邪魔者さんは、さようなら
――ほんの少しだけ観察してみた結果から得られた、恐らくこれ以上ない結論は『馬鹿』。
大きなため息を吐いているアレクサンドラを見た親友たちが心配そうにしていたので、友人たちに視線をやってからにこりと微笑みかける。
「どうしましたの?」
「アレクサンドラが何だか……その、とんでもない顔をしているなぁ、って思って」
「……エリ、貴女本当に素直ね。そういうところ、大好きでしてよ」
友人たちとの場だから、うっかりしてしまったな、とアレクサンドラは思いつつ咳払いをしてから改めて口を開いた。
「……その、ね。わたくし、今朝エスメラルダ殿下から絡まれてしまったでしょう?」
「ええ、そうね」
うん、と頷くシルヴィアは朝の様子を思い出してから、困ったように言葉を続けていく。
「あの子、……殿下、って言わなくちゃいけないのは理解しておりますが、あんなにおこちゃまなのに王太女でいられるだなんて、と話題になってるくらいだもの」
シルヴィアの言葉に、他の面々もうんうん、と何度も頷いている。
成程、ということはよっぽどやりたい放題しているんだな、とアレクサンドラは頭を抱えてしまう。休み時間の間に情報収集を繰り返し、次はお昼休み、というところでまさかこんなにもあれこれやらかしの情報が集まってしまうだなんて思っていなかった。
「アレクサンドラは基本的にほぼ王宮で王太子妃教育を受けていたから、知らなかったでしょう」
「フィー……ええ、そうね。まさかこんな事態になっているとは思わなかったし……」
苦笑いを浮かべているフィオナは、肩を竦めつつ色々な情報をまとめているノートを取り出してからはいこれ、とアレクサンドラに差し出した。
「一応ね、ここに書き記しているんだけど……アレクサンドラのことも色々言っているのよ。本当に困ったことに、あまり学校に来ない=成績が悪い、だと勝手に思っているらしくて」
「……ええ?」
「困ったでしょう?」
「……わたくし、テストの時には一応来ているわよね?」
「ええ」
フィオナやエリアージュ、シルヴィアは頷く。
王太子妃教育をしているとはいえ、同時に学園の授業だってまとめて受講はしているのだ。だから、テストに出席して、一定以上の点数を取ることで学園の授業に関しては問題なくついてこれている、と判断してもらっていた。
これは回帰前と同じだよな、とアレクサンドラは一人考える。
「……ちなみにあの方、わたくしの順位って……」
「見ていると思うけど、覚えていない可能性があるのよね……」
「あの王女様、自分に都合の良いものだけ取り入れてる、って感じかも」
「一回見に来て発狂して帰ったけどぉ……信じたくなかった、とかかしらぁ」
アレクサンドラの言葉に対しては、順番に、フィオナ、エリアージュ、シルヴィアが答えていく。
一体どうしてくれようかと悩んでいたが、結果的にはやることは変わらない。とはいえ、どこからどうやってしまおうか、と少しだけ考えていたところに、ふと感じた気配。
(……ああ、殿下ったらようやく寄越してくれたのね……)
アレクサンドラが感じたのは、シュミットから送られてきた『影』の気配。
おおよそ二人、だろうか。
自分を含めて監視されることが嫌だから、とシュミット自身が勝手に外していた王家の『影』。所謂監視役。
それを戻した、ということは男子部でセイリオスが何か行動を起こしたということだろう、とアレクサンドラは推測する。
「……まぁ、良いわ。それくらいのお姫様だ、ということでしょう。周囲を見ることもできやしない、その程度のお人、っていうことでしょう」
「それもそうね」
うんうん、とエリアージュも頷く。
きっとこの会話も、『影』は聞いていることだろう。そうだ、これで良いんだ、とアレクサンドラはこっそりとほくそ笑んで、休み時間を終える。
そして、やって来た昼休憩。
この時間だけは男子部と女子部の生徒が、男子棟と女子棟の中央に位置している食堂に集まって、婚約者同士の交流なども生まれる場所へと変化するのだ。
アレクサンドラは『影』が付いてきていることをきちんと確認し、高笑いをしたい気持ちを必死に抑えながら食堂へと向かう。
今までならば、席を確保してからシュミットのことを待っていたのだが、もうそんなことはしない。したくなんかない。
「アレクサンドラ、良いの?」
「何が?」
「シュミット殿下のことを待っていたのに……」
「ああ……それなんだけどね」
クス、と笑ったアレクサンドラは視線だけで食堂にやって来たシュミットを指した。アレクサンドラの友人たちは何だ、と視線を辿っていけば、すぐさま視界に入ってきたのはエスメラルダと仲睦まじく腕を組み合ってメニューを選んでいる姿。
「まぁ……」
フィオナが嫌そうに顔を顰め、口元を手で覆ってから嫌悪感を露わにした。他の女子生徒たちの中にも怪訝そうな顔をしている生徒は多いが、皆揃ってアレクサンドラに視線を向けてきている。
(……注意? そんなもの、するわけないじゃない。お好きにすればいいんだわ)
「……はぁ」
そんな生徒たちのご期待に応えてあげましょう、と言わんばかりにシュミットの元へ向かったアレクサンドラだったが、彼のところを素通りしてランチメニューを選びに行く。
驚いたのはシュミットとエスメラルダだろう。そして、シュミットの側近たち。
「お、おい!」
