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何もかも、ひっくり返してさしあげましょう   作者: みなと


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家族との再会(アレクサンドラの場合)・後編

 今、己の娘は何を言ったのだろうか、と冷静に考えてみたオルヴァーシス公爵、もといアレクサンドラの父エドワードは、キラキラした笑顔のままこちらを見あげてくる愛娘に視線を下ろした。


「お父様、お早く。ねぇ、はい?それともイエス?」


 それどっちも了承の意味だよね、と問いかけたい。だがしかし、娘にだけは嫌われたくない。いや妻にも嫌われたくはないが、とぐるぐる考え込んでいるエドワードは、助けを求めるように妻に視線をやった。


(諦めてくださいまし、旦那様)

(あ、やっぱり?)


 結婚して、子供が産まれてもなおおしどり夫婦として社交界で有名なこの二人。

 アイコンタクトで大体何を言いたいのか、何を言っているのか把握したらしく、エドワードががっくりと肩を落とす。


「……お父様、聞いていらして?」

「へ?」


 ごず。


「うぐっ!」


 腹部にめり込んできたとんでもない衝撃に、エドワードは思わず声が漏れた、


「…………アレクサンドラ……パパの鳩尾に拳を入れるのやめなさい。あといい感じだったな……痛かったけど」

「聞いてないからですわ、んもう」

「綺麗に入った……ぞ……」


 向き合って立っている娘から、ぐっと握った拳をそのまま、だがしかしアレクサンドラは身体強化を一瞬で己にかけた上で父の鳩尾に一発叩き込んだのだ。

 ぷく、と頬をふくらませている愛娘は大変可愛い。可愛いが、手が早い。

 王太子妃候補になったから若干大人しくしているようだが、割と手が早いところがある。いつもシュミットの顔を貼り付けた稽古用の的に向かって蹴りやら拳やら魔法やら、思いつく限りのありとあらゆる攻撃を叩き込んで、『はぁスッキリした……やってられませんわ』とキラキラした笑顔で呟く光景を目にしてしまった、エドワードの部下から『お嬢様めっちゃ怖いんですが』と報告されたりしている。


「とにかくお父様、お願いがありますの!」

「分かった、分かったから!聞くから拳を構えるのはやめなさい!」

「本当!?やった!」


 うちの娘こんなにも表情豊かだっただろうか、と思うがあくまで王太子妃候補として王宮に上がっていた時は、色々と取り繕う必要がある。

 だから、完璧な淑女たれ、とオルヴァーシス家に永らく尽くしてくれている家庭教師の夫人や、王太子妃教育係の先生から常日頃厳しく躾られた。その結果、家では割と己を出しているが、王宮では物静かな完璧主義のアレクサンドラが完成したのだ。

 なので、今この瞬間のアレクサンドラは、家の中でのみ、あるいは気を許した人にしか見せることのない色んな意味で貴重な素を丸出しにしている状態。

 なので表情もころころと変わるし、気を許しているからこそ普段の余所行きの声とも若干違う声になっている。


「……で、パパにどんなお願いを聞いてほしいんだ?」

「簡単ですわ。あのバカとの婚約を破棄してくださいまし?」

「は?」

「王家が懇願してきた婚約でしょう?家のために了承はいたしました。でも、さすがのわたくしも、あれだけ蔑ろにされてばかりな人と生涯を共に過ごすだなんて……」

「いや、まぁ……それはそう、なんだが……」


 娘の言葉に、エドワードは口ごもる。

 王家と公爵家の婚約ともなれば、かかっている費用や関わっている人員も相当なものになる。

 辞めたいから、といって辞められるものではない。


「アレクサンドラちゃん、さっきのことを旦那様にお伝えしたら?」

「さっき?」


 何の話だろうか、とエドワードが首を傾げていると、アレクサンドラがにこやかな笑みを浮かべて口を開く。


「えぇと……殿下との婚約を破棄していただいて、新たに婚約を結びたい方がおりまして」

「!?」


 ぎょっとしているエドワードに対して、アレクサンドラは更に言葉を続ける。


「バネンシア家のセイリオス様」

「は?」

「バネンシア家の、セイリオス様」


 聞き間違いなどではないことを確認したエドワード顔が、ひくひくと歪んでいく。


「……何だって?」

「お父様が嫌でも、わたくしとセイリオス様は婚約いたしますわ」

「アレクサンドラ、それは」

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「……っ!」

「アレクサンドラちゃん……貴女……」


 言葉の意味が分からない夫妻ではない。

 アレクサンドラがほんの僅かでも『時属性』を有していたから、彼らの娘にたった一度きりとはいえ『奇跡』を起こす力を与えてもらえた。

 いざという時に使う、そう決めていたアレクサンドラが興味半分でそれを使うわけがない。


()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 ニィ、と笑って言われた言葉に、夫妻は顔を改めて見合わせた。

