↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【4作目・執筆中】青嵐の旗を掲げて ~地方議会・立志激闘篇~  作者: 立花大二
第六部:闇の取引と深淵篇

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
85/96

第八十五話:爆弾の完成

 建設部の人事異動表を開いたまま、晴斗は夜を越した。


 画面には、職員の名前と異動先だけが並んでいる。係長補佐から主査へ。建設部から危機管理課へ。退職。晴斗はその一つ一つへ、匿名ファイルの数字や、図書館で見た支出記録を重ねていった。


 資料を追うほど、人の名前が増える。


 名前が増えるほど、晴斗の中から人の顔が消えていく。


 朝、窓の外が明るくなった頃、晴斗は一人の退職者の名で手を止めた。元建設部の文書担当。二年前に早期退職し、今は市内の測量会社に勤めている。匿名ファイルのキャビネット写真が撮られた時期、彼はまだ庁舎にいた。


 晴斗は電話番号を探した。


 市のOB会名簿には載っていない。会社の代表電話へかければ、本人につながるかもしれない。だが、こちらの名前を出した瞬間、相手は身構えるだろう。神崎側へ連絡が行く可能性もある。


 それでも、晴斗は受話器を取った。


 昼過ぎ、晴斗は測量会社の近くにある喫茶店で男を待っていた。


 店内には、昼休みを終えた会社員が二、三人いるだけだった。窓際の席からは、県道を走る大型車が見える。晴斗はコーヒーを一口も飲めず、テーブルの下で封筒の端を何度も押さえた。


 約束の時間を十分過ぎて、男が入ってきた。


 六十代半ばくらいだろう。背広ではなく、紺色の作業着を着ている。晴斗を見つけると、露骨に顔をしかめた。


 「木島議員が、私に何の用です」


 男は座らずに言った。


 晴斗は、事前に用意していた名刺を差し出した。


 「令和元年度の広域防災啓発業務について、資料の保存状況を確認したいんです」


 男は名刺を受け取らなかった。


 「退職した人間に聞くことじゃない」


 晴斗は封筒から、キャビネットの写真を半分だけ見せた。赤いテープの文字が見える程度に、紙を机の上へ置く。


 男の目が変わった。


 「それを、どこで」


 声は低かったが、さっきよりも硬い。


 晴斗は答えなかった。答えれば、匿名の職員を探すきっかけになる。けれど、男の反応を見た瞬間、晴斗の中で別の計算が動き始めた。写真をもっと見せれば、話すかもしれない。異動表のことも、娘が県庁の臨時職員をしていることも、自分は知っている。


 その考えが浮かんだ時、胸の奥が冷えた。


 晴斗は写真を封筒へ戻した。


 「資料の出どころは言えません」


 男は椅子を引いた。帰るつもりなのだと思った。


 「ただ、あなたが保管場所を知っているなら、市民として、消される前に確認したい」


 男の手が止まった。


 窓の外をトラックが通り、店のガラスが震えた。男は長い間、晴斗を見ていた。その目には、警戒と、わずかな軽蔑が混じっている。


 「市民として、ですか」


 晴斗は頷いた。


 男はようやく椅子へ腰を下ろした。


 「別冊は、正式な簿冊じゃない。部長が持ち回りで保管していた、会議の覚え書きだ」


 男はテーブルの砂糖入れを指先で回しながら話した。県の担当者や業者が来た時、誰が何を言ったか。正式な議事録には残せないことを、手書きで残していた。後で責任を押しつけ合う時のために。


 「どこにありますか」


 晴斗が尋ねると、男は笑わなかった。


 「もうないはずです」


 「はず、というのは」


 男は窓の外へ目を向けた。


 「廃棄すると言われた日に、一冊だけ見当たらなかった。誰かが持ち出したのか、誰かが隠したのか。私は知らない」


 その後、男はコーヒーを頼まずに店を出た。


 晴斗は一人残り、テーブルへ置かれた砂糖入れを見た。回るものは、少しの力で止まる。だが、一度回り始めた疑いは、そう簡単には止まらない。


 事務所へ戻ると、机の上に茶封筒が届いていた。差出人はない。


 中には、黒い表紙の手帳のコピーが入っていた。県の課長補佐、神崎秘書、叶野建設専務。日付の横に並ぶ名前。最後のページには、短い手書きの文があった。


 市長には市川から話を通す。葉山は動く。


 晴斗は紙を持ったまま、立ち尽くした。


 これなら、神崎と市川と業者の線をつなげられる。


 爆弾は、形になり始めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。