかけたが、どうにかミュリエルは己を律して座り直す。
「……まさか、アレクサンドラ嬢は『奇跡』の力を使ったの?」
「はい」
「どうして、そんな」
「俺も彼女も、コケにされたまま人生を終えたくなかった」
「人生、を……って」
まさか、そんなわけない。
この子が処刑されそうになった、ということなのだろうか、とミュリエルの顔色は悪くなる。
カップを持つ手が震え、一旦落ち着こうとソーサーに置いてから深呼吸をして、再度口を開く。
「……何らかの原因があって、貴方とアレクサンドラ嬢が、処刑されそうになっていた、というの?」
「はい。秒読み段階でしたので、やむを得ず」
どうしてこの子が、とミュリエルは大きく溜め息を吐いてから、改めてお茶を飲んで気持ちを落ち着ける。
何がどうなっているのか、と色々質問をしたい気持ちはあるけれど、アレクサンドラとの婚約を自分に持ってきてくれたことは良い判断だと思い、よいしょ、と腰を浮かせてミュリエルは手を伸ばし、セイリオスの頭を撫でた。
「あ、の?」
「良い判断をしましたね、セイリオス。カルロにこの話を持っていっていたら、間違いなく貴方とカルロの戦争が勃発していたわよ」
(戦争って)
まさかそんな、とは思うが、有り得ない話ではない。
はは、と乾いた笑いを浮かべてセイリオスはミュリエルに頭を少しの間、撫でられたまま黙る。
「カルロはわたくしがどうにかするから、貴方は早く朝ごはんを食べて、お花とお菓子を買ってから、すぐに、可及的速やかに!あちらに向かいなさい!」
「え?」
「お返事は?」
「は、はい」
「よろしい」
「……母上は、反対ではないのですか」
「反対する理由、ないでしょう?それに、子供の味方をするのが親の役目よ」
ふふ、と朗らかに笑っているが、きっとミュリエルは色々聞きたいのを我慢して、セイリオスの言葉を聞き、判断し、アレクサンドラのところに行け、と背中を押してくれている。何なら背中を蹴り飛ばす勢いだ。
「信じて……くれるんですか」
「当たり前よ。詳しくは後で聞きますからね、そのつもりで」
「はい」
頷いたセイリオスは、少しだけ安心した。
良かった、まずはミュリエルが味方についてくれるのであれば、百人力だと思い胸を撫で下ろす。
同時に、どうしてアレクサンドラとの婚約を反対しないのか、という疑問も浮かび上がってきた。
「あの、母上」
「なぁに?……そこの貴女、セイリオスに朝食の準備を」
「かしこまりました」
メイドに指示を出したミュリエルは、セイリオスに笑顔を向けつつ少しだけ首を傾げる。
「どうして、母上はアレクサンドラ嬢との婚約を咎めないのですか。先程も、反対する理由がない、と……」
「だって、アレクサンドラ嬢のお母様……ドロテアとは古い友人なんだもの」
「は!?」
「未だにこっそり連絡取って遊びに行っちゃうくらいには仲良しよ」
にこー、と無邪気に微笑みながらブイサインをする母親なんて見たことはないし、まさかそんなに仲が良いだなんて誰が想像しただろうか。
「え、そんなに……」
「わたくし、学生時代に隣国に留学していてね。その時にドロテアと知り合って仲良くなったの」
「……へ?」
「だから貴方の婚約者のエスメラルダ殿下は、わたくしが仲を取り持ったようなものだけれど……やってくれたわね、あの我儘王女ったら」
そんな繋がりがあったのかと、セイリオスは驚くものの、メイドがテキパキと朝食の準備をしていき、それをミュリエルが食べなさい、とジェスチャーで促す。
いただきます、と挨拶をしてから朝食に手を付け始めたセイリオスを見て、更にミュリエルは言葉を続けた。
「悪い噂なんて、一人歩きしている場合もあるから……と思っていたけれど、向こうから婚約の申し入れがあってね。野心いっぱいのカルロがほいほい引き受けちゃって……」
「父上、アホか?」
「お馬鹿さんよ。似たようなタイミングで、アレクサンドラと王太子殿下の婚約が発表されたからこれ幸い、って思ったんでしょうね」
アホだ、紛れもなくアホだ。
頭がずきずきと痛むような感覚をどうにか耐え、セイリオスは食事を食べ進めて、終了させる。食後のお茶をぐっと飲み干してから立ち上がると、ミュリエルに頭を下げた。
「父上のこと、止めておいてください」
「お任せなさい。とりあえずぶん殴ってでも止めるから、貴方はオルヴァーシス家に行くのよ。あ、そうだ!ドロテアにはイチゴのタルトを手土産にね!」
「はい?」
「ドロテアの好きなものだから。オルヴァーシス家に向かう途中にあるパティスリー・ラ・ヴールのがお気に入りよ」
「は……はい、分かりました」
「身支度してから行ってらっしゃいな~」
おほほ、と優雅に笑いながら見送られたセイリオスは、身支度をさっさと済ませてから言われた通りにケーキを買い、花束も購入し、オルヴァーシス家に向かい、そしてアレクサンドラの元へと駆けつけたのである。
が、セイリオスが出発してから凡そ三十分後のバネンシア家では、相当な嵐が吹き荒れた、という。
無論勝利したのはミュリエルで、当主であるカルロは彼女にボコボコにされた後、『婚約者許さんからな……』と息も絶え絶えに呟いた、らしい。
何せそれを聞いたミュリエルから『貴方、そろそろ拗らせはいい加減になさいまし』と、また鉄槌を食らったため、気を失ってしまい、強制的にベッドに叩き込まれてしまうこととなってしまったそうだ。