 冗談でこんなこと、アレクサンドラは言わない。それを理解しているから、ドロテアはそっと娘の肩に手を置いた。


「何が起こったの、アレクサンドラちゃん」

「お話しますわね」


 微笑んだまま、アレクサンドラは回帰前の出来事を話す。

 シュミットが、セイリオスの婚約者と不貞を働いたこと。

 あのままだったらセイリオスとアレクサンドラが処刑されるだけでなく、二つの由緒正しき公爵家そのものが取り潰しになっていた可能性があったこと。

 セイリオスもアレクサンドラも、振り回されるだけの人生は嫌だ、と思ったこと。


 ーーそして。


 何もかもを、ひっくり返すと決めたこと。


「セイリオス様と共に、わたくしは戻ってまいりました。きっと彼は来てくれる。嘘はつかない、と信じております。例えお父様がバネンシア公爵閣下と不仲だとしても、それはそれ、これはこれです」

「アレクサンドラ、それは……」

「……旦那様」


 戸惑いの表情を浮かべているエドワードを、ドロテアはやんわりと窘める。

 まだアレクサンドラが話したいことがあるだろうから、と緩く首を横に振って、娘の次の言葉を待った。


「ありがとうございます、お母様」


 父を止めてくれた母親に対してお礼を言ってから、続きを話すべく口を開いた。


「お父様が、バネンシア公爵閣下と仲がお悪いのは理解しております。ですが、わたくしは生き残りたい。生きて、未来を掴みたい。……だから、『奇跡』の力を使いました」

「……っ」


 それほどまでに憤る事態だったのだろうな、とドロテアもエドワードもどこか悔しそうな表情になる。娘がそんな思いをしなければいけない状況で、自分たちが傍にいてあげられなかったこともまた、悔しかった。


「……だが……よりによって……」

「お父様、手段としてわたくしが彼を選んだのです。そして、彼も生き残るための手段として、わたくしの手をとった。だから……」


 アレクサンドラは、ぐっと拳を握って更に続けていく。


「その想いに、わたくしは報いたい。お父様、お母様、どうかお手をお貸しくださいませ」


 拳を握って己の胸にとん、と当てた後、アレクサンドラは真剣な表情で両親に向けて頭を下げた。


「せめて、わたくしとセイリオス様の婚約をお認めください。バネンシア公爵は、……まぁ、セイリオス様がどうにかすると思います。それ以前に今はわたくしとセイリオス様を馬鹿にした王家たちをどうにかしてやりたいのです。……絶対に、許さないから」


 強い想いだからこそ、きっとあの『奇跡』は起こせたのだろうとは理解できる。が、エドワードは苦虫を噛みしめたような顔を浮かべているままだった。


「いや、あの……アレクサンドラ、理解はできるんだ。だが……」

「旦那様、まずはここにセイリオスさんがやってくるのかどうかを、待ちませんこと?」

「待つくらいは……まぁ」


「お父様、さっきわたくしのお願い聞いてくださるって言ったわ。嘘つき」


「うぐっ!!」


 アレクサンドラは淡々と指摘をし、それにエドワードが胸を押さえて結構なダメージを受けていた。

 確かに娘のお願い事を聞く、とは言ったが、まさかそれが人生最大のライバルであるバネンシア公爵だと誰が思うか。

 だが、セイリオスのことについて詳しいかといえば、エドワード自身はそうではない。父親同士がいがみ合っている()()


「旦那様、まずはセイリオスさんがやってくるまで待ちましょう。それと、アレクサンドラちゃんは朝ごはん食べちゃいなさいな」

「はい、お母様」

「……俺は……ちょっと着替えてくる」


 ずん、と明らかに凹んだ様子でとぼとぼとダイニングを出て行くエドワードを見送って、アレクサンドラは朝食を再開する。

 久しぶりに温かく美味しい食事を堪能し、母との会話も楽しむ。

 こんな時間、いつぶりだろう。


 美味しい朝ごはんを堪能し、乳母の入れてくれた紅茶を飲み、デザートとしてフルーツの盛り合わせやケーキを楽しんでいるところに、慌てた様子のメイドが急ぎ足で駆け込んできた。


「ご歓談中のところ恐れ入ります! お嬢様に来客が……」

「来客?」

「はい、バネンシア家のセイリオス様……が……」


(――来てくれた)


 アレクサンドラの表情が、緩む。


(約束を……守ってくれた)


 じわりと熱くなる頬に手を添えていると、ダイニングの扉が開けられる。セイリオスがここまでやって来たんだ、とアレクサンドラは立ち上がってドアに向かう。


 ――すると。


「うちの娘に何か用か!!」

「用があるから、来ておりますが。何か?」


「アレクサンドラちゃん……外……」

「揉めておりますわよね……」


 ドロテアとアレクサンドラは顔を合わせ、苦笑いを浮かべる。

 ドタバタという足音と共に、ダイニングの扉が勢いよく開けられ、セイリオスがアレクサンドラを視界に入れれば、急ぎ足でエドワードを振り切って小走りで駆け寄って来てくれた。


「すまない、待たせた」

「いいえ、ちっとも」


 微笑み合う二人を見ているドロテアは、『ああ、この二人は本当に一緒に帰って来たんだ』と、実感する。

 これで、娘の言っていることが真実なんだということが証明されたと同時に、絶対的な味方になってあげないといけない、とドロテアは決めた。


「……アレクサンドラの味方にはなりたいけど……複雑だ……」


 なお、エドワードは大変不満そうな顔をしており、ドロテアは『ちょっとだけ前途多難ね……』と頭を抱えて溜め息を吐いた。

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