報連相と不要なもの
ベッドに再び潜り込んだアレクサンドラだったが、ぱち、と目を開いてから再び体を起こす。いそいそと魔力で小鳥を編み上げてから、セイリオス宛に飛ばした。
内容は簡潔に。
『ちょっとうっかり王家の『影』を殺しちゃったので、良い感じに明日話を会わせてほしい』というものを送り、さてこれから寝ようとしたところで、こつこつ、と窓を叩く音が聞こえてきた。
「……まぁ、お早い」
よいしょ、とベッドから出て、アレクサンドラが窓枠に止まっていた小鳥を室内に招き入れれば、魔力で編まれていた小鳥がしゅるしゅると解けていき、空中に文字が浮かび上がる。
あまりに焦って紡いだのか、ちょっとガタガタしているが、読めなくはない。
「えーっと……『うっかり殺した、とかそんな軽すぎるテンションで殺した報告をするんじゃない! とりあえず、暴漢じみた行動をしてきたから、という無理やりな理由でもでっち上げておけ』……なるほど。そうね、王妃様相手には土下座でもして泣きながら謝ればどうにでもなるか」
それだけ王妃はアレクサンドラのことを大事にしている。たとえそれが道具として、だとしても、だ。
(王妃様にはこれで釘を刺せるし、何があったのかをあの馬鹿に説明させればさすがの王妃だってシュミット殿下を叱りつけるでしょうね。ああそうだ、ついでにこれに乗じて婚約破棄も突き付けてしまえば良いのではないかしら!)
何て素晴らしいアイディア! と一人喜んだアレクサンドラは、セイリオスへの返事をいそいそとまた編み紡ぐ。
「えーっと……」
言葉を紡ぎながら、アレクサンドラはふと思う。
(……これって、結果的にはあのクソ殿下と同じことをしている、ということかしら)
浮気しているか、と問われれば第三者が見ればそうなのかもしれないが、それはあくまで互いが思い合っていた場合では……? と、アレクサンドラは考える。
婚約破棄を前提に動いているのだから、浮気もクソも、というやつかもしれないが、万が一があってセイリオスに迷惑がかかってはいけない。
だがしかし、互いの婚約者たちが先にこちらを捨てる算段をしているのだから、捨てられた者同士で手を組むことの何が問題なのか、とも問い続け見たら、あの二人はどんな反応をするのだろうか。
(死にたくはないもの。殺さずにわたくしとセイリオス様を婚約させて、お二人が……って、駄目よそんなの)
一度目でそれをやってしまうと、恐らく互いの父親同士が殺し合いを始めてしまう可能性だってあったわけだし、セイリオスとアレクサンドラも互いを誤解し合って離縁して色々壊れてしまっていたかもしれない。
そんな破滅しかなさそうな未来、ごめんだ。
「これでよし……と」
色々と、アレクサンドラ自身もこれでもかとうくらいに悶々としながら考えて紡いだ内容は次の通り。
『王妃様には王家の影に襲われかけた、とお伝えします。襲われかけた理由としては『今日のお昼休み、食堂で会ったにも関わらず、シュミット殿下に対して返事をしなかったこと』にしておこうかと思いますわ。理由はエスメラルダ殿下とあまりにも仲睦まじい様子を見て、ショックだったから、とでも言っておけば王妃殿下は信用するわ』という内容。
厳しい教育を耐え、ここまで色々なことを成し遂げているアレクサンドラが、涙ながらに訴えかければ、どうにかなりそうに思えてきた。
「……やましいことをしているのは向こうで、わたくしはただ死にたくないから、そうなる前に手を組んだだけのこと」
己に言い聞かせるように呟き、アレクサンドラはまた魔力の文字で編み上げた小鳥を飛ばした。
飛んでいく姿を見つめ、そして自身の手のひらに視線を落とす。
(……むざむざ、殺されてなんかやらない。どうしてわたくしが……あんなボンクラの尻拭いばかりを……っ)
忌々しげに表情を歪ませ、手のひらをぐっと握って歯を食いしばる。
あまり考えすぎてもいけない、とは理解しているし、死にたくないがために抗っているのだと己に言い聞かせながら行動していることも自身で分かっている。
分かっているのだが、巻き戻ってから付きまとう不安が大きくなってきてしまう。
(……早く、婚約破棄の旨をお伝えしなければいけないわね)
エドワードが動き始めてくれているのは理解もしているが、早く、早く、と気持ちだけが急いてしまいそうになることもあるのだ。
「わたくし……気が小さいのかしら」
