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【4作目・執筆中】青嵐の旗を掲げて ~地方議会・立志激闘篇~  作者: 立花大二
第三部:選挙篇

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第二十五話:告示日、午前八時


葉山市議会議員選挙告示日。

その日の朝は突き抜けるような青空だった。

午前七時、木島晴斗の事務所はすでに戦場のような喧騒に包まれていた。集まったボランティアは最終的に十五人を超えていた。皆一様に緊張と興奮が入り混じった硬い表情をしている。


「ポスター班準備はいいか! 担当エリアの地図をもう一度確認しろ!」

「電話番は問い合わせマニュアルを読み込んでおけ! 必ず変な電話もかかってくるぞ!」

「炊き出し担当ありがとうございます! でも火の元だけは絶対に気をつけてください!」


事務所の指揮を執るのは意外にも大学生の健太だった。彼はこの数ヶ月でただのパソコンが得意な若者から頼もしい選挙参謀へと見違えるような成長を遂げていた。


晴斗は事務所の隅で佐伯から渡された一枚の紙を読んでいた。

演説の第一声の原稿だ。

「……佐伯さん。本当にこれを言うんですか?」

「ああ。今の素直なお前の気持ちをそのままぶつければいい」

佐伯は珍しくスーツを着込み胸には「為書き」と呼ばれる候補者の応援団であることを示す大きな花の飾りをつけていた。


午前八時。

市の選挙管理委員会で立候補の届け出が受理された瞬間、木島晴斗はただの「政治活動家」から正式な「候補者」になった。

事務所の前に一台の年季の入った中古のワゴン車が停められる。選挙期間中、晴斗の声を街に届ける唯一の武器――選挙カーだ。

その屋根には手作りの看板が取り付けられ側面には少しだけ緊張した面持ちの晴斗の顔写真と名前が大きく印刷されている。


「行くぞ!」

健太の号令一下、全員が事務所を飛び出した。

最初の仕事は市内約三百箇所に設置されたポスター掲示板に晴斗のポスターを貼って回ることだ。これはスピード勝負。告示日の午前中にどれだけ多くの掲示板を自分の顔で埋められるか。それが有権者への最初の挨拶になる。


晴斗は結衣が運転する選挙カーに乗り込んだ。

ウグイス嬢を務めるのはボランティアの主婦、美咲だ。

「……それでは参ります!」

美咲は深呼吸を一つするとマイクのスイッチを入れた。


「皆様おはようございます! こちらは葉山市議会議員候補、木島晴斗、木島晴斗でございます! 四ヶ月前たった一人でこの戦いを始めました木島晴斗が皆様の声を市政に届けるため本日立候補いたしました!」


自分の名前がスピーカーを通して街中に響き渡る。

その不思議な感覚。気恥ずかしさとそして腹の底から湧き上がってくる武者震い。

車窓から見える景色はいつもと同じ葉山の街並みだ。だが今日からはその全てが自分の戦場なのだ。


最初の演説場所に選んだのは因縁の葉山市役所の正面玄関前だった。

晴斗が演説台の上に立つ。

目の前には自分が数ヶ月前までその一部だった灰色の城壁。

そしてまだまばらな聴衆と遠巻きにこちらを窺う市役所の職員たち。その中には田畑課長の姿もあった。


晴斗はマイクを握りしめ佐伯に渡された原稿の言葉を思い出した。


「……皆さん。私は今日この日までこの葉山の街を歩きたくさんの声を聞いてきました」

静かに語りかけるように彼は話し始めた。


「しかし正直に申し上げます。今の私にはこの街の全ての問題を解決できるような魔法の杖はありません。私には皆さんにお約束できる立派な公約もまだありません」


ざわ、と聴衆がどよめいた。

選挙の第一声で公約がないと言い切った候補者など前代未聞だ。


「ですが!」

晴斗は声を張り上げた。

「私には皆さんの声を聞くための耳があります! 皆さんの痛みを感じるための心があります! そして皆さんと一緒にこの街の未来を考えるための時間と情熱があります!」


彼は深く深く頭を下げた。

「どうかこの選挙戦七日間。私に皆さんの『本当の声』を聞かせてください! 私、木島晴斗を皆さんにとって一番便利な『市政の窓口』としてどうかこき使ってください! それが私のたった一つのお約束です!」


それは政治家の演説ではなかった。

一人の覚悟を決めた市民の心の叫びだった。


拍手はまばらだった。

だがその場にいた何人かの心には確かにその誠実な言葉が深く突き刺さっていた。

遠くで見ていた田畑課長が苦虫を噛み潰したような顔で庁舎の中へ消えていく。


晴斗は顔を上げた。

空はどこまでも青い。

わずか七日間。四十二万秒。

その限られた時間の中で自分はどれだけの人の心を動かすことができるだろうか。


「出発だ!」

佐伯が選挙カーのボディを強く叩いた。

結衣がゆっくりとアクセルを踏む。

木島晴斗の短くそしてあまりにも長い七日間の戦いが今始まった。

選挙カーは街の喧騒の中へと走り出していく。そのスピーカーからは美咲の少しだけ上ずった、しかし心のこもった声が繰り返し響き渡っていた。

「木島晴斗、木島晴斗をよろしくお願いいたします!」

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