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【4作目・執筆中】青嵐の旗を掲げて ~地方議会・立志激闘篇~  作者: 立花大二
第二部:修行篇

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第十八話:組織票という名の怪物


初めての街頭演説の成功は晴斗の陣営に確かな光をもたらした。

健太が撮影していた演説の動画をブログやSNSにアップすると瞬く間に再生回数が伸びた。「こういう政治家を待っていた」「うちの地区にも来てほしい」といった好意的なコメントが殺到する。事務所には活動を手伝いたいという新たなボランティアも数人駆けつけた。


「すごいじゃない晴斗! この調子よ!」

結衣は事務所のホワイトボードに書かれたボランティアのリストを見て手放しで喜んだ。

晴斗も高揚感を隠せなかった。自分たちのやり方は間違っていなかった。地道に誠実に市民の声を拾い上げそれを訴えていけば必ず道は開ける。そう信じ始めていた。


だがその楽観的な空気に冷や水を浴びせたのはやはり佐伯だった。

その夜事務所に現れた彼は壁に貼られた「問題地図」とホワイトボードに書かれたSNSの反響を腕を組んで黙って眺めていた。


「……浮かれるなよ素人ども」

やがて佐伯は吐き捨てるように言った。その声は祝祭的な空気に沸く事務所の温度を一瞬で氷点下まで下げるのに十分だった。

「ネットで百万回再生されようが千件の『いいね』がつこうがそんなものは一票にもならん」

「な、何を言うんですか佐伯さん!」

反論したのはSNS担当の健太だった。

「これが新しい時代の選挙の戦い方です! 市民の共感が大きなうねりになるんです!」


「うねり、ね」

佐伯は健太を鼻で笑った。

「じゃあ健太くんとやらに聞くが、お前の親父さんや爺さん婆さんはお前のそのSNSとやらを毎日チェックしているか?」

「え……それは……」

「してないだろうな。葉山市の有権者のうち六十歳以上が何パーセントを占めるか知っているか? 約四十パーセントだ。そしてその世代の投票率は七割を超える。若者の投票率が三割に満たないのとは対照的にな」


佐伯はマジックペンを手に取るとホワイトボードに乱暴に数字を書きなぐった。

「いいか。市川幸太郎という男は一歩も事務所から出なくたって選挙に勝てる。なぜだかわかるか?」

誰も答えることができなかった。


「『組織票』だ」

佐伯はその言葉をまるで呪文のように呟いた。

「市川は地元の建設業協会、農協、町内会連合、そういった『組織』をがっちりと地盤として固めている。協会の会長が『次の選挙も市川先生をよろしく頼む』と一声かければその下にいる何百人、何千人という会員とその家族は黙って市川に票を入れる。それがこの国の選挙の紛れもない現実だ」


事務所は水を打ったように静まり返った。

晴斗たちがSNSの反響に一喜一憂している間に敵は自分たちには見えない場所で着々と当選に必要な票数を固めている。それはまるで巨大な地下水脈のようだった。地上でいくら雨乞いをしてもその流れを変えることはできない。


「市川の前回の得票数は約三千五百票。そのうち少なくとも三千票はそういった組織からの固い票だと言われている」

「さんぜん……」

晴斗は愕然とした。自分たちが死に物狂いで目指している最下位当選ライン(約千六百票)の倍近い数字だ。

「俺たちが必死で握手して演説してようやく一人、二人と味方を増やしている間に市川は電話一本で百票、二百票と票を積み上げているんだ。お前たちがやっているのは巨大なダムをバケツ一杯の水で崩そうとしているようなもんなんだよ」


それは圧倒的なそして絶望的な事実だった。

SNSで共感してくれた人々。街頭で拍手してくれた人々。彼らの「一票」は組織に縛られた人々の「一票」と価値は同じだ。だがその集めやすさが天と地ほど違う。


「じゃあどうすればいいんですか……。もう勝ち目はないってことですか……」

ボランティアの一人が力なく呟いた。事務所の空気は希望から一転、重い敗北感に支配されていた。


晴斗も唇を噛みしめることしかできなかった。

自分はまたこの巨大なシステムの前に無力なのだろうか。


「……勝ち目がないとは言わん」

沈黙を破ったのは佐伯だった。

「だが今の戦い方だけでは絶対に勝てん。組織票という名の怪物を倒すには二つのことが必要だ」

彼は二本の指を立てた。


「一つは固い岩盤である組織票を少しでも切り崩すこと。そしてもう一つは……」

佐伯は事務所にいる全員の顔をゆっくりと見回した。

「今まで選挙に行ったことのない眠っている人々の票――『浮動票』を根こそぎ掘り起こすことだ。それしかお前たちが勝つ道はない」


組織票と浮動票。

晴斗はその二つの言葉をノートの新しいページに強く書き込んだ。

それは彼らがこれから挑むべき二つの巨大な戦場の名前だった。

修行の時間は終わった。

本当の戦いはここから始まる。晴斗はペンを握る手に力を込めた。

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