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元マフィア、異世界で屋台を始める ~俺の料理だけ、なぜか食べた相手にバフがかかる~  作者: 星海凡夫


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第9話「食神来襲と屋台の存亡」

グレゴールが屋台の厨房に立ち始めて、三日が経った。


元・聖餐卿は、俺の想像をはるかに超える腕前だった。包丁の握り、火の扱い、味付けの繊細さ——すべてが一流だ。彼が握るおにぎりは、俺のより均等で美しい。それでも彼は、「俺のはうまくない」と笑わなかった。ただ、黙々と皿を洗い、時折、焼き鳥のタレの味見をしては、何かを思い出すように目を閉じる。


「グレゴール、お前、本当に皿洗いでいいのか」

「いい。私は料理を捨てた男だ。包丁は握らないと決めていた」

「なんでまた握った」

「……お前の焼き鳥が、うまかったからだ」


それ以上は何も言わなかった。だが、彼が厨房にいるだけで、不思議と屋台の空気が引き締まる。リリアは「なんか料理の質が上がってないか」と言い、常連の冒険者たちも「最近、焼き鳥の照りがすごい」と噂していた。俺のスキルにグレゴールの技術が合わさると、料理の完成度が目に見えて跳ね上がるらしい。


しかし——グレゴールは、何かを知っていた。ずっと、言いあぐねていることがある。


その夜、客が途切れた静かな時間に、彼はようやく口を開いた。


「カズマ。お前のスキルについて、話しておかねばならん」

「なんだ、改まって」

「お前の『異世界デリバリー』は、ただの通販スキルではない」

「……どういう意味だ」

「あれは、神の“味覚”だ」


俺は炭火をいじる手を止めた。リリアが茶を飲む手を止める。クロが耳を立てた。


「神の味覚」

「そうだ。この世界の創造神の一柱——食神イザマの“舌”そのものだ。お前のスキルは、神がこの世界の食材を味わうために持っていた感覚の一片。それがなぜか、お前に宿っている」

「……なんでそんなものが俺に」

「理由はわからん。だが、神の味覚が人間に渡っている以上——いずれ、神々が気づく。気づけば、取り返しに来る」


「取り返しに来る、とは」

グレゴールの目が、暗く沈んだ。

「文字通りだ。スキルを剥奪される。それだけでは済まないかもしれない。神の力を人間が使った“罰”として、お前の舌——味覚そのものが消される可能性がある」


リリアが立ち上がった。

「待て。それ、冗談だよな」

「冗談ではない。私が聖餐庁で見つけた古文書に、そう記されていた。神の味覚を宿した人間は、かつても存在した。そして——その者は、料理を作るたびに舌が焼け、最後には一切の味を感じなくなったという」


俺は自分の手のひらを見た。味が、消える。料理人にとって、それは死よりも重い罰だ。


「……いつ、来る」

「わからん。だが——」


その時だった。


広場の空気が、ぴしりと凍りついた。炭火の揺らぎが止まり、湯気がその場に固定される。時間が止まった——のではない。空気そのものが、俺たちを押さえつけるように重くなったのだ。


クロが飛び出し、リリアが弓を構え、グレゴールが静かに呟いた。


「……来た」


広場の中心に、光の柱が降り立った。それは月明かりのように柔らかく、それでいて目を刺すほどに冷たい光だった。柱が収束し、中から現れたのは——


一人の男だった。


いや、男の姿をした“何か”だった。年齢は三十代半ばに見える。黒髪を後ろで一つに束ね、着ているのは——着物だった。藍染めの、日本の着物だ。腰にはひさご、手には扇子。そして、その両目は金色で、瞳孔が縦に割れている。


「やあ」


声は気さくだった。まるで旧友に挨拶するような。だが、その一言だけで、俺の背筋に冷たいものが走った。


「異世界から転生した料理人、カズマ・イザマの名を継ぐ者。探したよ」

「……あんたは」

「俺は“食神”だ。ま、呼び名は適当でいい。トシ、と呼んでくれ。歳暮みたいだけどな」


食神トシは扇子を広げて、にこやかに笑った。その扇子には、無数の食材が描かれている——鮭、米、醤油、味噌、そして、梅干し。すべて、俺がこの世界で使ってきた食材だった。


