第六十話:闇を裂く夜
事務所を取り囲むマスコミの怒号とフラッシュの嵐。
「僕が勝手口から囮になってマスコミを引きつけます!」
健太が上着を羽織り叫んだ。
「その隙に晴斗さんと結衣さんは裏から脱出して佐藤一郎の勤務先へ向かってください!」
「健太、無茶だ!」
「僕なら大丈夫です! 青嵐の会を潰させてたまるものですか!」
健太はそう言うと勢いよく表のドアを開けフラッシュの渦へと飛び出していった。取材陣を一斉に引きつける健太の怒声が聞こえる間に、晴斗と結衣、美咲は勝手口から豪雨の路地裏へと滑り出た。
時刻は午後八時。明朝の特別監査まで残り十時間。
晴斗たちは佐藤一郎が籍を置く市内郊外の「叶野建設」の資材置場へと車を走らせた。雨の降りしきる暗闇の中、資材置場のプレハブ事務所には不自然に明かりが灯っていた。
「晴斗さん、見て……」
結衣が息をのんで指をさした。
プレハブの窓越しに、男たちが段ボール箱から書類を取り出しシュレッダーに放り込んでいる姿が見えた。
「証拠隠滅だ……! 市川の手回しか!」
晴斗は躊躇することなくプレハブのドアを強く叩き開けた。
「何だお前たちは! 勝手に入るな!」
作業していた作業着の男たちが顔色を変えた。その中央で動揺に震えていた中年男性こそが、市川の筆頭秘書の義弟でありダミー会社「葉山政策経済研究所」の代表・佐藤一郎だった。
「佐藤一郎さんですね」
晴斗は足元に散らばる書類の破片を踏み越え、真っ直ぐに佐藤を見つめた。
「市川幸太郎議員からいくら受け取っていたんですか。あなたの会社を経由して還流された年間八百万円の政務活動費のゆくえについて話してください」
「し、知らない! 私は名前を貸していただけだ!」
佐藤はうろたえ背後のシュレッダーを庇うように立ち塞がった。
「名前を貸しただけでも公金横領の共犯です!」
結衣がパソコンを開き、法務局の印鑑証明と市議会の支出明細を突きつけた。
「この研究所口座から毎月引き出されている百万円単位の現金……。あなたが引き出して市川議員の筆頭秘書に手渡していたんじゃないですか!?」
「言えるわけがないだろう!」
佐藤の叫びに悲痛な色が混ざった。
「言ったらこの会社も俺の家族もこの街で生きていけなくなる! 市川先生の恐ろしさを知らないからそんな口が叩けるんだ!」
「知っています」
晴斗の声が激しい雨音を突き破った。
「僕たちも今、奴の手によって汚職議員の濡れ衣を着せられすべてを奪われようとしています。だがあなたがここで口を閉ざせば、市川の不正の罪をすべてあなた一人に着せられて終わりだ! 奴は絶対にあなたを守らない!」
佐藤の手が激しく震え始めた。
「僕に……僕に真実を話してください。この街の不当な支配を終わらせるために!」
晴斗の強い眼差しに押され、佐藤はガタリと膝を突いた。
「……あいつだ」
佐藤は掠れた声で呟いた。
「毎月第1月曜日に……引き出した現金を金庫から出して市川先生の筆頭秘書に直接手渡していた。その受領記録と現金出納帳の控えが……その棚の奥の金庫に入っている……!」
午前二時。
事務所に戻った晴斗たちは、佐藤から託された「裏金受領簿」のデータと金銭出納帳の原本をデスクに広げた。
そこには明確に市川の筆頭秘書の署名と、現金で還流された総額四千万円以上の詳細な日付が記録されていた。
「勝った……!」
若林が血の滲む拳を握りしめた。
「これで市川の息の根を止められる! 捏造された僕たちのスキャンダルもすべて奴の工作だと証明できる!」
しかし結衣は青ざめた顔で画面を見つめたままだった。
「晴斗さん……大変よ。ネットの炎上が収まらないわ。地元のテレビ局まで明日の朝一番で僕たちの『辞職勧告』を求める市民団体の街頭デモを生中継すると発表しているわ」
市川の流した劇薬は完全に市民の判断力を奪っていた。
「監査が入るのが明朝九時。その前に僕たちが記者会見を開いてこの裏帳簿を公表しなければ……監査委員によって僕たちの書類が差し押さえられ、世論の波に押し潰される」
晴斗は時計を仰いだ。残り時間はあと6時間。
「会見を開く。明日の朝八時三十分。特別監査が入る直前の市役所記者クラブでだ」
晴斗の瞳に暗闇を裂くような鋭い光が宿った。
捏造された虚飾の汚職スキャンダルと、泥沼の暗闇から掘り起こした本物の爆弾。
運命の夜明けとともに、青嵐の会と市川幸太郎の最終決戦の火蓋が切られようとしていた。