「……」
「おい、貴様!!」
アレクサンドラの肩を無理やり掴んで自分たちの方を向かせた側近だったが、まるで射殺さんばかりの視線を向けられ、その場に尻餅をついてしまう。
シュミットやエスメラルダでさえ、一瞬で顔色を悪くしている。
周囲の生徒に至っては、あまりの殺気の濃密さに動けないまま震えている女子生徒までいる始末だ。
「わたくし……『貴様』なんていう名前ではございませんが……?」
尻餅をついているシュミットの側近は、がたがたと震えながら、アレクサンドラを見上げることしか出来ない。
「……聞こえていて?」
「……っ」
聞こえている。
あまりの迫力に返事が出来ないだけだ、と答えを返すことが出来れば、どれだけ楽だろうか。シュミットも彼のことを助けられないままで、どうすれば良いのかと困惑している様子。
「……聞こえていないのかしら。なら、その耳……切り落とす?」
にこり、と微笑んだアレクサンドラの迫力は、とてつもなかった。
王太子妃として……いいや、次期王妃としての教育に片足を突っ込みかけているアレクサンドラは、そもそも公爵令嬢であり、騎士を多く輩出しているという家柄を考えるとこの迫力も当然かもしれない。
「ねぇ……どうしたい?」
シュミットは、必死に考えていた。
アレクサンドラのこの愚考を己の母――つまり王妃に告げ口してしまえば、婚約者を自身にくっついているエスメラルダに変更できるかもしれない。
だが、そうしてしまえば同時に『アレクサンドラに対して暴力行為を働いた己の側近を御せなかった」という事実まで伝わってしまう。
(くそ……!)
どう足掻いても、シュミットが悪い。そう決めつけられてしまうことは明白だし、彼の母である王妃はアレクサンドラのことを大変気に入っているのだ。
勿論それは『シュミットの尻拭いをしてくれる便利な道具として』であるが、現状はアレクサンドラ以外にシュミットの尻拭いが出来る人材はいない。そんな稀有な存在を手放すくらいなら、公衆の面前で、辱めとも言えるレベルのとんでもない雷を落とされてしまうことだろう。
「……そういえば、お前……殿下の側近ねぇ……?」
「ひ、っ」
「殿下……この者の処理についてはお任せしてもよろしくて?」
「あ、あぁ……そう、だな」
頬が引きつるものの、シュミットにははい、と言うしかない。
エスメラルダも、まさかこんなことになるなんて、と顔を引きつらせている。
何事もないようにしているのは、アレクサンドラの友人たち、そしてセイリオスだけだ。双方一瞬だけ視線を合わせ、そしてどちらからともなく逸らせば二家の関係を知っている者たちが勝手に話を大きくしてくれる上に、アレクサンドラとセイリオスが交流を持っているとは思わないのだから。
(さて……これで『影』はほぼ間違いなく夜にでもわたくしの部屋に侵入してくる。ならば……)
アレクサンドラはへたり込んでいるシュミットの側近をまた無視し、友人たちを手招きしてからランチメニューを選びにかかる。
セイリオスもシュミットに何やら耳打ちしてから、アレクサンドラの少し後ろでメニューを選んでいる。
(後で、セイリオス様にご連絡しておきましょうか。お手洗いに行けばさすがの『影』とはいえ入ってこないでしょうし)
側近のやらかしの処理に手間取ってしまい、シュミットがいつもとアレクサンドラの行動の違いに気が付かないまま、結局はその日が終了してしまった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「……」
自宅に帰宅し、アレクサンドラが寝静まったであろう深夜の時間帯、『影』が彼女の部屋へと侵入してきた。
すぅすぅと寝息が聞こえているが、『影』は容赦なくアレクサンドラの体を揺らした。
「ん……」
「お目覚めください、アレクサンドラ様」
「何……かしら」
わざと『今起きました』という風を装って起きたアレクサンドラは、身体を起こして『影』に対峙する。
「昼間の行動についてですが……あれは一体どういう意図があって……」
「……意図?」
「貴女様は、シュミット殿下をお支えする立場でございます。それが、あのような……」
更に言葉を続けようとしたが、それは叶わなかった。
「…………え?」
ごぷ、と口から血が溢れる。
「……お支えする、ですって? 嗚呼、何てくだらない」
喉元を押さえているその人は、信じられない、という顔でアレクサンドラを見つめている。
彼女の手には、とても小さいナイフが握られており、血がぽたぽた、と滴っていた。
「支えるだなんて、真っ平ごめん。ああそれと、貴方のことはきちんと処理して差し上げますので、ご安心くださいませ…………って」
あらいけない、とアレクサンドラは嗤う。
「もう、聞こえていないわね」
アレクサンドラが嗤う中、すっと彼女の専属メイドが部屋に入ってきた。
「処理をお願いね。王妃様には……そうねぇ、上手く言いましょう。こいつに襲われた……とか、どうとでもなるわ。あの人、道具のわたくしが居なくなるのをとぉっても嫌がるから」
「承知いたしました、我ら、万が一があればそのように」
深々と頭を下げ、メイドは部屋を後にする。
「――これで良く眠れるわ」
ふぁ、と欠伸をしてからアレクサンドラはベッドに潜り込んだ。目覚めれば、とても良い朝がやってくることだろう。




