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【4作目・執筆中】青嵐の旗を掲げて ~地方議会・立志激闘篇~  作者: 立花大二
第四部:洗礼篇

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三十三話:木で鼻を括る


数時間が経過し議場は弛緩した空気に包まれていた。

他の議員たちの一般質問はそのほとんどが晴斗がかつて傍聴席で見たのと何ら変わり映えのしない予定調和のセレモニーだった。市長を持ち上げ市の取り組みを称賛し自分の地元への利益誘導をそれとなく要求する。緊張感などどこにもない。


午後四時過ぎ。

最後の質問者としてようやく晴斗の名前が呼ばれた。

「……次に木島晴斗議員の一般質問を許可します」

議長の声はあからさまに不機嫌だった。


晴斗はゆっくりと演壇へと向かった。

心臓が激しく鼓動している。だがそれは恐怖からではなかった。武者震いだ。

この日のために彼は全てを捧げてきた。佐伯と事務所の仲間たちと夜を徹して準備を重ねてきたのだ。


演壇に立ち議場を見渡す。

正面には市長と市の幹部たちがずらりと並んでいる。彼らの表情は能面のように何を考えているのか読み取れない。

議員席では多くの議員が欠伸をしたり手元の書類を整理したりしてこちらにまともな注意を払っていない。


だがそれでいい。

この質問は彼らのためではない。

この議会の外にいる市民たちに届けるためのものなのだ。


「……議長の許可を得ましたので一般質問を始めさせていただきます。議員の木島晴斗です」

マイクを通して自分の声が議場に響き渡る。

晴斗は一呼吸置くと本題に入った。


「市長にお伺いいたします。私がこの議会に来る前、一市民として最も疑問に思っていたこと。それは現在計画中の『葉山市駅前南地区第一種市街地再開発事業』についてです」

その言葉に議員席に座っていた市川幸太郎の肩がぴくりと動いた。


「この再開発事業。市の説明によれば『百年の大計』と謳われております。しかしその実態はどうでしょうか。先日、私が情報公開請求によって入手した資料によればこの事業の事業協力者を選定するプロポーザル。その審査基準が極めて不透明であります」

晴斗は手元の資料を高く掲げた。

「なぜ実績も地元への貢献度も低い東京の大手ゼネコンが選ばれたのか。なぜ地元の中小企業が入り込む隙が全くないような参加条件が設定されていたのか。市長、明確なご答弁をお願いいたします」


それは佐伯と健太が何日もかけて膨大な資料の中から探し当てた計画の最初の「綻び」だった。

爆弾を投下した。その確かな手応えがあった。

議場が少しざわめき始める。


答弁に立ったのは市長本人ではなく都市計画部長だった。

彼は手元の原稿に視線を落としたまま抑揚のない声で読み上げ始めた。

「……お答えいたします。当該事業の事業者選定につきましては市の条例及び関連法規に基づき設置された選定委員会において厳正なる審査の上、決定されたものであります。審査の過程及び内容については何ら問題はなかったものと認識しております」


以上。

たったそれだけだった。

晴斗が突きつけた具体的な疑問には何一つ答えていない。

ただ用意された完璧な「定型文」を読み上げただけだ。


「……部長!」

晴斗は食い下がった。

「私は問題があったかどうかというあなたの『認識』を聞いているのではありません! なぜあのような不可解な審査基準が設けられたのか。その『理由』を聞いているんです!」


再度の答弁に立った部長は顔色一つ変えず同じ言葉を繰り返した。

「……繰り返しになりますが事業者選定は厳正なる審査の上決定されたものであり市といたしましては手続きに瑕疵はなかったものと考えております」


木で鼻を括る。

とはまさにこのことだった。

どんなに熱意を込めて事実を突きつけても相手は感情のない鉄壁の官僚答弁で全てを受け流す。

それはまるで分厚いぬめぬめとした壁に必死で拳を打ちつけているような虚しい感覚だった。


残り時間五分。

晴斗は別の角度から質問を続けた。街灯の問題、バス路線の問題。市民から寄せられた切実な声を次々とぶつけた。

だが答えは全て同じだった。


「……ご指摘の件につきましては関係各所と連携し前向きに善処してまいりたいと考えております」

「……予算の都合もございますので長期的な検討課題とさせていただきます」


前向きに検討。長期的な課題。

それは全て「今は何もしません」と言っているのと同じだ。


無情にも制限時間を告げるブザーが鳴り響いた。

晴斗の初めての一般質問は終わった。

渾身の力を込めて投げた剛速球。

だがそれは分厚い綿の壁に何の音も立てずに吸い込まれて消えてしまった。


席に戻る晴斗の背中にどこかの議員席からくすくすという嘲笑が聞こえてきた。

『青臭い若造が空回りしている』。

その声なき声が議場全体を支配していた。


絶望。

その二文字が晴斗の心を黒く塗りつぶしていく。

選挙には勝った。議会という土俵にも上がった。

だがこの場所ではルールそのものが自分たちに牙を剥くのだ。

正義も正論もこの鉄壁の「お役所仕事」と「議会の慣例」の前ではあまりにも無力。


どうすればこの壁を打ち破れるというのか。

その答えが全く見えなかった。

晴斗はただ唇を噛み締め自分の無力さを呪うことしかできなかった。

議員としての一歩は完璧なまでの完膚なきまでの敗北から始まった。

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