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【4作目・執筆中】青嵐の旗を掲げて ~地方議会・立志激闘篇~  作者: 立花大二
第四部:洗礼篇

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三十九話:もう一人の「造反者」


若林との密かな共闘関係が潰えてから数週間。

議会はまるで何もなかったかのように元の静かで澱んだ空気に戻っていた。

若林は最大会派のその他大勢の議員の一人として再び口を閉ざすようになった。廊下ですれ違っても気まずそうに目を伏せるだけだ。晴斗も彼に声をかけることはなかった。


晴斗の孤立は元に戻った。

いや以前よりも深まっていた。一度仲間になりかけた議員を市川に力でねじ伏せられた。その見せしめのような一件は他の傍観者たちの心をさらに固く閉ざさせるのに十分だった。

「木島に関わるとろくなことにならない」

そんな無言の空気が議会全体を支配していた。


だが晴斗は淡々と自分の戦いを続けた。

委員会の傍聴と記録。市民の声のヒアリング。そしてSNSでの情報発信。

彼のその愚直なまでの姿勢はもはや彼の日常の一部となっていた。


季節は冬を迎えようとしていた。

その日の本会議。議題は来年度の市の当初予算案に関する質疑だった。

市の一年間のお金の使い道。議会にとって最も重要な議案だ。


例年通り質疑は形式的なものに終始していた。

市長が予算案の概要を説明し各会派の代表が当たり障りのない質問を数点するだけ。

予算案はほぼ原案通り可決される。それが長年の慣例だった。


晴斗はこの日のために膨大な予算書の数字の羅列を何日もかけて読み込んでいた。

そしていくつかの看過できない問題点を見つけ出していた。

不要不急としか思えないハコモノ建設の計画。

市長の後援団体への不明瞭な補助金。

その一つ一つを質そうと彼は発言を求めた。

だが議長は晴斗の挙手を完全に無視し早々に質疑を打ち切ろうとした。

「……他に御質疑もないようですのでこれより採決に入りた……」


「お待ちください議長!」

その静かな、しかし凛とした声は議場の誰もが予想しない方向から響いた。

声の主は小さな左派政党に所属するベテランの女性議員。

橋本はしもとだった。

以前晴斗の公園条例案に一度だけ賛意を示したあの議員だ。


議場がざわついた。

彼女は一体何を言い出すのか。

「……橋本議員どうぞ」

議長がいらだたしげに発言を促す。


橋本はゆっくりと立ち上がった。

彼女はまず晴斗の方をちらりと見た。その目に敵意はなかった。

そして正面の市長と執行部をまっすぐに見据えた。


「……私もこの予算案には看過できない問題点があると考えております」

彼女の声は落ち着いていたがその一言一言には長年の議員経験に裏打ちされた重みがあった。

「特に問題なのは福祉関連の予算です。高齢者向けのデイサービスへの補助金が前年度比でなぜ一律五パーセントもカットされているのか。その合理的な説明が一切なされておりません」


それは晴斗が見つけ出した問題点とは別の全く新しい角度からの指摘だった。

彼女は彼女で一人この予算案と戦っていたのだ。


「市長。あなたは選挙のたびに『市民の暮らしを守る』とおっしゃってきた。ならばお答えください。この予算削減によって日々のささやかな楽しみを奪われるお年寄りたちの暮らしをあなたはどう守るというのですか」

その問いは市川や最大会派の男性議員たちには決してできない生活者の視点に立った鋭い一撃だった。


市長は答えに窮し隣に座る福祉部長に助けを求めるように視線を送る。

福祉部長がしどろもどろになりながら「財政の健全化のため……」と苦しい答弁を繰り返す。


橋本は容赦しなかった。

「財成の健全化ですか。ならばお聞きします。その一方でなぜ市長の公用車の買い替え費用八百万円は満額計上されているのですか。お年寄りのささやかな幸せと市長の新しい高級車。どちらがこの市の財政にとって優先されるべき課題なのでしょうか!」


完璧なカウンターだった。

議場は静まり返った。

誰もが彼女の圧倒的な論理と気迫の前に言葉を失っていた。


その孤高の戦いぶりはまるで少し前の自分を見ているようだと晴斗は思った。

そうだ。

この議会の中で古い権力と戦っているのは自分だけではなかったのだ。

党派も考え方も違う。

だが市民のためにという一点において同じ志を持つ人間がここにもう一人いた。


結局その日の予算案の採決は最大会派の数の力によって押し切られ原案通り可決された。

橋本もそして晴斗も敗れた。


だが。

本会議が終わった後。

晴斗が一人廊下を歩いていると後ろから声をかけられた。

「……木島議員」

橋本だった。

彼女は晴斗の隣に並ぶと前を向いたままぽつりと言った。

「……あなたのおかげよ」

「え?」

「あなたが議会の空気を変えてくれた。あなたのあのなりふり構わない戦い方が私にも勇気をくれたのよ。……忘れていた何かを思い出させてくれた」


そして彼女は初めて晴斗の顔を見て少しだけ微笑んだ。

「……ありがとう」

その一言だけを残し彼女はすっと去っていった。


晴斗はその場に立ち尽くしていた。

胸の奥が熱い。

若林とは違う。

彼女は決して自分と馴れ合うことはないだろう。

だが確かに魂の一番深いところで繋がった。

共に戦う戦友として。


一人また一人。

さざ波は確かに広がっている。

それはやがてこの澱んだ議会の分厚い壁を打ち破る大きなうねりになるかもしれない。

晴斗はそのかすかな、しかし確かな予感を胸に冬の冷たい空気が満ちる廊下を再び歩き始めた。

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