「単刀直入に言うよ。そのスキル、返してもらおうか」

「……返す、とは」

「俺の舌だ。お前が使ってるそれは。異世界デリバリーだっけ?あれはね、俺がお前の世界の食材をちょっとつまみ食いしたくて作った抜け道なんだ。あの通販サイト、俺のアカウントなんだよ」

「なに」

「そしたらさ、いつの間にかお前にくっついてて。最初は面白いから見てたんだけど——最近、ちょっと厄介になってきた。聖餐庁の連中が騒ぎ始めたし、神々の会議でも“人間に味覚を渡すのはルール違反”って話になっててね」


トシは困ったように頭をかいた。その仕草は、本当にただの気さくな男に見える。だが、彼の放つ圧力は、フェンリルのシロガネすら比べ物にならなかった。


「で、どうする」

「どうする、とは」

「スキルを返すとして、俺はどうなる」

「んー……」

トシは扇子を閉じ、自分の手のひらをぽんと打った。

「普通なら、記憶を消して、料理の才能も全部没収して、どこかの村で農民として生きてもらう」

「……普通なら」

「でもね、カズマ。俺、お前の焼き鳥、けっこう好きなんだよね」


場の空気が、微妙に緩んだ。リリアが弓を下ろしかけて、いや待てとばかりにまた構える。グレゴールは微動だにしない。


「だからさ——勝負しない?」


トシはにっと笑った。

「俺とお前で、一品ずつ料理を作る。互いに食って、うまいと思った方が勝ち。お前が勝てば、スキルはそのままでいい。俺の舌はくれてやる。代わりに、俺はお前の屋台の常連になる」

「常連って」

「神が客になるんだよ。すごいだろ」

「負けたら」

「スキル没収。記憶も才能も消して、一生、味噌汁の味がわからなくなる」


つまり、料理人として完全に死ぬか、神を客にするか。どちらに転んでも、ただでは済まない。


「……受ける」

「よしきた!」


トシはひさごをぽんと叩き、どこからともなく取り出したのは——一匹の巨大な魚だった。虹色に輝く鱗、黄金の瞳、体長は一メートルを超える。

「神魚ホウライ。異世界の海の主だ。これを使って、最高の一皿を作る。お前も、好きな食材を使っていいよ」

「条件は」

「互いに相手の料理を食って、うまいと思ったら負けを認める。ただし——“うまい”の判定は、舌じゃない。魂だ」


俺はしばらく考え、うなずいた。

「いいだろう。調理時間は」

「夜明けまで。調理場所はここでいい。俺はこっちの離れを使う」


トシは扇子を一振りし、広場の隅にもうひとつの厨房を出現させた。それは俺の屋台と寸分違わぬ形で、しかしどこか神々しい光をまとっている。


「カズマ」

リリアが声をかけてきた。心配そうな顔は初めてだ。

「勝てるのか」

「わからん。相手は神だ」

「……あんたなら大丈夫だ」

「根拠は」

「ない。でも、あんたの飯を食ってきた。それだけだ」


グレゴールが静かに言った。

「手伝えることはあるか」

「……皿洗い」

「それだけでいいのか」

「十分だ」


俺は炭火を見つめた。熾きている。まだ熱い。まだ、焼ける。


神が相手だろうと、やることは変わらない。腹を空かせた客に、うまい飯を作る。それだけだ。


夜明けまで、あと六時間。


(第9話 終)


▼ 次回予告(第10話用の引き)


食神トシの一皿——神魚ホウライの炙り刺身、神酒のジュレ添え。

カズマの一皿——ただの「おかゆ」と「梅干し」。

「こんなんで俺に勝てると思ってるのか」

(次話:「おかゆと神の舌——決着の夜明け」)

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