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【4作目・執筆中】青嵐の旗を掲げて ~地方議会・立志激闘篇~  作者: 立花大二
第四部:洗礼篇

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三十七話:初めての「賛成討論」


季節は巡り晴斗が議員になってから半年が過ぎた。

議会内での「村八分」は相変わらず続いていた。だが晴斗はもうそれを苦痛だとは感じなくなっていた。佐伯の言う通り彼は観察者として冷徹な目で同僚議員たちの一挙手一投足を見つめ続けていた。


彼の「議会の見える化」作戦もすっかり市民の間に定着していた。

健太が作るキャッチーな「議会だより」は市の公式な広報誌よりも読まれているとまで噂されるようになっていた。

その結果、議場には以前では考えられなかったような変化が生まれ始めていた。


あれだけ目立っていた居眠りをする議員がいなくなったのだ。

いつ晴斗に写真を撮られネットに晒されるかわからない。その無言の圧力がベテラン議員たちの弛緩した空気を引き締めていた。

野次も減った。下品な野次を飛ばせば次の日には「〇〇議員、品位なき野次!」という見出しで市民の知るところとなるからだ。


議会は表面上、健全な緊張感を取り戻しつつあった。

もちろん市川をはじめとする最大会派の議員たちは腹の底で煮えくり返っていたが市民の目を意識せざるを得ず晴斗へのあからさまな妨害もできなくなっていた。


そんなある日のこと。

文教福祉委員会で一つの条例案が議題に上がった。

それは「児童の公園利用における安全確保に関する条例」という小さな条例案だった。

きっかけは晴斗が市民から直接受け取った一つの声。

「公園の古い遊具で子供が怪我をした。市はちゃんと安全点検をしているのか」

その声を元に晴斗が事務所の仲間たちと一から作り上げた初めての議員提出条例案だった。


内容はごくささやかなものだ。

市内の全ての公園の遊具の定期的な安全点検を義務付ける。そしてその結果を市民に公表する。

ただそれだけの誰もが反対するはずのない条例案。

晴斗はそう信じていた。


だが現実は甘くなかった。

委員会室。

晴斗が条例案の趣旨を説明し終えると最大会派のベテラン議員が腕を組みふんぞり返って口を開いた。

「……木島議員の熱意は買う。だがねこんな条例は必要ない」

「……とおっしゃいますと?」

「市は今までも必要に応じて点検を行ってきた。それをわざわざ条例で縛ることはない。現場の裁量を奪うだけだ。それにだ。全ての遊具を定期的に点検しその結果を公表する、などと……。そんな余計な仕事ばかり増やしてどうする。役所の負担が増えるだけだ」


それは典型的な抵抗勢力の論理だった。

「前例がない」「現場が混乱する」「予算がない」。

彼らは常にその言葉で新しい変化の芽を摘み取ってきたのだ。

他の最大会派の議員たちも次々と同調する。

「そもそも子供の怪我は親の監督責任の問題だろう」

「こんな細かいことまで議会が口を出すべきではない」


あっという間に委員会室の空気は「条例案否決」の方向へと流れていく。

晴斗は唇を噛んだ。

またこれか。

どんなに正しく小さな一歩でさえこの古い壁は阻もうとするのか。


絶望的な空気が支配する中。

委員会の末席に座っていた一人の若い議員がおずおずと手を挙げた。

当選二回。父親の地盤を継いだ二世議員の若林わかばやしだ。彼は最大会派に所属してはいるがいつもつまらなそうに議論を聞いているだけの影の薄い青年だった。

佐伯のリストによれば『疑問を感じているが逆らう勇気のないお坊ちゃん』。


「……若林議員どうぞ」

委員長が意外そうな顔で発言を促す。


「……あ、あの……」

若林は緊張で声が上ずっていた。

「わ、私もこの条例案には賛成です」


その一言に委員会室が一瞬静まり返った。

最大会派の中からまさか造反者が現れるとは誰も思っていなかったのだ。

ベテラン議員たちがギロリと若林を睨みつける。


若林はその射るような視線にびくりと肩をすくめた。

だが彼は震える声で続けた。

「……私の選挙区にも小さな子供を持つ親御さんがたくさんいます。そして彼らが一番望んでいるのは大きな再開発なんかじゃありません。子供たちが毎日安心して遊べる公園です。……木島議員のおっしゃることは決して特別なことじゃありません。行政として当たり前の責務です。それを今まで怠ってきた我々の方に問題があるのではないでしょうか」


それは決して流暢な演説ではなかった。

だがそこには確かな誠実さがあった。

彼は初めて会派の顔色を窺うのではなく自分の言葉で語ったのだ。


「……生意気な」

ベテラン議員が吐き捨てる。

だが若林の勇気ある一言は委員会室の空気にかすかな風穴を開けた。


その時だった。

もう一人別の議員が手を挙げた。

小さな左派政党に所属するベテランの女性議員だった。彼女は今まで晴斗とは距離を置いていた。

「……私もこの条例案の趣旨には賛同いたします。子どもの安全は党派を超えた問題です」


一人。

また一人。

晴斗が起こしたさざ波。

そして若林が勇気を振り絞って投じた一石。

それらが共鳴し今まで動かなかった傍観者たちの心を揺さぶり始めたのだ。


その日の委員会での採決。

結果は賛成四、反対五。

わずか一票差で条例案は否決された。

晴斗は負けた。


だがその敗北は今までの無力な敗北とは全く意味が違っていた。

委員会室を出た晴斗に若林が駆け寄ってきた。

「……木島さん。すみません。力になれず……」

「いや」

晴斗は首を振った。そして初めて若林にまっすぐ向き合い右手を差し出した。

「ありがとう若林さん。あなたの勇気に感謝します」

若林は驚いたように目を見開きそして少しはにかみながらその手を握り返した。


晴斗の議会での初めての仲間。

その誕生の瞬間だった。

条例案は否決された。だが晴斗はそれよりもずっと大きな価値のあるものを手に入れたのだ。

小さな、しかし確かな一歩。

それはこの澱んだ議会を内側から変えていくための希望の一歩だった。

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