ほんの少しだけ自嘲気味に微笑んでから、アレクサンドラは再び眠りについたのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
翌朝、何やらドタバタと部屋の外が賑やかなことになっているな、と思いながらアレクサンドラは目を覚ました。
眠るのが少し遅くなってしまったものの、のそりと起き上がったアレクサンドラは部屋の中に血のシミも何も無いことを念の為に確認してからベッドから降りる。
部屋の扉がノックされ、専属メイドが慌てて駆け込んでくるが、明らかに様子がおかしいことにすぐさま気が付いた。
「何があったの」
「大変です……王家から、お嬢様と旦那様、お二方ともお呼び出しが……」
真っ青な顔で何があったのかを教えてくれたメイドに、アレクサンドラは心配するなと言わんばかりに微笑みかける。
「大丈夫よ、心配しないで」
「お嬢様……」
「お馬鹿さんにきっちり、説明できる良い機会なのだから。あぁそれと……」
そこから先、何を言いたいのかすぐに把握したメイドはすぐさま気持ちを切り替えたのか、表情を引き締めて頭を下げる。
「昨夜の件に関しては、お嬢様、ならびに奥様、旦那様に関わりの深い使用人のみにしか伝達はしておりません」
「ありがとう。引き続きその体制でよろしくお願いするわね」
「はい」
人を一人殺しているにも関わらず、どうしてそこまで冷静になれてしまうのか、と問われれば、アレクサンドラはしれっとこう答えるだろう。
『あの王子の尻拭いよりも簡単じゃない』
更に、今までは従順な王太子妃として常に傍に付き添っていたものの、確認した限りではエスメラルダとべったりしているから、わざわざ付き添う必要もないだろう、と思う。
「やましいことなんて、何も無いわ。やましいことをしているのはむしろあちら側ですもの」
クス、と微笑んだアレクサンドラは、この日が普通の日だと思い、はて、と首を傾げる。
「ねぇ、呼び出しがあったのは良いけれど……わたくしの学校は?」
「休むように、という指示とのことで……」
「学生の本文は勉学だというのに……何と身勝手なのかしらね」
呟いたアレクサンドラは、クローゼットに歩いていき何を着ていこうかと考える。
だが、クローゼットの扉を開いて目に入ってきたのは、どれもこれもシュミットと揃いのものだけでなく、彼の色に設定されたものばかり。
形がどれほど好みだったとしても、色が何も気に食わないな……と思っていたから、これ幸いと言わんばかりにアレクサンドラは数着ドレスを掴み、ばさりとクローゼットから引きずり出す。
「お、お嬢様!?」
「ゴミだから、捨てておいて」
今まで王妃から贈られてきた、アレクサンドラの好みとはまるで正反対のドレスたち。
巻き戻ってきて、遠慮をしないと決めたのだからこちらも遠慮はしないでおこうと決めたのだ。
だから、こんな趣味の悪いドレスともおさらばしてやるんだ、と決めて、王妃から贈られたドレスたちをばさばさとクローゼットの中から出していく。
「……ゴミだらけね」
「もう……ひとまとめにされても、捨てる時は色々な決まりがあるんですからね!」
スッキリした、と言わんばかりの表情をしているアレクサンドラに、専属メイドが遠慮なくツッコミを入れるが、全く気にしていない様子で、くるりと専属メイドに向き直った。
「後で仕立て屋を呼んでちょうだい、今思えば何とも趣味の悪いドレスなんでしょう……」
「もー! お嬢様!」
心底嫌そうに呟くアレクサンドラに対し、どうにか残った数少ない清楚なドレスの中から一着を差し出す。それから専属メイドは『めっ』と軽く注意をするが、アレクサンドラはつん、とそっぽを向いてしまった。
「わたくしのお気に入りのデザイナーじゃなくちゃ嫌よ?」
「呼びますから、まずはお着替えを……!」
「はいはい」
これで、出かける前にとんでもなく大きな憂い事が減ってくれた、と上機嫌になりながら、アレクサンドラはメイドに促されるままに着替えを済ませる。
――さぁ、きちんとわたくしに騙されてくださいませね……王妃殿下。
心の中でそう告げてから、メイドに髪を綺麗にまとめてもらう。
着替えを済ませたアレクサンドラは、きっちりと軍服を着込んでいるエドワードと共に馬車に乗り込んだ。
目指すは王宮。
アレクサンドラもエドワードも、芝居の準備は完璧だと言わんばかりに堂々としている。馬車はがらがらと音を立てて王宮へと向かっていったのだった。




