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【4作目・執筆中】青嵐の旗を掲げて ~地方議会・立志激闘篇~  作者: 立花大二
第六部:闇の取引と深淵篇

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第八十話:凍った告白

 翌朝、晴斗の携帯電話に係長から短いメッセージが届いた。


 話します。午前十時、城山公園の東屋で。


 それだけだった。


 晴斗は画面を見つめたまま、事務所の窓際に立った。夜の雨は上がっていたが、空はまだ低い雲に覆われている。道路の水たまりを、通勤の車が濁った水ごと跳ね上げて通り過ぎた。


 係長が何を話すつもりなのか、晴斗には分からない。


 昨夜の顔を思い出すと、期待より先に嫌な予感がした。追い詰めた人間が口を開く時、そこには事実だけでなく、守りたいものを手放す痛みがある。自分はそれを受け取る資格があるのか。そう考えながらも、晴斗は約束の時刻より早く公園へ向かった。


 城山公園は、冬になると人が少ない。桜並木は葉を落とし、枝の間から市街地が見える。東屋の屋根には、昨夜の雨がまだ残っていた。風が吹くたび、雫が一つずつ木の床へ落ちる。


 係長は先に来ていた。


 ベンチに座り、膝の上へ薄いビニール袋を置いている。スーツの襟元は整っていたが、靴には泥がついていた。家から出る時、急いだのかもしれない。


 晴斗が近づいても、係長はすぐに顔を上げなかった。


 「昨日は、すみませんでした」


 最初にそう言ったのは、晴斗だった。


 係長は短く笑った。笑ったというより、息が漏れただけだった。


 「謝らなくていい。君は、必要なことをしているつもりなんだろう」


 晴斗は答えなかった。


 係長はビニール袋を膝から下ろした。中には、古いUSBメモリと、折り目のついたメモ帳が入っている。


 「設計変更は、現場の判断じゃない」


 男の声は、凍った地面を踏む時のように硬かった。


 「県から連絡があった。直接ではない。部長のところへ電話が入って、その日のうちに会議が組まれた。会議といっても、議事録は残していない」


 晴斗はメモ帳を見た。表紙には、道路整備課と印字されている。係長はページを開き、会議の日付と出席者の名字を指で示した。


 そこには、市の部長、副市長、県土木部の課長補佐、そして叶野建設の専務の名前があった。


 「業者が市役所にいたんですか」


 晴斗の声が低くなった。


 「表向きは、別件の打ち合わせだ」


 係長は視線を落とした。


 「でも、皆分かっていた。あの工事は、最初の計画のまま進めれば、採算が合わないと。県の補助金を増やすには、事業の理由を作り直す必要があった」


 東屋の外を、小学生の列が通っていった。引率の教師が、車道側へ子どもを寄せている。赤い帽子が風に揺れ、すぐに木立の向こうへ消えた。


 係長はその背中を見送った。


 「私は、回ってきた文書へ印を押しただけです」


 言葉の終わりに、男の唇が震えた。


 晴斗は、昨夜ならその言葉を逃げだと思ったかもしれない。

だが今、係長の手を見ていると、印を押しただけという言葉の中に、何年も積もった恐怖があるのが分かった。


押さなければ次の仕事が来なくなる。

異を唱えれば、家族の勤め先まで知られる。

そんな空気の中で、正しいことを言える人間がどれほどいるのか。


 「なぜ、今になって話すんですか」


 係長は、ビニール袋の口を何度も折り直した。


 「昨日、君に会って怖かった」


 晴斗の胸が詰まった。


 「神崎が怖いのと同じくらい、怖かった。君も、資料を持って、私が何を失うか知っている顔をしていた」


 晴斗は返す言葉を失った。


 係長はUSBを東屋の机に置いた。


 「これは、会議の後に部長の端末からコピーしたものです。使えば、あの人たちは困る」


 晴斗は手を伸ばしかけ、止めた。


 「家族のことは」


 係長は首を横に振った。


 「君に守ってもらうつもりで渡すんじゃない。もう、誰かの守るという言葉を信じられない」


 冷たい風が東屋へ吹き込んだ。


 「ただ、これを持ったまま、自分だけ助かるのも嫌なんです」


 晴斗は、USBをすぐには取らなかった。自分が受け取れば、この人の生活はさらに危うくなる。拒めば、係長はまた一人で抱えることになる。


 ようやく晴斗は、机の上のUSBを両手で包んだ。


 「あなたの名前は、僕が勝手に使いません」


 係長は顔を上げた。


 晴斗は続けようとして、言葉を選んだ。


 「使うかどうかも、僕一人で決めません」


 係長は何も言わなかった。ただ、凍えていた表情がほんの少しだけ緩んだ。


 東屋の屋根から、最後の雫が落ちた。


 その小さな音を、晴斗は長い間、聞いていた。

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