第91話「帰還」
王都の西門に、一行の姿が見えたのは、大陸料理大会の終幕から数日後の夕暮れだった。
先頭を歩くのはグレゴールとエレナ。その後ろに、三人の弟子たち——シノ、アリシア、リク——が並んでいる。それぞれが手に大会の賞状や副賞の包みを抱え、少しだけ誇らしげな、しかし照れくさそうな顔で市場への道を歩いていた。
「見えた!屋台だ!」
リクが叫び、鉄鍋を抱え直して駆け出す。
「リク、待って。転ぶなよ」
シノが苦笑いで追いかけ、アリシアは静かに微笑みながらその後を歩く。
広場では、常連客たちが待ち構えていた。将軍が粥の鍋から顔を上げ、ヴァルケンと戦士たちが包丁を置き、ヴィオラとランドルが手を振っている。
「師匠——!」
シノが屋台の前に飛び込むように立った。
「ただいま戻りました!」
「ああ。おかえり」
俺は焼きおにぎりを網に並べながら、三人の顔を見渡した。ずいぶん日焼けし、少しだけ痩せたように見える。しかし、その目は旅立つ前よりずっと強く輝いていた。
「三人とも、よくやった。結果は聞いてる」
「師匠——俺、三位でした」
シノが包丁を握りしめて言った。
「自分の卵かけご飯で、残香を破れました。まだまだだけど——俺の味、届きました」
「ああ。届いた。それで十分だ」
「私は優勝しました」
アリシアが静かに言った。
「でも、優勝よりも——残香の使い手に、料理の力を伝えられたことが嬉しいです」
「その使い手はどうした」
「連れてきました」
アリシアが振り返ると、群衆の中から一人の女性がおずおずと前に出た。青白かった肌はいくらか血色を取り戻し、紫色だった唇も今は薄紅に変わっている。香炉は手放し、代わりに小さな包丁を握っていた。
「サジョウと申します。カズマ殿——アリシア様から話を聞き、どうしても、あなたの屋台で料理を作りたいと」
「残香の使い手か」
「……かつては。でも、もう違います。私は——自分の味を見つけたい。歪めるための味ではなく、誰かに届けるための味を」
「いいだろう。ただし、弟子は三人いる。お前は四人目だ」
「……よろしいのですか」
「腹を空かせて来た者に、誰彼かまわず飯を食わせる。それがうちの屋台だ」
サジョウは深く頭を下げ、声を詰まらせた。シノとリクが「また弟子が増えた!」と顔を見合わせ、アリシアが微笑んでサジョウの肩に手を置く。
「でも、驚いた。あんた、また弟子を増やすのか」
リリアが呆れた顔で言った。
「増えたのは四人目だ」
「そのうち十人くらいになりそうだ」
「そうなったら、屋台を広げる」
グレゴールとエレナが旅の荷物を解き、将軍が「おかえりの粥」を振る舞い始める。ヴァルケンたちは新たな弟子を温かく迎え入れ、常連客たちは「弟子の卵かけご飯が帰ってきた!」「養生スープはまだか!」と大騒ぎだった。
サジョウは初めて持つ包丁でネギを刻み始める。その手つきは覚束ないが、それでも——誰かのために作りたいと願う手だった。
その夜、屋台ではささやかな祝勝会が開かれた。弟子たちがそれぞれの料理を振る舞い、サジョウが初めて自分の手で作った味噌汁を恐る恐る差し出す。塩加減はまだ不安定で、ネギの刻みも不揃いだ。しかし——その湯気には、確かな温かみがあった。
「うまいよ」
俺が言うと、サジョウは目を大きく見開き、それから——声を上げて泣き始めた。誰かのために作った料理が、初めて誰かに届いた瞬間だった。
「なあ、カズマ」
リリアが隣に座り、焼きおにぎりをかじりながら言った。
「弟子が四人になったな」
「ああ」
「これからも増えるのか」
「増えるさ。味を求める者は尽きない」
「そうか。じゃあ——私も、ずっとここにいるよ」
「ああ。ここにいろ」
屋台の灯りがともり、夜が更けていく。弟子たちの笑い声、常連客たちの話し声、鍋をかき混ぜる音——それらが混ざり合い、いつも通りの日常が流れていた。
遠く西の空で、星が一つ、静かに瞬いている。長い旅を終えた弟子たちが、ようやく帰ってきた。そして明日からは——また新しい日常が始まる。
(第91話 終)
▼ 次回予告(第92話用の引き)
四人目の弟子サジョウが加わり、屋台はかつてない活気に包まれている。しかしそこへ——遠い北の地から届いた一通の封書。
「カズマ殿。北の祠が——また蠢き始めた」
(次話:「北の異変」)




