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【4作目・執筆中】青嵐の旗を掲げて ~地方議会・立志激闘篇~  作者: 立花大二
第四部:洗礼篇

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第四十話:四年という時間


議員としての日々は飛ぶように過ぎていった。

晴斗が初めて議会の門を叩いてから三年以上の月日が流れていた。

彼の物置同然だった控室には市民から寄せられた陳情の書類や調査のための資料が山のように積み上がっている。

あの頃の何も知らなかった青年の面影はもうどこにもない。

彼の顔には幾多の理不尽や敗北と戦い抜いてきた男の深い苦悩と責任の色が刻み込まれていた。


彼は変わった。

そして議会も少しずつ変わっていった。

晴斗の執拗なまでの「見える化」作戦によってもはやベテラン議員たちもあからさまな職務怠慢はできなくなっていた。

そして何よりも大きな変化は晴斗がもはや完全に孤立してはいないということだった。


若林は最大会派の中で声を殺しながらも水面下で晴斗に情報を流し続けていた。それは危険な綱渡りだったが彼の若き良心がそうさせていた。

橋本は相変わらず晴斗とは群れることはない。だが議場で晴斗が市政の核心を突く質問をした時。彼女は必ず援護射撃のように全く別の角度から、しかし同じ的を射抜く鋭い追及を行った。

二人の阿吽の呼吸は「静かなる共闘」として議会内で密かに恐れられるようになっていた。


だが晴斗の四年間の戦いは決して勝利の連続ではなかった。

むしろその逆だ。

彼が提出した条例案はそのほとんどが最大会派の数の力によって否決され続けた。

渾身の一般質問は相変わらず「前向きに検討」という魔法の言葉ではぐらかされ続ける。

再開発計画も彼の抵抗むなしく着々と準備が進められていた。


「……俺はこの四年間、一体何を成し遂げられたんだろう」

一期目の任期が残り半年を切ったある夜。

事務所で晴斗はぽつりと結衣に弱音を吐いた。

彼の元には四年前の選挙の時に作った一枚のチラシがあった。

そこには青臭くも熱い理想の言葉が並んでいる。

『市民の声が届く議会へ!』

『再開発計画の白紙撤回を!』


「……何も実現できていない。俺は俺に一票を投じてくれた市民との約束を何一つ守れていないんだ」

その声は悔しさと自己嫌悪に満ちていた。

結衣は何も言わず黙って晴斗の淹れたてのコーヒーを差し出した。


「……そんなことないよ」

しばらくして彼女は静かに言った。

「あんたは何も変えられなかったって言うけど。そんなこと絶対にない」

彼女は窓の外を指さした。

事務所の窓からは葉山の夜景が一望できた。

「あの桜ヶ丘の暗い道。覚えてる? あんたがしつこくしつこく議会で言い続けたからあそこの街灯、この前やっと全部LEDに変わったんだよ。知ってた?」

「え……?」


「緑道公園の壊れてたベンチも新しくなった。市役所行きのバスも本数は増えなかったけどルートが見直されて少しだけ便利になった。……全部あんたが議会でたった一人で叫び続けてくれたおかげだよ」

それらは新聞の一面に載るような大きな成果ではない。

再開発計画を止めるような派手な勝利でもない。

だがそれは確かにこの街で暮らす人々の日常を少しだけ良くした小さな、しかし尊い変化だった。


「あんたは大きな約束はまだ守れてないかもしれない。でもね、あんたはもっとたくさんの小さな小さな声に応え続けてきたじゃない」

結衣の温かい言葉が晴斗のささくれ立った心をゆっくりと溶かしていく。


そうだ。

自分は無力ではなかった。

大きな城壁を崩すことはできなくてもその壁の足元に名もなき花を一輪咲かせることはできたのかもしれない。


「……ありがとう、結衣」

晴斗はそれだけ言うのが精一杯だった。


だが感傷に浸っている時間は残されていなかった。

次回の市議会議員選挙が刻一刻と近づいている。

一期目の議員が最も恐れる再選への審判の時だ。


「……次の選挙、厳しい戦いになるわね」

結衣が心配そうに言った。

「市川さんたち、今度こそ本気であんたを潰しにくるはずよ」


その言葉通り市川率いる最大会派は水面下で着々と準備を進めていた。

晴斗の選挙区に強力な新人候補を擁立するという噂。

晴斗に関する新たなネガティブキャンペーンを仕掛けてくるという不穏な情報。


実績がない。

口先だけで何も変えられなかったじゃないか。

敵は必ずそこを突いてくるだろう。


晴斗は自分の四年間を振り返った。

失ったものも多かった。

だが得たものも確かにある。

若林と橋本という声なき戦友。

そして何よりも自分を信じ支え続けてくれた市民との絆。


それらを武器にもう一度戦えるだろうか。

いや、戦わなければならない。

この四年間が無駄ではなかったと証明するために。

そしてまだ道半ばの約束を果たすために。


晴斗は冷めかけたコーヒーを一気に飲み干した。

その苦い味が彼の決意を新たにさせた。

一期目の戦いはまだ終わっていない。

最後のそして最大の戦いがすぐそこまで迫っていた。

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