表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
元マフィア、異世界で屋台を始める ~俺の料理だけ、なぜか食べた相手にバフがかかる~  作者: 星海凡夫


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

10/15

第10話「おかゆと神の舌——決着の夜明け」

東の空が白み始める頃、広場には二つの厨房が向かい合っていた。


一方は、神の厨房。虹色に輝く神魚ホウライが、食神トシの手によって次々と姿を変えていく。皮は炙られ、身は薄造りにされ、骨は出汁を取られ、内臓は味噌漬けに。その手つきは神業そのもので、見ているだけで目が眩む。包丁は光を引き、食材は彼の指先で命を吹き返すようだった。


「見てろよカズマ。これが神の料理だ」


トシが完成させたのは、三段の大皿だった。

一段目——ホウライの炙り刺身、神酒のジュレ添え。虹色の鱗が朝日に煌めき、ジュレは宝石のように透明に輝く。

二段目——ホウライの兜煮。頭の髄までとろとろに煮含め、甘じょっぱい香りが広場中に立ちこめる。

三段目——ホウライの白子の天ぷら。衣は雪のように細かく、中はクリームのように蕩ける。


「すげえ」

「すごいじゃなくて、食え」

「……待て、俺のも作らせろ」


俺の厨房には、何の変哲もない鍋がひとつ。中では白米が静かに煮立っている。異世界デリバリーで仕入れた新潟産コシヒカリ。水はこの世界の清流で汲んだもの。それだけだ。具はない。味付けもない。ただの——おかゆ。


そして、小皿にひとつ、梅干し。紀州の完熟南高梅。塩だけで漬けた、しょっぱくて酸っぱいだけの梅干し。


「……おかゆ、か」

「そうだ」

「俺がホウライを三段に仕上げたのに、お前はおかゆか」

「これが俺の勝負飯だ」


トシはしばらくおかゆを見つめ、それから笑った。馬鹿にした笑いではなかった。むしろ——嬉しそうだった。

「いいよ。じゃあ、同時に食おう。互いのを一口ずつ」


二人は互いの料理を差し出し、同時に口に運んだ。


まず、トシのホウライの刺身。口に入れた瞬間、俺の視界がはじけた。虹が見えた。海のすべてが舌の上で弾ける。魚の甘み、脂の旨み、ジュレの芳醇な香り。これは——確かに神の料理だ。完璧だ。欠点がない。完璧すぎて、逆にわかる。これは「誰のためでもない料理」だ。


トシは——俺のおかゆを一口すくった。


それから、目を閉じた。


しばらくの沈黙。風が吹き、炭火がぱちりと鳴る。リリアが息をひそめ、グレゴールがじっと見守り、クロが耳を伏せた。


「……あたたかい」


トシの口から、かすれた声が漏れた。


「あたたかい。なんでだ。ただの米と水だろ。味なんて、ほとんどない。しょっぱくて、すっぱいだけだ。なのに——」

「なのに」

「腹の底が、あたたかい。心の奥が、ほどけていく。なんだこれ。俺はこんな料理、食ったことがない」


彼は目を開けた。金色の瞳が、潤んでいる。


「カズマ。お前、これは誰のために作った」

「俺自身のためだ」

「俺自身?」

「俺はかつて、人を殺す側だった。飯を食う資格なんてないと思ってた。でも——生きるために食わなきゃならなかった。その時、一番うまかったのが、これだ」

「おかゆと梅干し」

「そうだ。体が弱って、心が折れて、何もできなくなった時、ただ米を炊いて、梅干しをのせて食った。それだけで、また生きようと思えた」


俺は言葉を続ける。

「なあ、トシ。お前の料理は完璧だ。誰も文句は言えない。だが——誰のために作った」

「……誰のためでもない。勝負のためだ」

「そうだ。お前の料理には、客がいない。食う奴の顔が浮かんでない。俺の料理は——俺自身と、俺みたいな奴のために作った。だからこれは、神の舌を持たない人間の、ただの飯だ」


トシは、もう一口、おかゆを口に運んだ。今度は梅干しの果肉をほぐして、粥に溶かしながら。


「……負けた」


彼ははっきりと言った。


「俺の負けだ。カズマ」

「……いいのか、神が人間に負けて」

「いいも悪いも、うまいもんはうまいんだよ。俺は“食神”だ。食神がうまいと言ったら、それが答えだ」


彼は立ち上がり、高らかに宣言した。

「カズマのスキルは没収しない。俺の舌はくれてやる。そして——俺は今日から、この屋台の客になる!」

「客って」

「毎日食いに来るから、よろしく」


「……ちょっと待て。神が毎日来るのか」

「そうだよ。あ、でも安心して。俺、神だから気配消せるし、他の客には見えないし。カウンターの隅っこでいいから、まかない食わせて。おかゆでも焼き鳥でもなんでもいい。代わりに、たまに食材の差し入れくらいはする」


リリアがあきれた顔で呟く。

「……客が神になった」

グレゴールも、苦笑いを浮かべている。

「これで聖餐庁どころではなくなったな。神が常連とは」


「それと——」

トシは俺に向き直り、急に真顔になった。

「警告だ。俺が負けたことで、神々の会議は荒れる。特に“戦神”と“法神”は、人間に神の力が渡ることを許さない。彼らは俺みたいに優しくない」

「……つまり」

「今度は戦いになるかもしれない。料理勝負じゃない。本当の戦いが」

「それでも」

俺は答えた。

「俺はこの屋台を続ける。誰が来ようと、腹を空かせた客に食わせるだけだ」


「いい返事だ」


トシはにっと笑い、ひさごから何かを取り出して俺に手渡した。小さな勾玉だった。白く輝き、ほのかに温かい。


「それは俺の“味覚”の欠片だ。お守りにしろ。そして——いつか、どうしても困った時は、それをかじれ」

「かじる」

「味がするから」


夜が明けた。東の空が黄金に輝き、広場に朝日が差し込む。


屋台の周りには、いつの間にか人だかりができていた。常連の冒険者たち、ランドルと監察局の面々、エマ、そして——見知らぬ顔も多い。異変を感じて集まったのか、それとも噂を聞きつけたのか。


俺は屋台の看板を掲げた。


「よし。開店だ。今日の朝食は——おかゆ定食。梅干し付き、300ゴールド。おかわり自由」


どっと歓声が上がった。その中に、気配を消したトシがカウンターの隅に座っているのを、俺だけが知っている。


クロがくぅんと鳴き、リリアがいつもの席に座り、グレゴールが新しいエプロンをつけて厨房に立った。


(第10話 終)


▼ 次回予告(第11話用の引き)


食神の来訪から一週間、屋台の常連に神がいることは誰も知らない——が、王都では妙な噂が流れ始めていた。

「カズマの料理を食うと、運命が変わる」

そして現れたのは、未来を予言する“預言者”を名乗る盲目の少女。

「あなたの料理は、もうすぐ戦争の道具になる。私には見える」

(次話:「預言者の見た未来と戦争の味」)



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