↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【4作目・執筆中】青嵐の旗を掲げて ~地方議会・立志激闘篇~  作者: 立花大二
第六部:闇の取引と深淵篇

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
78/96

第七十八話:闇を掘る手

 相沢から届いたデータを、晴斗は夜が明けるまで読み続けた。


 画面には、企業名と日付、短い連絡文が並んでいる。どれも一枚だけを見れば、ただの事務的なやり取りにしか見えない。だが、葉山市の南口再開発、県道改修、広域防災拠点の資料を横に置くと、同じ名前が何度も浮かび上がった。


 叶野建設。


 神崎の後援会が開いた政治資金パーティーの購入者名簿にも、その会社の名があった。金額は大きくない。けれど関連会社まで含めれば、毎年ほぼ同じ時期に、同じ団体へ金が流れている。


 晴斗は印刷した紙を床へ広げた。


 県。

 市。

 ゼネコン。

 地域経済研究会。


 赤いペンで線を引く。一本の線が、次の線を呼ぶ。机の脇には、結衣が昔使っていた色鉛筆が残っていた。市民相談を地図へ書き込む時、結衣は危ない交差点を赤、暗い街灯を青、子どもの遊び場を緑で塗っていた。


 あの地図には、街で暮らす人の困りごとがあった。


 今、晴斗が作っているのは違う。


 誰がどこで嘘をつき、どこに金を隠し、どの弱みを握られているかを探すための地図だった。


 その違いを認めたくなくて、晴斗は赤い線をさらに濃くした。


 昼過ぎ。事務所の扉が開いた。


 健太だった。


 晴斗は立ち上がらなかった。健太が戻ってきたわけではないと、入口で靴を揃える仕草を見れば分かった。健太は室内の床に広がった資料と、壁へ貼られた紙を黙って見た。


 「……すごいですね」


 声は、褒める声ではなかった。


 「こんなに見つけたんですか」


 「まだ足りない」


 晴斗は画面から目を離さずに言った。


 健太は赤い線の一本を目で追った。


 「この人たち、みんな悪い人なんですか」


 「神崎に従って、街を売ってきた」


 「家族がいる人も?」


 晴斗の手が止まった。


 健太は、しばらく答えを待ったが、やがて小さく息を吐いた。


 「美咲さんから聞きました。晴斗さん、役人の人に家族のことを言ったって」


 「神崎が先にやっている」


 「だから、晴斗さんもやるんですか」


 窓の外で、配送車のバック音が鳴った。短い電子音が、やけに長く続く。


 晴斗は答えなかった。


 健太は一歩だけ近づいた。


 「俺たちが作りたかったのは、こういう地図じゃないと思います」


 「僕たちには、もう正攻法で戦う時間がない」


 「それでも、駄目です」


 健太の声が震えた。


 「晴斗さんが神崎県議を倒しても、晴斗さんまで同じものになったら、俺は喜べない」


 晴斗は机の上のUSBを握った。


 健太の言葉を聞けば、手が止まる。


 だから、聞かないようにした。


 「帰ってくれ」


 健太の目が揺れた。


 「晴斗さん」


 「今は、誰の声も聞けない」


 健太は何も言わず、ゆっくり扉を閉めた。


 閉まる寸前、赤い線の貼られた壁が一瞬だけ見えた。


資料を照合する作業は、夜が深くなるほど単調になった。

日付、決裁番号、担当課、添付の有無。数字の列を追っていると、人の顔が消えていく。


晴斗は途中で手を止め、メモの端へ関係者の名前を書いた。

数字の向こうにも、帰る家と、守りたい生活がある。


そのことを忘れた瞬間、闇を掘る手は誰かを埋める手へ変わる。


午前二時を過ぎると、窓ガラスに映る自分の顔が見知らぬものに見えた。

晴斗は資料を読むために眼鏡を外し、目頭を押さえた。


眠れば判断が鈍る。

そう思って眠らないことを選んできたが、眠らない人間の判断が正しいとも限らない。


机の端には、結衣が以前置いていった栄養ドリンクの空き瓶があった。

誰かが心配していた時間さえ、晴斗は作業の邪魔として脇へ寄せてきた。


 朝が近づく頃、外から新聞配達のバイクの音がした。

街は新しい一日を始めようとしている。


晴斗は画面を閉じ、資料の束へ手を置いた。

闇を掘り当てたと思うほど、手についた土を誰かへ見せられなくなっていた。


誰かを守るために始めたはずの手が、闇を掘る道具に変わっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。